2-15「進撃」

 佐佑里はドロイドにハンドサインを出すとレコードを一枚投擲し、同時にワイヤーガンを東の岩壁に撃ち込むんだ。ワイヤーを引き戻しながら跳び、東へと向かうクモたちに辛うじて先回りする。

 生存者を守るためにはクモは引き離すべきだが、この数を片桐たちの元へ向かわせる訳にはいかない。あちらは北側からもクモが押し寄せている筈だ。挟み撃ちになってしまう。

 レコードを排出して手元にしまうとボタン操作で銃のスロットを上向きに開ける。左サイドに先程投擲したレコード、右にドロイドが投げたものを受け止める。


〈Geo!ゼニス!〉

 クモたちの中央の足元へと向けて黒い弾を放つ。弾はゆっくりと放射状に地面を広がり、広がりきったところで上へと向かう。これに触れたクモたちの動きが鈍化していく。

 Geoは触れた敵の動きを鈍らせる重力属性。弾速は遅い欠点があるが、回避も考えずに向かってくる敵相手なら問題ない。そして先程も使ったゼニスは攻撃を店長から雨のように降り注がせるのだが、地上に使えば弾は天を目指す。


〈Geo !ネット!〉

 右レコードを交換し、重力の網を放つようにする。設置型の罠としてクモたちの周囲や佐祐里の後ろの通路の地面や壁、天井に仕掛ける。

 通路の天井を崩した方が片桐たちを守るには良いのだろうが、そうなれば行き場を失ったクモたちが引き返して生存者が危険になる。ただでさえこの異常な進撃がいつ止まるのかも分からないのだ。クモたちは恐れていた捕食者の元へまっすぐに向かっていく。開いた大口に自分から飛び込むような行動だ。明らかに洗脳の類だろう。


 佐祐里は、恐らく恵里が北側のクモ達を、片桐が新種を抑えていると推測した(実際その通りだった)。

 不明なのは二人の余力と新種の強さ、そしてこの声の効力だ。こればかりは片桐に聞かねば分からないが、瘴気と糸、曲がりくねった通路が通信を阻害していた。だが、先程の膠着状態のうちに放ったドローンによって通信が繋がった。


「片桐くん!恵里ちゃん!お二人とも聞こえますか!?」


< Blizard!エクステンド!>

 Blizardの氷が傷の周囲の魔力を奪って凍結を維持する。効果範囲はGeoより局所的だが、攻撃速度が鈍化せず殺傷力もある。氷の長剣でクモを切り裂きながら、佐佑里は片桐たちに通信を試みる。


<Blizard!クイック!>

 右を連撃効果に切り替えると、Geoで鈍化させたクモの上を跳び渡りながら銃モードで撃ちまくる。


「……………また後で!」


 通信を終える頃には、周囲のクモで氷結や重力を全くも受けていないのは数体だけとなった。半数以上は移動に支障を来している。特に東通路への入口付近では、重力の影響下で強引に動いて脚がもつれ合っているものもいる。数分後には重力が解けるが、その後もすぐには動けまい。

 ともかく即席の防塁は完成した。防塁に組み込まれなかった後ろのクモは手こずりながらも進行を続けている。辛うじて通れる幅の空白を故意に空けておいたせいでもある。完全に進軍を止める訳にも行かない。難しい調整が必要になる。。



「うわあああ!?」


 生存者の悲鳴。西側の通路口から新手のクモたちが現れたのだ。洞穴の北半分には親子合わせて三十匹以上はいる筈だが、その内どれだけが西側から向かってきているのか?佐祐里は防塁を跳んで、再び生存者たちの前へと降り立つ。


「皆さん……もう少しだけ堪えて下さい……!」


 自分を鼓舞する言葉でも有った。時刻は2:50。援軍があと何分で着くかは分からない。外へ逃げたクモが援軍と鉢合わせていれば、あと十分以上掛かる可能性もある。それだけの間保つだろうか?

 思わず外の星明りに目を向け……息を呑んだ。逃げた筈のバケグモが戻ってきていた。

 二十匹近く逃げた内の恐らく約半数、足取りはやはり奇妙に整然としている。


(新種の声が外にまで…!)


