2-17「選択」

 ムカデ野郎は殺意と憎悪の篭った目で、電撃を放つ俺を睨んでいる。奴は痺れた牙や脚を小さくバタバタ動かしているが、時折大きく動いて攻撃しようとする。その度に電圧を瞬間的に上げて動きを封じる。魔力がが続くうちはこうして抑えていられるが、援軍が来るまで保つかが問題だ。


 今の奴の身体のパーツになっている八種類のバケグモについて整理しとく。

 先頭はドクバリバケグモ。大小二種類の毒針は撃ち尽くした筈だが、数分あれば一・二本は再生成するかも知れねぇ。デカい方の針が直撃すれば、毒が効くより先に以前に腕くらいは吹っ飛ぶ威力がある。

 二節目はトアミバケグモ、コイツも弾切れだが投網の充填は先頭の毒針より早い。今すぐまた撃って来てもおかしくはねぇ。コイツのせいで恵里の剣もやられた。あの時は体が長いせいでトアミの姿を見落としちまった。俺のミスだ。畜生め。普通のクモと違って尻じゃなく脚から糸を投げるから注意だ。

 三節目はナガヤリバケグモで、四節目はヤリバケグモ。他のバケグモを鋭い前脚で突き殺して喰う。さっきも言ったがナガヤリの前脚はギリギリで躱すと折り畳まれた隠し脚でぶっ殺される。隠し脚自体は細くて折り易いが、外に出して貰わねぇと折るのは難しいから先手が取りづらい。

 五節目はシラヌイバケグモ。糸で傷口を縫合する。突撃をしたムカデ野郎の頭に縫い跡が見えるのはコイツの仕業だろう。シラヌイの糸は自己修復用の筈だが、ムカデグモ全体が「自己」の範疇ってことらしいな。ついでにクモを操る声を出してたのはコイツの気門だ。そんな能力があった筈はねぇんだがな……。

 六節目はハシリバケジグモ。漢字だと「走り化け地蜘蛛」。足の速いジグモ型で。強い麻痺毒で次々に獲物や敵を噛むんだが、牙は今シラヌイ部分に埋まっていて、持ち味が死んでいる。

 七節目はトビバケグモ、バッタみてぇに発達した後ろ足でピョンピョン跳ねやがる。コイツも持ち味が死んでいる。多分、ムカデグモの巨重を六節目と一緒に支えてやがるんだろう。

 八節目……一番後ろだけはやっぱり分からねぇ。細身でやたらとデカイ八つの目があり、前脚が無闇に長い。後ろ脚もそこそこ長く、それ以上に太い。虫妖怪に詳しい俺にも見覚えがねぇ。資料の少ねぇ稀少種か?脚がデカいしコイツも支え役には違いねぇ。他と違って尻がフリーだから糸に注意しとくか。

 まとめると前ニ節が飛び道具、次の二節が長物ニ種類、その後ろに治療役と脚の強い土台三種って構成か。合体の原因は分からねぇが、「意図的」にやったんなら中々考えられてやがる。飛び道具が弾切れになっても、まだ崩すのは難しい。

 攻撃力のある上半分から崩すと機動力のある下半分が身軽になっちまうから、やるなら下からが良いんだろうが、カバー範囲の広いナガヤリが厄介だ。あの脚をどうにかしねぇと……!


 俺は今、四節目と五節目に双剣をぶっ刺して電撃を流してる。ヤリ二種の脚が危険だから敢えて内側に入ったんだ。

 ……にしても妙だ。コイツらの半分くらいとは前にも戦った経験があるが、その時よりも皮膚が硬ぇ気がする。個体差や気の所為で済まされる差じゃねぇ。これも合体の影響か?


