2-10 「探索」

「……はい。中の様子を確認次第、また連絡します」

『ああ。こっちもコモリバケグモの反応を補足したみてぇだ。ぶっ倒す時間を含めて、そうだな……二十分以内にそっちに行く。……無茶はすんなよ』


 会長が桐葉さんとの通信を終えた。霊波反応まではあと三十メートルだが、通信ケーブルの長さが限界なんで、ここで一度切り離して置いていく。桐葉さんたちが前進すればその分ケーブルも引っ張れるが、折角急いだのに待ってはいられねぇ。

 反応がある洞穴は高さ四十メートルくらいの大岩の足元にある。この辺はこういう岩塊が多い。さて洞穴、という言い方をしたのは岩肌にいくつも入口があるからなんだが……。


「あれ、糸よね」

「ああ」


 穴は南から見える範囲だけで四ヶ所あるが、全て糸で塞がれていた。こういう真似をするのは、多分ジグモ系のバケグモだ……つまり、これまでのマダラとコモリと合わせてこれで最低3種同時発生って訳だ。これだけでも異常だが、もっと問題なのは糸の量だ。成体一・二匹が出す量じゃねぇ。十匹はいると見たほうが良い。

 そして糸のお陰で、霊波反応が弱かったのと、捕まっていた人間が生きていたことの謎がまとめて解けた。クモの糸は瘴気を吸いやすい。瘴気を吸った糸は気配が周囲に溶け込んじまって、人間や動物、他の妖怪にも気付かれにくくなる。そんな糸で覆われていたから、この洞穴は探査を受けにくくなったんだ。同時に糸が空気清浄機の役割を果たしたおかげで中の人間が瘴気の影響を受けにくかったってことだろう。

 敵がバケグモの時点で薄々そうじゃねぇかとは思っていたが、ここまで糸が多いなら納得だ。


「むしろ、こんだけの糸に覆われても森の外にまで反応が届くってことは……」

「敵の質か量が相当ということでしょうね。S級以上も覚悟しておきませんと」

「腕が鳴るわね」

「鳴らすな。まずは探索だろうが」


 俺は呆れて深い溜め息を吐く。S級はさっき戦ったコモリバケグモみてぇなA級より数段強い。俺たち三人が総力を出せばどうにか勝ち目はあるが、それは取り巻きがいなければの話だ。戦おうとしちゃあいけねぇ。


「あはは……ともかく、まずはドローンを飛ばしましょうね」


 俺は視界の端、東側の入口へと近付く。ここは月の影になっているから、糸を切り裂いても中には光が入らねぇ筈だ。ライトの光量を抑えて作業をする。剣から分離させた刃を持って糸を切り裂き、すぐ近くにバケグモがいねぇことを確認してから穴をゆっくりと広げる。

 そして穴の中に「オナガ」を捩じ込む。尾長鶏をモチーフにしたドローンで、尻尾の部分が長いケーブルになっていて、俺たちの端末に情報を直接伝えられる。こういう電波が特に悪い場所を探査するための物だ。かさばる割に使い所が限られるんだが、今回は岩の多い地形での探索になると分かっていたから予め用意してきた。

 入口に陣取った俺の後ろに、先輩が座る。恵里には二十メートル隣の南の穴を見て貰っている。どうもさっきの連中はそこから出てきたっぽく、奴らの足跡が南から穴の前へと続いていた。雨でも降ったようなデコボコの跡からして、少なくともマダラの集団は通った筈だ。今はもう糸で入口が塞がっている。恵里は暫く観察して俺たちの方に来た。


「どうだった?」

「んー。なんか石の破片が転がってたわ。内側から外に向かって飛び散ってた。で、その後で糸を張り直したっぽいわね。古い糸が破れた跡もあったわ」

「張り直した?それも中からか?」

「そこまでは私が見てもよく分からないわよ。ハル見てくる?」

「いえ、片桐くんには先に中のクモを見てもらいませんと」


 普通に考えれば、糸を張り直したのは中にいるクモだろう。「立つ鳥跡を濁さず」じゃねぇんだから、外に出た連中がそんな無駄な真似をするとは思えねぇ。それは良いが、問題は何故わざわざ外に出たか、だ。