 流石に想定外過ぎた。既に侵入済みの北からの個体と合わせれば動けるクモは親が六、子が二十はいる。動きを封じた親グモはその倍近く、同じく子グモも二十はいる。


「フーッ……」


 生存者たちが絶望の色を濃くする中、佐祐里は静かに息を吐き、そして吸った。


「良いでしょう……私の力が続く限り、お相手します。皆さん!目を瞑っていて下さい……!」


 言うと同時、手持ちのレコード数枚を天井高く放る。ドロイド群もそれに続きレコードを宙や壁、床へと放り出す。

 生存者たちは訳の分からないままに目をギュッと閉じる。


<Cyclone!/ボレー!>


 銃の横に無数の銃身が具現化する。奇妙なことに銃身だけで本体やグリップ部などはない。無数の銃身が本物の銃と共に東通路を攻撃する。これは幻ではない。多重攻撃だ。消費は重いが必殺技の一種である。風の追尾効果で防塁のクモを避け、その隙間を通ろうとするクモだけを抉り取っていく。

 左レコードを排出。風のレコードが転がり、佐祐里の足元を狙った子グモの足を払う。転んだクモに追撃を放ったカラス型ドローンは、続いて補給用ドロイドが投げた別のレコードを弾いて、開いたままのスロットに入れる。


<Geo!/ボレー!>


 無数の鈍足弾が西へ飛ぶ。北エリアからの侵入を塞ぐためだ。当然、北のクモは東に殺到することになるが、やむを得ない。挟み撃ちにさえならなければ恵里がしのいでくれる筈だ。

 両レコードを排出して勢い良く中央口へ放る。床をコロコロと転がって、戻ってきたクモたちの眼前で二枚がぶつかり、彼らの注意を引く。

 近づいてきた親グモに二段蹴りを見舞って宙に跳ぶと、壁面を反射してきた新たな二枚を受ける。


<Lightening!/ゼニス!>

 雷速の拡散弾が鈍足弾を追い抜いて、北から来たクモたちを襲う。子グモが吹き飛び、親グモの体制を崩す。

 そこへ鈍足弾が命中して先頭集団の動きを封じ、通路が塞がれる。


<Aqua!/ゼニス!>

 水属性を今度は銃モードで矢雨として放ち、広場全体の敵を牽制する。

 体をくるり回して、反撃の糸や毒液を躱し手近な親グモに右肘打ちを見舞う。右肩で天井から降ってくるレコードを受ける。右回転し子グモを蹴り飛ばす。左レコードを排出して、地面を転がし背後から迫る子グモを転ばせる。

 空いたスロットには肩を離れたレコードが入る。右手で北側の壁にワイヤーを撃ち込み、半ば錐揉み状態で宙を舞う。


<Blizard!/ゼニス!>

 西口を中心に床や壁面に氷の矢雨を見舞う。先に放った水によりとの相乗効果で足止め効果は抜群だ。

 それでもなお、数匹が反撃を試みてくる。佐祐里は激しく動き回ることで敵の注意を自分に引き付ける。

 ジグモ型が突き出した来た足を蹴って跳び、空中で放つ射撃の反動で別のクモの糸を躱す。

 壁面から飛びかからんとする子グモを蹴り飛ばした反動で、毒液を躱す。

 躱して跳んだ先へドロイドがレコードを放り、佐祐里はスロットを開けて受け止める。


<Mighty!/タイマー!>

 剣モードで大型のクモを斬りつける。浅い。森で戦ったマダラの大物並の硬さだ。構わずに連続で斬り付ける。

 反撃で繰り出された脚を氷上を滑って躱す。掠っただけで手足を文字通り奪われる威力だ。追撃を銃モードの射撃反動で更に滑って躱す。

 右レコードを排出する。レコードはビリヤードの要領で氷上を滑る他のレコードに連続反射し、僅かばかりの動けるクモ達を翻弄する。入口側から滑ってきたドロイドから、すれ違い様に次のレコードを受け取り、手で装填する。


<Mighty!/ペネトレイト!!>

 佐祐里が構えた瞬間、硬皮グモに変化が現れる。「タイマー」の攻撃を受けた部位が一斉に爆ぜた!耐え切れず硬皮が砕け散る。

 同時に無属性の力で強化された貫通弾が、クモの体の中心を貫通!

 硬皮グモの体を四散せしめた!


 「タイマー」は最大で十二分の範囲で「起爆」時間をセット出来る。全ての攻撃がこの瞬間に起爆する様に合わせたのだ。

 単純威力強化のMightyと一点集中のペネトレイトの組み合わせも既に必殺の威力だが、それをタイマーと併用すれば、この広間で最強格だったらしい今の硬皮グモと言えど耐えられはしない。

 他のクモたちは再び萎縮し始めた。強い硬皮グモが倒されたためか……?


(これは……洗脳が解けている…?)


