2-16「予知」
―東通路:
俺の双剣が、北向きに突進するムカデ野郎の横っ面を切り裂いた。浅いか!
でも少しは西側に押し込めた。これで恵里に激突することだけは阻止できた筈だ。俺は安堵しながら前方を見た。
待て?俺が押した分以上に角度が西向き過ぎる……まさか!
気付いた時には奴は壁に突っ込んでいやがった。俺は着地して破片から身を守る。恵里の頭上でも刃を回転させて破片を弾く。
あの野郎!恵里から見て左……西側に穴を開けやがった。多分、恵里を狙うと見せかけたのはフェイントだ。恵里を避けて、北エリアのクモをショートカットさせるのが狙いだったんだ。悪知恵働かせやがって!
穴の向こうで奴がまたあの声で叫ぶ。奴の体で見えねぇが、クモ共が穴の向こうからも近付こうとする気配がしやがる。
恵里一人で壁の穴と東の通路、二ヶ所同時に対処はできねぇ。後ろに下がると道幅が広くなってクモに取り囲まれる。
かと言って、俺が動いて野郎をフリーにするのも論外だ。電波が悪くて西の状況も良くは分からねぇ。俺はどうすれば良い……俺は……!
視界が揺れ、頭が痛くなる。奴の声の余韻か……?
――――――――――――――――
「恵里!こっちだ!」
恵里を呼び西側に逃げる。南広場にも敵はいるだろうが、会長と合流すりゃあ戦力を集中して東西両側の敵にだけ集中出来る。そう考えながら曲がりくねった通路を走ったが、広場への出口には会長が固めたクモ共が固まっちまっている。
クモを踏み越えて進み、会長を見つけた。南の壁を背に座り込み……傷口を庇いながら敵に銃を向けている。俺の後ろから恵里が追いつく。刀の先端が折れちまってる。恵里の後ろから殺気。壁にヒビ。奴は俺たちが移動に手こずった道をまとめてぶち抜きやがった!吹っ飛んだ破片が俺たちに……!
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「恵里!先行け!」
恵里を西に先行させる。出口に敵がいても恵里なら瞬殺出来んだろう。俺は残る十枚の刃で足止めだ。ムカデグモが穴から体を引っこ抜く。奴が開けた新たな穴からゆっくりとクモが這い出す。恵里が築いた瀕死グモの防塁も崩され、こっちからもクモ共が出て来る。
野郎は奥に悠然と突っ立ったまま、バケグモ軍団を先行させて来やがる。ボスキャラ気取りか?気に入らねぇ。クモに肩入れする訳じゃねぇが、テメェはバケグモとは呼べねぇだろうがよ。何上司ヅラしてやがんだ。奴は人間で言やぁニタニタ笑ってる感じで俺を挑発しやがる。クソが。
狭い通路の地面、壁、天井を親グモと子グモが隙間なく埋めていく。俺は十本の刃を縦横無尽に動かして敵の足元を止め、止まったところを二本の剣で即座に切り裂く。だが足りねぇ。全力でやってようやく刀装備の恵里の八割って程度の威力だ。剣を持った時の恵里と比べりゃ半分にもならねぇ。敵の数が減らねぇ!
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
俺は徐々に西側通路口まで後退した。いや、させられていた。
もっと広い場所なら、刃の在庫がありゃ、敵が多くなきゃ……!
考えても仕方ねぇ。
恵里はもう会長と合流出来た筈だ。
俺は残った刃を足止めに闇雲に飛ばし、その隙に通路に入り込む。
数秒後、横合いから岩盤に吹っ飛ばされ……!
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
俺は徐々に西側通路口まで後退した。いや、させられていた。
恵里はもう会長と合流出来た筈だ。
追いかけたいが、奴に通路の途中で突撃されたらかなわねぇ。
俺は通路口で踏み留まる。
援軍が来るまでここで連中を止める。
俺は半殺しにしたクモを盾にして毒液や糸を防ぐ。
近付くクモをぶった斬って、さっきの恵里みてぇに防塁にしていく。
ムカデ野郎は時々、突進するフリを見せる。
挑発のつもりかも知れねぇが、無視もできねぇ。
突撃を警戒する度に、気を取られてクモ共の攻撃が掠る。
もう魔力も体力も少ねぇ。
左肩に激痛。天井から降ってきたのか子グモが噛み付いてやがる。
クソ!肩の肉ごと削ぎ落とすが、遅い。麻痺毒が回り始めた。
他のクモ共も一気呵成に俺に飛びかかり……!
