2-3「救出」
会長が混乱する女を宥めながら色々聞き出している。
その会話をインカム経由で聞きながら、俺たち3人は軽く黙祷して妖怪の死体を調べる。妖怪は死ぬと跡形も無く消えて無くなるが、消えるまでの時間はどれほど人や動物を食って「受肉」しているかによる。今の奴らの死体は数分立ってもまだ消えてねぇ。
「この分だと……コイツラだけで二・三人は食べたのかしら」
「多分な……」
小グモは殆ど消えてる。身体が小せぇ上に、生後一・二日以内ならまだ食事を出来ねぇからな。中グモは三割程、親グモは半分は残ってる。恵里の言う通り、人間なら大人三人前後を食った勘定になるだろうな……。
「恵里、北東の反応は?」
「えっと……変わりないわ」
恵里は楽進盤を広域探査に戻して答えた。
「さっきの連中も見た感じコイツらと同じくらいの実体化度だったよな?」
「ああ、多分な」
ラッタが頷く。実体化と言っても見た目に変化はあまりねぇし、常人が見る分には違いは分かりにくい。俺たち
「さっきの連中に加えて、もし北東にも同じくらいかそれ以上の妖怪がいるとしたら……最低でも犠牲は十人くらいか?」
「行方不明情報……無かったわよね」
「おう……」
いつもの習慣として森に入る前に確認してきたが、少なくとも風科と東西の隣町で不明者情報は無かった。そんなに大人数が森に入るのを見逃しちまうもんだろうか?
疑問に思っていると、丁度先輩が重要な情報を聞き出していた。俺たちは振り向きつつ耳を澄ます。
「……では、貴方は恋人の方とご一緒にスキー場に向かう途中だったんですね。最後に覚えている場所と時間は分かりますか?」
「えっと……土曜日の夜に……」
女が出した地名を聞いて俺たちは耳を疑った。そこは風科から直線で30キロ北東だ。
遠過ぎる。妖怪が俺たち僚勇会に気付かれずにそんな遠くに出て人を攫い、また気付かれずに森に戻るなんて殆ど不可能の筈だ。出入りだけでも無理だろうが、それを監視網の記録にも残さねぇとなると、少なくとも俺にはそれが出来る妖怪は思いつかねぇぞ?
それに時間も問題だ。今は火曜の深夜二時近く。土曜の夜なら48時間以上前だ。
女と彼氏は夜20時に車で高速を降りて、暫く一般道を走ってた辺りまでは覚えてるらしいが……クモがそんな長い間捕まえた獲物を放っとくか?
少なくともマダラはそんなことはしねぇ。
先輩も疑問に思ったようで、更に問いただす。
「失礼ですが、覚え違いということは……?走っていた場所に目印などは?」
「暗かったし、夕方までバイトで疲れて半分寝てたので……でもラジオは聞こえてました。FM……風科?」
「ラジオの話題は覚えてますか?」
「確か……ルリちゃんとかいう子がパジャマの話を……女友達が作ってくれたとかどうとか…」
その時間のFM風科なら、瑠梨たちの事務所の番組だ。こんなところで身内の話題になるとはな。しかも瑠梨に服を作ってやる友達と言えば、今アンタの眼の前にいる佐祐里会長だ。
「天使でしたね!」
「……その友達の様子が……うろ聞こえでも、ちょっとキモかったんで覚えてます……」
「ェァァ」
会長が死んだ。一瞬前までまさかの瑠梨の話題に目を輝かせていたのに。
「服の半分近くは、友達が作ってくれてその度に写真を撮ったり、お互いにお下がりを交換したり……なんかこうベタベタし過ぎで気持ち悪いというか……」
止めてくれ。だからその友達はアンタの目の前にいる人だ!
「その娘の声自体は綺麗で聴きやすかったし、その友達がトチ狂うのは分かりますけど……」
分かっちゃったか。あとトチ狂うとか言うな。分かるけど!