 気付けば、東から聞こえる声は大分弱まっている。

 新種が片桐たちに集中し過ぎているのかそれともダメージを受けたせいか。あるいは、この場のクモのほうも声に慣れたのかも知れない。

 何にせよ東へ向かおうとするものは殆どいなくなった。


 片桐たちは少し安全になったが、佐祐里と生存者にとっては良くない。

 再びクモたちが自由意志で動き出せば、生存者が狙われるし、動きが乱雑になり狙い辛くなる。

 幸い、既に殆どのクモの動きは封じ、戦意も多少削げてはいる。

 今のうちに少しでも数を減らすべきだ。


 佐祐里は故意に凍らせずにおいた西側の岩の上にワイヤー移動で着地し、まずは、まだ動ける親グモの一匹の半身を引き続き強化貫通弾で吹き飛ばす。同じくもう一匹。これで動けるのは僅かな子グモだけだ。

 だが彼らは一度放置する。佐祐里を警戒してか動きを止めているようだからだ。

 先に、最初に拘束した東側の親クモに狙いを付けて撃つ。

 この攻撃は消費は重いが、佐祐里自身の魔力を遣り繰りすれば、まだ十発以上は余裕で撃てる。


 ……一匹、二匹と仕留めた所で、左胸に違和感を覚える。先程天井から落ちてきたクワガタのエイジが胸ポケットの中で蠢いている。

 洞穴を冷やしてしまったせいで他の二匹は活動が鈍ったのか途中でリタイアし、ドロイドの一体にくっついて機械の熱で暖を取っている。

 

 氷上を離れたことと、先程エイジを気絶させた「声」が弱まったことで目覚めたのだろうか。片桐と違って虫と会話する能力はないが、礼を言っておくのが礼儀だろうかと考えていると、エイジは足をバタバタと伸ばす妙な動きでもがき出した。


「あっ…ちょっとくすぐったいですよ…!」

 厚みのある冬の隊服とはいえ、激しく動かれたら流石に妙な刺激が来る。これでは射撃どころではない。

 ポケットの外から軽く掴もうとすると、動きが変わった。

 腹と鋏を打ち鳴らし始めた……妖怪の気配を感じたときの動きだ。

 周りには手負いとは言え未だ大量の妖怪がいるから当然のことではある。


(いえ、違います!)


 そんな無駄な動きをするクワガタに片桐は隊長を任せはしない。後輩への信頼から佐祐里は警戒を強めた。

 鋏の音が激しくなる。鋏を割らんばかりの勢いだ。敵が非常に近い時の叩き方だ。

 真っ先に天井を見たが、何もいない。

 だが油断はできない。保護色になっているのかも知れない。それに透明なバケグモもいる。

 ましてや今は暗い。ドローンの照明と外からの僅かな明かりだけが頼りだ。

 ワイヤーを前後左右にも振り回す。手応えはない。

 となれば、後は……。


 その瞬間、佐祐里は思い出した。イワダマシという岩に擬態するバケグモがいることを。今、自分は何処にいる?

 瞬時に飛び退いたその体を真下の「岩塊」が吹き飛ばした。

 氷上に叩きつけられる。


「が…っ…!」


 真下から腹への体当たり、不完全ながら受け身を取ったがダメージは大きい。完全に岩だと思っていたその塊は何時からそこにあったのか、記憶がはっきりとしない。

 イワダマシは認識に干渉する幻術を使う説があったが本当なのかも知れない。佐祐里は一枚のレコードを地面に差した。


 ノゾムたち二匹のクワガタとカラスがイワダマシを攻撃する。元より彼らの力では妖怪に大したダメージは通らないが、岩に擬態するだけあって特に頑丈らしく、眼球を刺されてすら平然としている。硬度だけならさっきの硬皮グモ並みか。

 佐祐里はふらつきながらも起き上がり、飛来したドローンから治療用レコードを受け取る。

 装填しようとしたところへイワダマシの溶解液が飛んでくる。身を捻って躱すが、激痛が走る。

 骨折はしていない、と思うがヒビくらいは入ったかも知れない。

 一瞬動きが鈍ったのを見逃さず、岩グモが再び突進した。

 武器を宙に放り、後ろに倒れるように躱す。クモの爪が佐祐里の胸を掠めようとする。


 その一撃は浅く服を裂く程度で済む筈だった。だが佐祐里は胸を庇うように、全力で体を左に捻り、地面に倒れ込んだ。肋辺りの激痛が強くなる。胸を庇った右腕にも薄い切り傷が走った。

 何も胸が外に晒されるのを嫌った訳ではない。胸ポケットにはエイジがいる。後輩のクワガタが斬られる可能性を避けたのだ。


 イワダマシは意外な戦果に一瞬だけ驚いたかのような様子を見せたが、すぐに接近を再開した。

 そればかりではない。

 厄介な佐祐里が、とうとう隙を見せたのだ。動ける子グモたちばかりか、拘束状態のクモもなんとか反撃しようと脚や口を動かし始める。岩グモに対処している以外のドロイドが阻止を試みるが、大した足止めにはならない。


 佐祐里は落下してきた自分の武器をしっかりと受け止める。

 レコードを使わない無属性の弾で岩グモを牽制しながら、レコードを手早く交換する。

 治療用ではない。

 まずイワダマシを素早く倒し、他が動き出す前に治療せねば一気に押し負ける。

 痛めた肋ごと左胸を庇いながら、佐祐里は敵を見据え、引き金を引いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る