「げ!」

「どうした!」


 俺は咄嗟に、妙な声を出した恵里の方に顔を向けて………思わず目を見開いた。

 恵里の刀が折れた。

 ……ここでかよ!恵里は折れた刀の切先側を空中で峰から引っ掴み、岩に似た丸っこいクモ、イワダマシの脳天に振り下ろした。連中は皮膚が硬い。刀が折れた原因だろう。

 

「おい!恵里!」

「大丈夫!まだいける!」


 蹴りで切先を押し込んで止めを刺し、恵里は跳び上がる。柄を投げ槍のように放り投げて、迫ってきた別の親グモの体に折れた刀身を打ち込む。柄に飛び蹴りを食らわせて、強引にクモを刺し貫く。

 左右から同時に迫る中型犬サイズのクモを鞘でなぎ払って時間を稼ぎ、切先と柄をそれぞれ地面とクモの死体から回収する。

 切先は手刀の要領で振り回して細身のクモを攻撃し、柄側は太めのクモに突き刺して打撃で押し込んで倒す。刀を手放した瞬間は親グモの攻撃は回避に努めて、小グモだけを鞘と打撃だけで倒す。敵陣に隙を作って、手放した刀を回収する。


 マジかよ恵里……折れた刀でそこまでやるか!?だが、お蔭でまだ暫くは保つだろうぜ。俺は気を引き締め直して前を向こうとして……。


「……うげ!」


 今度は俺が奇声を出す番だった。恵里に注意を奪われた隙に、ほんの僅かだが押し返されてきた。更にナガヤリの脚が頭上を薙ぐ。これを危うく躱し、隠し脚の追撃のも体を反らして避ける。

 反らした拍子にクモから剣が少し抜けたのをすぐさま刺し直し、一瞬電圧を上げる。野郎が悶える。が、藻掻き方が弱い。

 やべぇ、電圧が下がっている。元々、俺は耐魔力こそ高いが魔力量は少ねぇ。敵を痺れさせる電撃スパークも、本来は一瞬だけ動きを止めて、後は仲間か刃での攻撃に繋ぐためのもんだ。長時間使うものじゃねぇ。

 手持ちの回復薬は尽きた。どうする……?


―R1―――――――――――――――――――――――――――――――――――

「恵里!薬頼む!魔力の方!」

「え!?……ああもう!分かった!はいっ!」


 恵里は一瞬、驚きと難色を示したが、クモ共との攻防の間に小瓶を投げてくれた。俺は瓶を受取り中身を一気に煽った。不味い……不味過ぎる!!折角飲んだもんを吐き出しちまった……そして電撃も止まり……


―R2―――――――――――――――――――――――――――――――――――

「恵里!薬頼む!魔力の方!」

「え!?……ああもう!分かった!はいっ!」


 俺は恵里に薬を投げてもらい、覚悟を決めて中身を煽った。死ぬほどまずい!!


 俺たちの使う回復薬は本来は飲みやすい。むしろ旨い。

 ところが即効性の奴は短時間に二本以上を飲むと、スゲェまずく感じる様になってる。一本目が舌の受容体に作用するらしい。身体に負荷のある即効薬を多様しねぇ為らしいが、言葉では説明できねぇくらい不味い。健康に配慮した結果、戦闘中に吐き戻した隙にぶっ殺されたらどうすんだよな……。

 ともかく最悪の気分だが、俺は電撃を再開した。さっき飲んだ一本目もまだ効力の途中の筈だ。二本目と合わせれば、後二分は保つと思う。


  ……そして一分が経った。野郎はまだ痺れている。

不意に声がして恵里の方を見る。無理な姿勢で溶解液を避けて転び掛けてる。

俺は受け止めるべく、残った刃を飛ばす。

飛ばした。その筈だ。届かない。薬の多用で狙いが狂った?恵里が床に叩きつけられる。

受け身を取ったがダメージは無視出来そうもない。

倒れた恵里の周りにクモたちが集まり、俺のほうにはムカデグモが迫る……!


