2-9:「強敵」

<コモリバケグモ。A級妖怪。体内にミリサイズの子グモを数百から数千宿しており、その子グモを口や背中から打ち出して攻撃する為非常に危険。動きも俊敏な為、人数を揃えて遠距離から撃つか、子グモを出す前に炎で丸ごと焼く戦法を推奨します。出来ない場合は、子グモの体力が尽きるまで持久戦に……>


 俺は妖怪図鑑アプリの自動解説を切った。俺に取っちゃ知った内容だ。俺たちは今、南下中のコモリバケグモから四十メートル離れた東側にいる。望遠鏡で伺う限り、奴はこっちには気付いてねぇようだ。やり過ごせなくもねぇが、放っとくのも不味い。後ろの隊が不意打ちを食らうと危ねぇ。子グモが一匹体内に侵入するだけでも命に関わる。


「私の火の剣で斬っちゃまずいの?」

「野郎は素早いし、反応も鋭かった筈だ。途中で子グモを食らうとやべぇぞ。いくらお前でも、覚えたばかりの遠当てで当てられるか怪しいぞ」


 恵里のミクスカリバーはバリアも出せるが、子グモは小せぇから隙間を抜けてくるかも知れねぇ。そもそも奴の中まで火が通る前に子グモが出てくる可能性が高い。


「私のレコードの炎で焼き尽くしても良いんですが……」

「奴は三十メートルは子グモを飛ばしますよ」


 会長の武器の炎は射程が短い。二十メートルがせいぜいだ。これは山火事を避けるためでもある。代わりに一箇所に纏わり付き続ける性質があるから当てりゃあ強いんだがな。俺の刃の射程もこの辺で使うと同じくらいだ。


「Extendのレコードで射程を伸ばしてもいいんですけど、そうすると威力が落ちるんですよね。手数を増やしましょうか……?」


 先輩は難しい顔で顎に手をやる。

 一応、俺らの戦力でも勝ち目は有るが、時間が掛かるし消耗も激しい。奴の射程外からの攻撃だと減衰するし当たりにくいからだ。この先に何が待っているか分からねぇ以上、力は節約したい。かと言って桐葉さん達に丸投げすると、相性的に俺たちより危険だし、合流も遅れる。ラッタの奴なら、全身を光で包みながら子グモを弾いて有利に戦える筈だが、上手いことアイツのいるところに向かってくれる保証はねぇ。


 俺が奴の動きを見ながら悩んでいると、先輩が尋ねてきた。


「片桐くん、さっきアプリが言っていた持久戦ですが、子グモの体力はどれ程でしょうか?」

「そんなにはねぇです。連中を戦闘機としたら親は空母みたいなもんで。そもそも連中、口はあっても胃はないですからね」

「胃がない?」

「で、親には胃はあっても食道がないんです。子グモを口や背中から出して、獲物を食わせてから体内に戻して、食ったもんを胃に降ろさせる。それを親が消化して栄養を子に渡すって流れです。つまり……出撃した後は『荷降ろし』と補給が終わるまでは再出撃できない……」


 俺は会長の顔を見た。何か思いついた顔だ。多分、俺と同じ考えだ。


「今、親グモの空腹度は分かりますか?」

「遠目なんで多分ですけど、あの顔だと結構減ってそうですね。子グモも出せて一回ですかね?非常時には子グモを消化しちまうって説もあるくらいですから……で、もしかして」

「ええ。無駄撃ちさせましょう」


 会長が不敵に笑った。


――――――――――


 俺たちは西へ進む。奴の進路上に少し開けた場所を見つけ、そこで待ち伏せすることにした。ここなら電波状況も比較的だが良いし、子グモが樹上に飛んで落ちてくるのも避けられる。一分ほど待つと奴が来た。思ったより少し遅いが、おかげで余裕を持って備えられた。


「おい!」


 俺は奴の射程外から怒鳴りつけ、数枚の刃を飛ばした!