「ですよね!」
会長が復活した。それはともかく土曜20時頃までの記憶があんのは間違いねぇ様だ。
「コホン。それで気がついたら……洞窟らしき場所にいたと」
「はい……大勢の人が……糸に縛られて捕まってて…」
そこから、女が震えながら途切れ途切れに語った内容を要約すると、洞窟の中を僅かな光を頼りに見た限りでは最低二十人が数カ所に糸で縛られてバラバラに捕まっていたらしい。そうして訳の分からないままに時間が過ぎていたが、今から数時間前に急に月明かりが強くなったらしい。
その直後、さっきの連中に繭に閉じ込められて気を失い、今に至る……ということらしい。
「それで……あの……皆さんは一体…?」
俺たちがガキばっかってことに漸く疑問がいったようだ。混乱と恐怖、疲れと暗さ、助けられた安堵が先に来てたんだろう。
「私たちは地元猟友会の者です。不明者の捜索に来ました」
大嘘だ。俺たちは妙な反応を探りに来ただけだ。でも助かったのが偶然と知らねえほうが安心だろう。
「高校生くらい…よね…なんでこんな時間に…?…それよりどうやってアイツらを……」
当然の疑問だ。戦闘は見てなくても、化物を殺ったのが俺らなのは状況証拠で分かる。死体が消えてくれてりゃ面倒はなかったが、まだ数分は消えそうもねぇ。
「色々疑問はお有りでしょうが、信じて下さい」
会長は子供か恋人に対するような手つきで背中を擦り女を宥める。
「はい……」
まだ疑問に思ってる顔だが、俺たちに付いてくる以外ねぇと分かったのか大人しくはなった。その間に妖怪の検死を終えた俺たちは、気になった点を桐葉さんたちに報告した。会長には後で話そう。
「ところでラッタ…さっきから何を考え込んでる?」
ラッタは倒木に座り難しい顔で黙り込んでやがる。恵里はラッタの向こう隣で楽進盤を弄っている。
「実は……」
「さっきの第一陣も繭を背負ってたってことか」
「えっ!?」
恵里が驚く。
「お前、奴らを見て変な様子だったしな。今思えばそういうこったろ?言やぁ俺や恵里が飛び出すとか思ったのか?」
「ああ……」
ラッタはゆっくり頷いた。
「ったくそれでも言えよ!一人で抱え込むんじゃねぇアホ!恵里の10倍アホ!」
「「ええ!?」」
二人が不本意そうな顔で抗議してくる。恵里は別にいいだろ。相対的に今のラッタよりはマシて言ってるんだからよ。
『一応フォローしてやるとな…こっちには連絡があったぞ。個人通信でな』
オンのままの通信越しに桐葉さんが話に入ってきた。
「わぁってるよ」
『連中が食事するときゃ立ち止まるんだろ?図鑑でさっき見た。ずっと動いてるし、少なくともこっちに来る間には殺されちゃいねぇよ。生きてたらこっちで助けるから安心しな』
「それと桐葉さん。さっきの話……」
『ああ。つけこめりゃあ御の字だけどな。理由はそっちで調べてくれ……っと見えてきたぜ。後でな』
通信が切られる。向こうも接敵したようだ。信号弾が打ち上がり、その音に女が驚く。
バケグモは本物のクモと同じく、獲物に溶解液を注ぎ込み中身を吸い上げる。溶かしたら保存が効かねぇから、繭の中身は生きてる可能性が高い。繭で保存して運ぶのは初耳だが、巣の上でなら似た例がある。ラッタもそれを承知で見殺し紛いの選択をした訳だ。あん時戦うリスクは避けたかったからな。
「ま、桐葉さんの言った通りだ。お前は見殺しになんかしてねぇよ。仕方無かったんだ」
「そうよ。素通りさせる話になってたもんね。まあ戦ってても勝てたと思うけど」
「……余計なこと言うなアホ」
「痛っ」
恵里を小突いた。話の前提が台無しだろうがよ。
実際、奴らが急に食事休憩を始める可能性もゼロじゃ無かった。恵里の言う通り、戦って勝てる可能性も十分あった。それは俺もラッタも分かってる。それでも麻痺毒が掠っただけで戦線が崩れて一気に全滅する恐れも確かに有ったんだ。
「分かってるわよ。私達のほうが大事だったってことでしょ。悪いとは言ってないわよ」
「そういうこった。もう気にすんな……でも次はちゃんと言えよ。俺だっていきなり飛びだしゃしねぇからよ」
「……分かった。でもハルは絶対飛び出しそうだよなぁ……」
「確かにね」
「おい」
「皆さん!これからのことを話します!こちらへ」
先輩が手を振りながら肉声で呼び掛けてきた。時々無線で聞こえてきた二人の会話によると、後ろでクモ退治をしてることは話したが、繭があったことは黙ってる様だ。あの繭の中身が生きてても、この女の彼氏とも限んねぇしな。ぬか喜びさせちゃ悪い。
俺たちは二人のいる、俺らがさっき隠れてた穴に入った。
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