―R3―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 俺は回復薬を貰うのを諦めた。過負荷で体がイカれかねねぇし、俺に薬を投げる時に恵里に隙が出来ちまうからだ。となると電撃は続けられねぇ。

 電撃を止めて、剣を引き抜く。


「おらぁっ!」

「!!$$%##!!!!!」


 渾身の力でトビバケグモ部分の片脚をぶった斬った。先頭の口から甲高い悲鳴が上がる。麻痺が残っているうちにハシリバケジグモの片脚も斬り落とす。ナガヤリの反撃を飛び退いて躱す。壁と刃を蹴ってジグザグ移動し、フェイントを混ぜて動く。

 再び「足元」を狙うと見せかけてから、四節目と五節目の継ぎ目に飛び蹴りをかます。四節目のヤリの脚の反撃が来る。俺は刃の側面を自分の腹にぶつけて、その衝突と刃自体の推進力を利用して後ろへ躱す。地面に降り立ったところへ襲ってきた突進を横っ飛びで躱す。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 後ろに大きく距離を取りたくなるが、今はなるべく離れねぇ方が良い。理由は三つ。奴は図体がデカいから近くにいたほうがかえって安全ってのが一つ目。恵里を攻撃させねぇ為の牽制が二つ目、そして三つ目は北のクモが寄り付けねぇように奴を穴の近くに留めておく必要があるからだ。


 俺の手持ちの武器を確認する。

 双剣はまだ無事だ。無茶をすれば折れかねねぇがな。刃はもう七枚だけで、うち三枚は恵里のフォローに回しているから、俺用は実質四枚だ。他に使えるのは閃光弾とワイヤーガン、それと自決用のピストルだ。ピストルの威力は子グモを撃ち殺す程度がギリだし、閃光弾は保護グラスが有るとはいえ、こんな狭いとこじゃ使えねぇ。実質使えるのは、ワイヤーガンだけか。


 奴は脚を二本斬られた状態での歩き方を確かめるように、後ろ三節で地面を蠢いている。穴の前からはあまり動かねぇが、恵里の方を視界の端で気にしている風に見える。「お前が来ねぇんならあっち襲うぞ」という挑発のつもりか?舐めやがって。

 こっちの時間稼ぎの持久戦には付き合っちゃくれねぇだろうな。魔力は少なくなったが、殺す気でいかねぇと足止めも出来ねぇなこりゃ!


 俺は奴の右上から双剣で斬りかかる。奴はナガヤリの右前脚で受け止め、隠し脚で反撃を放つ。俺は右剣を素早く振ってこれを斬り捨てる。

 双剣の攻撃は隠し脚での反撃を引き出す為の誘いだ。右手だけ力を抜いて、本命の隠し脚の攻撃に備えていたって訳だ。

 二本目の右前脚での追撃を、足場にした刃を膝で蹴って跳んで躱す。同時に待機させていた刃で左前脚に攻撃を仕掛け、今の同じ要領でこっちの隠し脚も折った。


「よっしゃ!」


 ナガヤリの隠し脚が二本減り、奴の上半身の守備範囲が半減した。これで頭を攻められる。俺は片手でワイヤーガンを構えた。



―R1―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ワイヤーガンを一節目に撃ち込んで巻きつけ旋回する。奴は俺を振り落とすべく暴れるが、その揺れも利用して天井に飛び離れ、頭上から蹴りを放つ。狙いは突進で傷んだ一節目の頭だ!


「おらぁっ!!」


 命中し、奴が苦しむ!次の瞬間口が開く。毒針射出の構えだ。俺は慌てて射線から外れようとし、滑り落ちる。


「……くそっ!」


―R2―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 一節目に撃ち込んだワイヤーで旋回し、俺を振り落とそうとする振動を利用して天井へ跳び、奴の先頭へと蹴りを放つ。突進で傷んだ傷口に見事命中する。次の瞬間、奴の口が毒針射出の構えをとる。針の回復にはまだ早い気がする。「フリ」かも知れねぇが、一応俺は射線から跳び離れる。そこへ二節目の脚が放った投網が命中した!


「畜生!」


―R3―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 ワイヤー旋回で天井へ跳んだ俺は、奴の頭上の傷口へ飛び蹴りを見舞う。次の瞬間、奴が毒針射出の構えをとった時には、俺はもう射線から外れて刃を跳び渡っていた。飛んできた投網もギリギリまで引き付けてから躱す。更にナガヤリの脚を躱した所で、脇腹が抉られる……毒針だ。もう再装填済みかよ!


