2-4「分隊」

 雪穴はさっきの戦闘で崩れたのを広げて五人でも余裕で座れるようにしてある。まぁ長居はしねぇけどな。全員が座ると先輩が話しだした。


「これから隊をニつに分けます」

「えっ!?」

「今から?……いや、そうか」


 恵里たちが驚くのも無理はねぇ。これから先はもっと危険な可能性もあるんだからな。でも、そうするしかねぇんだ。


「礼太くんは、この方をさっきの山小屋へ連れて行って下さい。残りの三人で北東に向かいます。後ろの承認を得てからですが……」


 桐葉さんはさっきの俺ら同様、一時的に通信を切ってる。勘の良い妖怪だと電波や僅かな機械音にも気付くから念の為だ。数分すりゃ復帰すんだろう。


「待ってくれよ先輩!この人を置いてから、俺も……」

「桐葉さんたちでも、あの数を全滅させてから小屋に着くには早くて二十分はかかります。その間この方を一人には出来ませんし、他にも捕まっている人たちがいるのなら、私たちだけでも先行すべきでしょう」


 山小屋は安全だが万一のこともある。何より未だに怯えてる女の様子を見れば、置いてけねぇのは明らかだ。錯乱して飛び出してりしても危ねぇ。


「で、でも男と二人きりじゃこの人も……」

「お前、会長はリーダーで恵里はバーサー……最高戦力だぞ?」


 恵里がきょとんとこっちを見てる。危ねぇ。『カー』と続けようとしたのを気付かれたら命は無かった。恵里は誉められたと思ったのか照れてやがる。

 会長はそんな俺を呆れと諌めの混じった目で見てる……はい、気を付けます。


「でもそれならハルだって……」

「俺にはコイツを使うっつう大事な仕事がある」


 鞘に収めた剣を指差す。この先は雪の深さはマシになるが、代わりに枝の広い木が密集していて、戦闘になると動きづらい。足場を作れる俺の刃の重要性は高くなる。俺がいない場合、代わりにニ・三人必要になるくらいだ。


「それにお前、そこそこバテてんだろうが。ついでだから休め」

「さっき寝たばっかだし……」

「もう、ラッタったらったったら……ってば冷静に考えてよ」

「お前の滑舌も冷静になれよ恵里」


 『らいた』が子供の舌で呼びにくい名前だからって今のアダ名になった筈だが、それを呼び損ねてどうすんだ。


「……よく考えてよ。ハルのほうが女の人襲いそうな顔してるじゃない」

「おい」

 なんてことほざきやがる。


「確かに」

「ラッタてめぇ」

 目付きキツいとか乱暴そうとかは言われるけど、そりゃねぇだろ…。


「………」

 会輩も無言のまま神妙そうな顔で頷く。いっそ殺せ。


「……まずテメェから犯ってやろうか恵里」

「な!なんてこと言うのよ!?………やれるもんならやってみなさ……ああっと!」


 恵里が剣を鞘ごとラッタへと放り投げる。抜こうとして失敗したように見せかけるにしちゃ動きが下手すぎる。

 これはつまり……そういうことか?


 ……俺なんか素手で充分ってことかよ。ふざけやがって。

 剣を持った俺と素手の恵里じゃあ勝負は明らかだってのによ。


 ……俺が負ける。

 実際、前にこの条件で模擬戦をした時、恵里は俺の刃を素手で全滅させやがったんだ。ゴム製の刃だったとはいえ、あの後で俺は泣いちまったんだぞ。



「あの……」


 女が話しかけてきた。いけね、ふざけてる場合じゃねえ。


「3人だけで先に行く……んですか?」


 喋り方に迷いと手探り感がある。俺たちに感謝している半面、恐れてもいるようだ。無理もねぇ。年下で命の恩人……でも化物をぶっ殺せる得体の知れねぇ化物連中を相手にしてんだからな。


「はい。貴方の彼氏さんや他の方を一刻も早く救出しなければなりません。私達は取り敢えずは偵察だけで、実際救出に移るのは後ろの仲間が合流してからの予定ですが」


 会長は淀みなく、はっきりと話す。途中、言い聞かせる様にラッタに目をやる。ラッタも頷いた。


「無理はしないで……ね?あの人のことは心配だけど……。でも、それで……貴方達に何か……うっ……でも……!」


 後半は嗚咽混ざりだが言いてぇことは分かった。本音としちゃ自分を置いてでもすぐ全員で突撃して欲しいくらいだろうぜ。


「大丈夫!こう見えて私たち強いですから!」


 恵里がラッタに返された剣を鞘のまま掲げて応える。


「こう見えても何もお前は強くしか見えねぇよ」

「え!……ま、まあ!そうよね!」


 恵里は照れながらも自慢げに胸を反らす。瑠梨ほどじゃねぇが結構ある胸が少し揺れる。別に誉めた訳でもなかったんだが、貶した訳でもねぇからまあいいか。

 ……会長の目線が痛ぇ。


 それから会長は、森の入口にいる大隊長……ラッタのじいちゃんに連絡を取り、計画の承認を貰った。指揮権は基本、中央部隊の桐葉さんか部隊長のラッタの父ちゃんにあるが、連絡が取れねぇからな。