 会長が持つタブレットにオナガからの映像が写し出される。暗視影像に補正をかけて十メートル先の人間の表情が辛うじて分かる程度の明るさになっている。

 東から南側へS字に曲がりくねった道を進む。少し開けた場所に出たところで、ソナーで地形を探る。中の空間の形状は楕円に近い。楕円の中心にデカい岩塊がある。岩塊の幅は二・三十メートルくらいで、天井まで続いてる。高さは十~十五メートル。外の岸壁と岩塊の間の道幅は五メートルから十五メートルくらい。南と北が広く、東西が狭い。出口は全部で六箇所。こっちから見えない北西と北東にも穴があるようだが、そっちは人が通るには小さい。脱出には南側を使うしかねぇが、北に人がいた場合が厄介だ。岩は頑丈で戦闘の余波でも簡単には崩れなそうだ。その分、脱出する時に壊すのに手間取りそうで困るな。

 ソナーで分かるのはこの辺までだ。波長を変えれば敵の数や人間の数も正確に分かるが、気づかれる可能性が増えるからカメラで見たほうが良い。一応人間らしい熱源が南に集中しているのは分かるんで、まずはそっちを目指す。


 視界の範囲だけでバケグモの成体が四匹、子グモが手の平大から膝上サイズまで十数匹。仮に洞窟全体に均等にいるとすりゃあ、最悪この十倍はいる可能性がある。俺たちだけじゃとても手には負えねぇ。桐葉さんたちが来てギリ互角くらいか?そして妙なことに、また複数の種類がいる。


 岩に似たイワダマシや糸を投げるトアミバケグモはまだ良い、元々岩の近くや洞穴に棲む連中だ。だが木の間に巣を張るコガネや他のクモを食うヤリバケグモがこんな岩くれの中にいるのはおかしい。だいたいヤリがいるのに他のクモが逃げていねぇ。こっそり他のクモに近付いて襲うのがヤリの手口だが、眼前に見えてんだぞ?バケグモは妖怪の中でもそこそこ視力のある方だ。目の数は伊達じゃねえ。そのヤリも大人しくしてるのも妙だ。カメラ越しに分かるほど腹を減らした顔に見えるんだがな。


 オナガを動かして、さっき恵里に見せた南の穴の内側に達した。ここまでで三分の一は見たわけだが、親グモは十二匹、子グモは三十二匹見た。連中の動きは鈍かったんで重複は無ぇ筈だ。

 ……人間の死体は三体見たが、生存者はまだだ。南と北に広い空間があることと、証言からこの辺に居る可能性が高い。カメラの向きを西に向けると、幅十五メートル程の広い空間が映った。


「いました……!」


 壁に糸で括り付けられた人間がざっと十人以上。映像を見る限りでは、確実に五人は生きてて……二人は死んでいる。血を吸い尽くされてミイラ状になっていた。他の数人は光の加減や糸の多さのせいで見えねぇ。

 近くをクモ共がうろついてるが、すぐに襲う様子はねぇ。妙だ。東の奴らと同じで、コイツらも腹を空かした顔に見えるんだがな。

 他のエリアにも生存者がいねぇとも限らねぇ。これ以上食われる前に敵の数も含めて把握した方が良い。会長がオナガの移動速度を上げる。


「これ……全体を把握すんには、一度こっちに戻さなきゃならねぇですかね?」


 オナガのケーブルは長さ五十メートル、このまま西に進むと北に届く前に足りなくなっちまう。


「ですね。でも、まずは行けるだけ行ってみましょう」

「残りの東から北のルートは?」

「そちらは、生存者がいる可能性が低そうですし、後回しにするしかありませんね」


 会長は苦い顔だ。半手動で繊細な操作が出来るオナガはともかく、他のドローンをいきなり突っ込むと糸にやられる可能性がある。実際、オナガでもギリギリだ。


「あれ?」


 恵里が画面を指差した。


「今、上何か通りませんでした?」

「すみません。見逃しました」

「俺もだ」


 迂闊だった。会話に気を取られていた。目の端に何か映った気はしたがな。二分した画面の半分をタイムシフトしてスロー再生する。確かに一瞬何かデカいのが奥から手前側に動いた。止めて見るとバケグモのようだが、動きに違和感がある。八本脚より小刻みな揺れ方と言うか、ムカデのような動きだ。