 俺の刃が十メートルまで迫ったところで、コモリバケグモは糸の玉を口から撃ち出した。テニスボール大のその玉の中には四・五十匹の子グモが入ってる。弾速は時速六十キロくらい。速度も射程もこっちより上だ。糸玉が命中した刃は重さと糸のせいで落下した。落ちた位置から子グモたちが周囲へ歩き出すが、近くに餌がないと見て、親グモの元へ戻っていく。子グモ連中はそんなに感度が良くねぇ。把握できるのはせいぜい半径数メートルだ。親グモだけはもっと離れていても見つけられるが。


 俺は刃を飛ばし続ける。補充したばっかりだが仕方ねぇ。会長や恵里の魔力を浪費するよりは安いもんだ。奴は雪の上を俺のほうへ小走りで近づきながら糸玉を飛ばしてくる。俺に直撃しそうな弾だけ刃を犠牲にして弾き、奴を俺の近くまで引きつける。何発目かの玉で子グモたちが俺を感知したようで、黒い絨毯となって雪上を俺の方に向かってきやがる。速度は鈍いが、油断して止まってるとあっという間に骨にされちまう。俺は連中の戦線を間延びさせるように、遠回り気味に木の影を走る。


 親グモ本体も俺を追いつつ、時折足を止めて糸玉を吐く。何発も近距離でうけるのは危ねぇんで、またこっちからも刃を飛ばして迎撃させる。一枚落とされ、続いて二枚目……と思ったが、奴はこれをスルーしやがった。

 落とされなかった刃は奴の顔面に当たったが、かすり傷程度しか付かねぇ。分離状態は攻撃力が低いから仕方ねぇ。それはいい。

 問題は奴が刃を無害と学習しやがったことだ。奴は続く刃の攻撃もノーガードで受け、糸玉を俺の方に撃ってきた!


「もう迎撃しちゃくれねぇかよ!」


 俺は足元に迫る黒絨毯を跳んで躱し、空中でワイヤーガンを樹上に撃ち込む。巻き取って樹上に跳ぶ。更に幹を蹴って跳び、体を奴の射程に晒す。

 そこへ糸玉が四発迫る。子グモは合わせて二百以上。一発でも当たりゃ確実に中と外から食い尽くされる。

 俺は刃を数十cm間隔で縦に並べ、梯子の要領で蹴って上へと登る。蹴った刃は次々に最上段へ送る。五・六枚もありゃ五十メートル、二十枚で二百メートル上空まで行ったことも有る。今はそこまで跳ばねぇがな。

 俺が避けた糸玉は落下し、親グモは射角を上に修正するが二・三発だけ撃って止めた。


「流石に真上には撃たねぇか」


 まだ奴の射程内なんだが、やっぱ賢いな。クモ空母と俺に呼ばれるだけのことは有るぜ。俺は奴に向けて発信機をばらまきながら、十五メートルの高さから横っ飛びに下へ降りる。糸玉が更に二度飛んできたが、刃を足場にして後ろへ逃れ射程外に出る。これ以上盾にするのは勿体ねぇし、もう頃合いだからな。


「今だ!」

「はい!」


 俺の合図で会長が南西の樹上から飛んで来た!

 親グモを挟んで今の俺と逆の位置だ。左手で構えた銃が文字通り火を吹き、まずは会長目掛けて吐かれた糸玉を、次に俺を追っていた雪上の子グモを焼く。この炎は敵の体に纏わりつくから、周りが雪だらけだろうが問題じゃねぇ。会長は雪に落ちる前に右手のワイヤーガンを使って東の樹上に移り、武器を剣モードに切り替えて雪上へ飛び降りた。


 親グモは糸玉を吹きながら後ろへ飛び退く。剣から一瞬炎を広げて切り払うと会長も後退する。その隙に俺は北側へ回り込む。


「せりゃああ!」


 恵里が俺の後ろから奴へ斬りかかる。親グモが向き直って糸玉を吐くと、恵里も炎の剣でこれを切り払って、俺の刃を足場にした空中バック転ですぐに射程外へ逃れる。

 その間に会長は俺が南東側へ広げた子グモを再び銃からの炎で焼き払うと、ワイヤーガンで東へ跳んだ。再びの糸玉を躱しつつ、俺のいる北へ更へ跳ぶ。着地の瞬間に合わせて、恵里の飛ぶ斬撃と俺の刃で奴を攻撃する。軽やかに後ろへ躱されちまつたが、会長は無事だ。


「ありがとうございます」


 先輩は俺の隣の木に着地した。


「片桐くん、そろそろでしょうか?」

「ええ、後は逃げながら迎撃しましょう」


 俺たちの作戦はこうだ。

 まず俺が刃で攻撃し、子グモを出させる。射程は向こうが十メートル広いから本体には届かねぇが、向こうにそんな事情は分からねぇ。迎撃を誘うだけなら、射程限界付近を飛ばすだけで間に合う。地面を歩いてくる子グモは、会長が倒す。本体狙いよりは大分減衰が少なくて済む。雪をしばらく走った後なら、多少動きも鈍るから狙いやすくもある。