 二十人規模の救出となると人手が足らねぇんで、待機要員を召集して備えることになった。

 更に三分ほどして桐葉さんたちの通信が回復すると、この話を伝え両翼への言付けを頼んだ。ちょっと繰り返しになるが、森の入口と桐葉隊、そして俺たち佐祐里隊は一直線に通信ケーブルで繋がってるが、両翼へは信号弾やドローンを使うしかねぇ。桐葉さんたち中央部隊がその担当だ。


「それじゃあ礼太くん。よろしくお願いします」

「はい!じゃあ行きますよ」


 話がまとまったところで、ラッタは腰を屈めて後ろ手を広げる。背負っていくつもりだ。女が恐る恐る乗ろうとしたが、先輩が止めた。


「もう!ダメですよ礼太くん、胸が当たっちゃうじゃないですか!」

「え!いや!そんなつもりじゃ……!」


 何言ってんのこの人?


「あの、私は別に……」

「いいえ、ダメです。ここは両腕で抱きかかえていって下さい」

「それ余計ダメじゃないですか!?」


 俗にお姫様抱っことか言うやつだろそれ。彼氏いるんだぞ相手。


「ホラあれですよ、おんぶだと雪に下半身が浸かっちゃいますしね」

「じゃあ……抱えてきますけど、それで良いですか?」

「ええ、大丈夫よ…大丈夫です。お願い……します」


 ラッタは遠慮がちに問いかけてから、そっと女を両腕に抱えた。俺たちが雪の中に作ってきた道を逆向きに歩いていく。しかし会長は急に何を言い出すんだ?言ってることは分からねぇじゃねぇが、どうも今取ってつけたみてぇな理由だ。


 二人が三十メートルほど離れた辺りで俺たちも歩き出した。除雪機は小屋に置いたままだ。どうせすぐ道が狭くなって使えなくなる。

 代わりに恵里が先頭に立ち、熱の出るロッドで積雪を割いていく。流石に魔力残量が不安だったのか、歩き始める前に回復薬を飲んでいた。体への負担がない代わりに効くのに三十分近く掛かるから、少し消耗し始めた辺りで飲むのがコツだ。俺たちはさっき飲んだ。


「ところで会長、さっきのは何だったんです?」


 何故背負ったらダメなのか。

 中グモ1・2匹は横に逃げたらしいと報告を受けたが、そん程度なら腕が塞がってても確かにラッタは殺れる。とはいえ、雪も積もってんのに両腕を塞いじまうには、さっきの理由は弱い。それに禊の効果はラッタが受けた分だけでも、もう一人くらいはカバーできるが、それでも雑魚が寄ってくる可能性もある。


「……いえ、大したことじゃないんですよ。念の為です」


 会長は何かを隠しているようだった。それが何かは分からねぇが、さっき、桐葉さんたちとの通信の後で、ラッタだけに何か近距離通信で伝えていたのを見た。未だに俺と恵里にも伝えてねぇってことは、平隊員は知っちゃいけねぇことなのか?

 気にはなるが俺らに言わねぇ以上、知らなくていいことだと考えておこう。


「そうっすか……」

「大丈夫でしょ。ラッタ、口や目からでもビーム出せるし」

「そうなんですか!?」

「いや口はともかく、目はダメだろ…アイツ昔それで失明しかけたの忘れたのか」

「そうなんですか!?」

「あ~そうだっけ?ま、どっちみち大丈夫でしょ?」

「まあな」


 確かに、俺たち自身の心配をしたほうが良いか。山小屋までは女を抱えたままでも十分弱で着く筈だ。


 クモと戦闘をした林を抜け、雪原を三十メートル歩き、北の林に入る。この林の途中からはエリアN、森の入口と最奥の中間に近い位置で、瘴気レベルは3だ。

 森が本格的に魔に近づき始める辺りでもある。常人は立ってるだけで発狂や死の恐れがあり、魔術師でも一定未満の耐魔力じゃ同じ目に遭う。棲息する雑魚の危険度も増す。

 禁忌の森、その本当の入口だ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る