「ふざけ……やがって!」


―R4―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 俺はワイヤーで天井へ跳び、奴の頭の傷口へ飛び蹴りを見舞う。奴の毒針射出の構えを見る前に射線から外れて刃を跳び渡り、投網を躱し、追撃のナガヤリの脚も躱す。そこへ飛んで来た毒針を地上で待ち構えて斬り払う!


「どうだ畜生が!」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 奴の下三節の強靭な脚が地面をがっしりと掴む。大技の構えか?左から右に大きく体を振り、全開に広げたヤリ二種の脚が俺のいる辺りを薙ぎ払う。俺は刃二枚を垂直に並べて跳び、天井辺りまで躱す。

 毒針を剣で払い、投網は刃の足場で躱すと、俺は恵里を背にして北側の壁へ逃れる。奴は俺の方を向き……硬直した。前脚が二本落ちていく。

 俺が今斬った。


 そろそろ奴の動きも見慣れてきた。跳びながら、ナガヤリの二本目の左前脚、ヤリの一本目の右前脚を根本から斬り落としてやったんだ。特に隠し脚ごとナガヤリの脚を落としてやったのは大きい。

 隠し足付きはもう右の二本目だけだ。奴の「表情」にも緊張が見える。ざまぁみろ。


 一方の恵里は敵の突進を無理に避けて転倒し掛けたが、俺の刃で足元をフォロー出来た。ちょうどさっき予知で見た場面を乗り切った……一安心か。恵里は短く礼を言うと、体制を立て直して再び突っ込む。結構敵の数が減っている。

 仮に剣が健在なら間違いなくとっくに全滅させてる勢いだ。


 その時。ゆらり、とムカデグモの体が揺らめいた。

 体が二つや三つに見える。まさか幻術か?いや違う。

 恵里まで三人くらいに見える。あんだけ恵里がいりゃら楽勝だな……。


 いや違う!俺は自分の頬を張る。並列思考に加えて予知を使い始めて一分半くらいか……?負荷がやばくなってきやがったんだ……!


 口元に違和感を感じた。拭ってみる。

 なんだこれは。血………じゃねぇ、と思う。

 となりゃ唾液か吐瀉物かどっちかの筈だが……分からねぇ。いややっぱり血か?色も質感も……ダメだ……何だこれは。

 奴の体が揺れに揺れる。揺れ過ぎてとうとう前に倒れやがった。まだそんなダメージじゃねぇだろ。援軍が来てくれた……のか……?


「ハルッッ!!避けて!!!」


 恵里の声で目が覚める。ムカデグモは……本当に体を前に倒してやがる。今度は前三節で地面を掴んで、後ろを起こしてやがる。サソリみてぇ姿勢だ。

 何を避けろって?毒針も投網もまた暫くは弾切れの筈だし、あの姿勢じゃあ撃てねぇだろ……?

 だがよく見ると最後尾の脚の筋肉に緊張が見える。



 ……その攻撃を防げたのは完全なまぐれだった。

 正確に言えば防げてはいねぇ。

 刃四枚を犠牲に受け止めてなお止まらずに、盾ごと体を壁に叩きつけられた。

 俺を叩きつけたのは糸だ。

 俺本体が巻き取られるだけは防げたが、ダメージで暫く動けそうにねぇ。剣がねぇし武器が全滅だ。恵里がいなきゃ完全な形で食らっていた。そうなれば良くて瀕死だったから、これでもまだマシか。


 奴の脚が撃ち出したのはジェットみてぇな勢いの糸だった。

 アイツは……八節目のクモはツリイトバケグモだ!間違いねぇ。

 デカい目で遠くから獲物を狙って、圧縮した糸を砲撃のように撃ち出す奴だ。

 

 俺にも見覚えがねぇのも無理はねぇか。

 連中を倒す時は、下手に接近を試みると砲撃を受けるから、位置を特定したら向こうの砲撃の技後に、こっちも砲撃をぶっ放して遠くから爆殺するからだ。サンプルは倒した後で、近づいて回収することになるから資料が少ねぇんだよ。

 

 どこまでも腹の立つ組み合わせだなクソ野郎が!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る