 子グモを粗方倒したら親グモに発信機をくっつけて、トドメは桐葉さん達に任す。子グモの数が激減しても、親グモだけでもさっきの大型のマダラより手強いからな。俺たちばっかり消耗するのは避けたい。

 恵里は俺か先輩のフォローが出来るように気配を殺して北側で待機しておいて、最後の攻撃をする担当だ。それで奴を倒せれば良し、倒せなくても深追いはせずに南に追い落とす。


 作戦通りに子グモの半分強は倒した。俺たちを追わずに親グモへすぐ戻ったのもいるが、多少は疲弊してる筈だ。万全な奴は三割も残ってねぇだろうぜ。俺たちもそんなに消耗はしてねぇ。いい感じだ。

 奴にトドメを刺そうと思ったら、もう数分の時間と相応の体力と魔力を持ってかれるだろうが、後は桐葉さんたちに任せりゃ良い。出来れば、信号が瘴気でかき消えやすい小型発信機よりも俺のクワガタを付けたいところだが、流石に奴相手じゃ相性が悪い。確実に食われる。ドローンや大型発信機でも同じだ。まあ、連絡もするし大丈夫だろう。


――――――――――


 俺たち三人は、北側の樹上からコモリバケグモの様子を伺う。さっき以上に腹を空かせた様子だが、俺たちを襲う意欲は失せたようだな。

 ……いや、むしろコレは?


「ハル!?」

「片桐くん!?」


 俺は樹を飛び降りて奴のほうへ走る。射程ギリギリまで近付いて奴の「表情」を改めて観察する。腹を空かせているだけと見えた奴の表情には……恐怖が透けて見えた。


………俺たちに対してじゃあ、ねぇな。俺たちのことは強敵とは思ってんだろうが怖がってはいねえ。平気で攻撃してきたからな。奴の視線は俺たちより遥か後ろを見てやがる。つまり、俺たちの向かう北東の方角だ。


「おい!この先に何がいやがるってんだ」


 聞いてみるが返事は当然ねぇ。昆虫相手ならクワガタ以外でも少しは通じるんだがな。


「ハル!前!」


 恵里と目線が合う。つい後ろ……北側を振り返ってた俺は、慌てて前に向き直った。奴の筋肉が緊張している。あからさまに大きい動きの予備動作だ。俺が身構えた瞬間、奴は大きく跳んだ……南側へと。

 数本の木の幹にまたがって着地すると、素早く俺達に背を向けて走り出した。

 逃げ出す速度はあまり速くはない。よく見ると脚が一本欠けている。待ていつの間に?


――――――――――


「ああ、さっき刃を飛ばしたときにね。大きい刃のすぐ下に小さい刃をくっつけておいて、大きいのを避けさせて、小さい方を途中で分離して脚にぶつけけたのよ」


 再び北へと雪道を歩く道すがら、恵里はそんな離れ業を何でもないことのように語りやがった。


「全然気が付かなかったぞ」

「本当に小さいのだからね。アイツに気付かれちゃ困るし」

「そんなんでよく斬れたな」

 

 繰り返すがヤツの体はかなり頑丈な筈だ。いくら恵里でも難しい筈だ。


「なんか、元々傷ついてたっぽいのよね」

「……なんだと?」

「なんとなく動きも変だったし、だから小さいので斬れるかなって」


 隣で桐葉さん達に連絡していた会長も今の会話が聞こえていたようで、向こうに今の情報を伝えてから、一度通信を切った。


「そういや元からちょっと脚が遅かったですね……」

「まあ、確かに……そういやマダラ連中も多少弱ってましたね……冬時だからだと思って気にしてませんでしたけど、あれ?」

「大勢、森の奥に捕まっているのにおかしな話ですね……」

「はい……」


 冬に時期外れの妖怪が出た場合、衰弱しているのは珍しくはない。だがそれは餌が少ないせいだ。考えてみりゃ妙な話だ。

 そもそも冬にバケグモが二種類も出て、しかも同じ方向から南下してくるのも変だ。さっきのコモリの反応といい、分からねぇことだらけだ。


 悩んでいる間に岩山が見えてきた。あそこが問題の謎の反応のある場所だ。とうとう辿り着いた。

 ここを調べりゃ、全ての謎は解決されんだろうか……?

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