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「ァ…ッ!?ァ‥ハァッ!…ハァッ!」
意識が現実に戻る。新種の首はまだ穴から抜けきってねぇ。恵里は北への通路で十匹目辺りの親グモを斬った所だ。下段のクモが溶けて防塁が下がり、そっから親グモがまた入ってきている。刀は痛んでるが、まだ大丈夫だろうぜ。俺の体も大した傷はねぇ。刃も十本有る。
……俺の
それが、半年前から新たな側面を見せ始めた。
未来予知、と言うよりは精度の高い予測だ。
並列思考同士が無意識下で近未来の予測を無数に立てているらしい。俺がどう動くと周囲はどう反応するかって風にな。
ただし、俺が存在を把握してねぇ敵の存在や能力は考慮外だし、想定外には弱い。将棋の対局みてぇな第三者の絡む余地のねぇ時にこそ真価を発揮出来る。
こう聞くと便利そうだろうが、致命的な弱点が三つも有る。
一つ。並列思考の何倍も脳に負荷が掛かるから多用は出来ねぇ。
二つ。狙って安定的に発動出来ねぇ。今もさっきも極限の集中で運良く使えただけだ。デメリットが有るくせに勝手に発動するんだから溜まったもんじゃねぇ。だが、今は使うしかねぇ。
そして三つ目。予知で体験する痛みや恐怖がかなりリアルでいやがる。未来を見ていたのはほんの一瞬だが、それだけで悪夢で飛び起きた直後みてぇに頭と体が熱いし、どっと冷や汗までかいちまった。
……でもお蔭で身に沁みて分かったぜ。俺は勿論、恵里にも穴と通路から来るクモを同時に足止めするのは無理だってな。
なら……!
「恵里!そのままそっち頼む!」
「えっちょ、ハル!?」
恵里はじりじり後退しようとしていた。穴と通路を両方相手取ろうとしてやがったんだろう。その恵里を横目に、俺は足場を高速で飛び渡り、ムカデグモに突っ込む。奴は穴から首を抜き終わるところだった。
俺は野郎の背に剣を刺し、全力で穴に押し付ける!
「おらああああっっ!!!スタニング・スパークッ……!!」
ぶっ指した剣から電撃を放つ。俺のもう一系統の能力だ。こんな風に至近距離じゃなきゃ効かねぇが、敵を痺れさせることが出来る。
奴は激しく暴れて、俺に正面を向けようとする。後ろ脚で攻撃してくるが、電撃で痺れて力が入ってねぇ。ざまぁみろボケ!
……剣が軋む。先端部分の刃はもう割れちまってるだろうな……!
「$%#@&!!」
「アアアアアッ!」
奴がまた声を発する。頭が痛ぇ!この命令は……やべぇ!かき消すべく俺も叫ぶが、気休め程度にしかならねぇ。
奴が出した命令は、穴の向こうのクモに自分の体を南側へ押させるものだ。俺の電撃も、流石に向こうのクモにまでは届かねぇ。
奴の「喉」は正面側に有るらしく、今は分離させた刃でも狙えねぇ。攻撃手段が集中する前面を穴に押しつけたのは正解だったと思うが、それが仇にもなった。
野郎の体が押し戻されてくる。抑えきれねぇ……!
いや待て?そうだ、抑えなくても良い!
俺は電撃を止め、後ろに飛び退く。
奴は一瞬だけ硬直し、即座に俺に正面を向ける。今だ!俺は四節目の気門の横を刃を飛ばして集中攻撃する!さっき攻撃したら声が止まった辺りだ。当たりをつけて、より正確に狙うと、狙い通りに声が止まった!。
「オラァッ!」
その間に天井に登った俺は、加速をつけた飛び蹴りを放つ。奴が叩きつけられた壁に、ドォン!という轟音と共にヒビが広がる。
……割れねぇよな?
俺は奴がダウンしている隙に、小瓶の蓋を開けて中身を煽る。即効性の魔力回復薬だ。体が余計に熱くなるが、すぐに力が戻ってくるのを感じる。コイツは多様は禁物だが問題ねぇ。あと数分だけ稼ぎゃ良いんだからな!
俺は二節目に剣を刺して再び電撃を放つ。奴は再び痺れてもがき出す。後ろのクモ共が逃げ出したのか、こっちへ押し戻す力は弱くなった。恵里の方はあまり変わらねぇ。声が途切れたことで、恵里から逃げる奴が出てきて少しは落ち着いたようだが、逆にこっちの穴から恵里の方に向かったのもいるようだ。
野郎に指示されなくても、腹が減っているから俺たちを襲いたいのには変わりねぇだろう。
恵里も流石に疲れたらしく、攻勢の止んだ隙に体力の即効性回復薬を飲んだ。
「大丈夫か恵里!!?」
「こっちの!台詞!……大丈夫なの!?」
正直、キツい。でもやるしかねぇ。
「おう。このまま桐葉さんたちが来るまでコイツら抑えるぞ!」
「倒すんじゃないの!?」
「やれるもんなら……頼むぜ!」
恵里の言葉はさっきと同じ内容だったが、流石に今度は半分強がりに聞こえた。
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