 ライブ映像のほうは後ろを向かせる。意識の有る生存者達の怯えた表情が大写しになる。オナガには気付いていねぇようだが口が動いてるんで、マイクの感度を最大に上げで声を拾う。


<まただ……また来た……>

<来ないで……>

<ひっ……!……ぅ……うう……>


 生存者の目線を追ってカメラを上へと向ける。そこに見えたのは、コガネバケグモに見えた。普通のコガネグモに似た腹が虎柄の奴で、サイズはマダラと大差ねぇバケグモの標準だ。

 壁や天井に張り付いてるわけでもねぇのに顔の位置が高い。宙を浮いている?……違う。腹の後ろから別のクモが咥えこむように支えているみてぇだな。何してんだコイツら?

 カメラが横へ動く。コガネの体が腹途中で千切れ、そこに飴色の体のトアミバケグモが、頭部の下半分が抉れた状態でくっついている。そしてトアミの腹途中からはまた別のバケグモが……。


「うぇっ……!!」


 俺は口を抑えた。俺に取っちゃ人体が同じ目に有ってるのと殆ど同じに見えちまうんだよ畜生。


「何これ?」


 恵里がきょとんとした感じで呟く。


「ミサキムカデに似てるような気もしますが……」

「……ってハル大丈夫!?」

「おう……平気だ……っ!」


 体力回復薬を水で流し込み、口を拭った。


「それより……これは俺も知らねぇ。新種……なのかコイツは……!?」

「バケグモが合体……してるのよね?なんで!?」

「俺が聞きてぇよ!」


 複数の妖怪が合体する例は無い訳じゃねぇが、殆どは元から同種か共生関係だ。あとは弱った奴等が緊急避難的に無理に行う場合もあるが、元からの衰弱と合体の無理が祟って数分で死んじまう。バケグモ達が合体するなんて話は初耳だから、可能性があるのはこっちだが、奴はとてもすぐに死ぬようには見えねぇ。

 奴の姿は、複数の種類のバケグモが体の一節一節を構成してるムカデみてぇだ。一節に二対四本の足があるとこはヤスデに近ぇが、全体の見た目はやっぱムカデに近ぇ。カメラで見える範囲だけで十節はあるし、まだ先もありそうだ。しかしクモの尻の射出口が潰れてるこの合体に意味あんのか?


「まずい……ですね」


 ムカデグモが再び動き出す。天井にへばりつきながら、下を品定めしてやがる様だ。思わず立ち上がったが、背中を恵里に、袖を会長に掴まれた。


「ダメです。この状況で飛び込んだらどうなるか……!」

「ハル!」

「今行かなきゃやべぇだろうが!さっきの繭の時とは違うんだぞ!」

「気持ちは分かりますが、危険過ぎます。二次被害を出す訳にはいきません。分かってください。桐葉さんたちの合流を待ちましょう……!あと数分です…」


 会長の言葉は自分に言い聞かせてる様にも聞こえた。表情は強張っている。


「俺は!目の前で人を見捨てんのはもう御免なんだよ!」

「ハル……」


 画面の向こうで、ムカデグモが上体……らしき部分を後ろに引いた。下に飛び込む予備動作だ。


「ん?」


 違和感を感じた俺は力を抜いて中腰になったが、俺を抑える二人の力は弱まらない。雪の上、会長の歯ぎしりの音が聞こえた。そしてムカデが飛び出し、犠牲者に食らいついた。恵里が顔を覆い、会長は目を見開く。

 次の瞬間……。


「えっ……?」

「これは……」



 ……画面に写ったのは、足元のヤリバケグモに食らいついたムカデグモの姿だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る