2-2「交戦②」

「恵里ちゃんは繭を背負ったクモをお願いします!礼太くんは大型の足止めを!手負いは私が。片桐くんはすみませんが礼太くんを優先で全体のサポートお願いします!」

「はい!」「了解!」「了解!」


 会長は指示を伝えなからレコードを空中へイジェクトする。その足元には戦闘をサポートする犬猫サイズのドロイドが展開中だ。サルや大型の鳥メカがレコードを回収し、ヒトデに似た奴がそれを受け取って新しいのを放り投げる。小型の鳥メカが空中のレコードにぶつかり軌道を微修正する。


 俺もダメになった九枚の刃の代わりを追加で剣から切り離して飛ばす。合計十八枚を三匹に振り分けて放つ。会長もレコードを装填し、電子音が響く。恵里の剣もそうだが、音が鳴るのは俺たち周りの仲間に使用する能力を知らせるためだ。妖怪に聞かれても困らねぇからな。


<fire /ペネトレイト!>


 今度は炎属性に貫通効果を持たせた徹甲弾。弾が敵の体内に留まり燃え続ける割とエゲツねぇ奴だ。

 会長が狙う手負いグモは左脚が前から三本切られている。残りは五本。一本だけでも意外に動けっから全部落としてから殺んのが理想だ。

 俺は援護として六枚の刃を二組に分けて送り、三枚で脚一本を取り囲んで同時攻撃する。これで右前脚の二本を同時に落とす。前脚が全滅したことでバランスを崩したクモは前へ倒れ込む。そこへ先輩が容赦なく射撃を叩き込む。


「ビイイィィッ!……オラァッ!」


 手強そうなデカいのと戦うラッタには九枚を回してやる。三枚は足場用だ。順番にローテを組めば三枚だけで延々跳ばせっからな。残り六枚で弱い部分を次々切り裂く。致命打には遠いが人間だって蚊柱に纏わり付かれて平気な奴はいねぇ。注意力を削ぎ、木の密集した方へ誘導して動きを封じていく。

 ラッタはビームを抑え気味に、打撃メインでヒット&アウェーを繰り返す。

正直、やろうと思えばラッタ一人で瞬殺出来なくもねぇが、そうするとラッタはバテちまう。この後奥に向かう余力を残す為にも、このデカブツは他の二匹を仕留めてから全員で確実に殺るんだ。


「せりゃあっ!」


 恵里には最低限の三枚だけ回した。さっきのジャンプで二枚蹴り壊されてっからあんま無駄に回したくねぇ。正直恵里なら一人でも負けねぇだろうし、援護も要らねえかも知れねえが、万一のこともある。例えばうっかり深い雪の上に落ちたらヤバいからな。不安材料はあの繭の中身だ。マダラバケグモはあんなものを持ち運ばねぇと思うんだが、可能性があるとしたら小グモの大群辺りか?取り敢えず恵里には迂闊に攻撃しねぇように釘は指しておいた。


 俺自身は、戦場の中心に陣取って様子を窺っている。東側の先輩のところへは刃を使って一跳びの距離。北のラッタにも二跳び、南の恵里には三跳びで行ける。ここの瘴気濃度だと刃の操作範囲は半径二十m程度だが、今は全員との距離をその半分強以内に収めている。


 今、俺自身が跳んで誰か一人を援護に行くのは難しい。先輩と恵里どっちかの方に跳べば、もう片方に送った刃が操作不能になりそうだ。ラッタの位置からなら他の二人を援護出来そうだが、それもギリギリだ。一番助けが要らなそうな恵里から離れてんのはそういう訳で、今は全員を同時に援護できる距離をキープするのが優先だ。


 正直歯がゆいが、それももう終わりそうだ。俺が手負いグモの脚を全滅させる間に、先輩が糸と毒の発射口を焼き払い終わり、今はクモを包囲する配置にした六枚の刃を飛び渡りながら剣モードで全周囲から斬り付けてる。


「ここはもう大丈夫です!」

「じゃあお願いします!」


 止めを任せて足場の刃を剣に戻し、恵里に視線を移す。


 恵里もこっち同様に脚と発射口を全滅させ、繭ごと敵を縦に真っ二つにしようとし……止めた。


(止めた?)

「うわっ」


 急に構えを解いたことで恵里が雪に落ちかける。俺は慌てて、待機させてた刃を落下地点に飛ばし、自分でも近くの樹上へ跳ぶ。恵里は雪上スレスレで刃を壊して跳び、後ろ宙返りで俺が跳び乗ったばかりの枝に着地した。

 俺の重みでしなってた枝に更に強い揺れが加わり、危うく俺が転げ落ち掛かる。


「うおっ…!なんだよ恵里!」

「まだこの跳ぶ効果?慣れなくって。ゴメン!………それより、ハル……あの繭……そもそも何?」


 恵里が剣で繭を指差す。繭を背負うクモは多少藻掻いているが、足を失い雪に埋もれてどうにもならねえ様子で俺たちを睨んでいる。瞼だの表情筋だのがない顔でも俺には分かる。


「何って……小グモじゃねぇのか?バケグモ系が持ち運びそうな繭みてぇなのっつったら、そんぐらいしか心当たりねぇけどな?」


 恵里は神妙な顔で、顎に手を当てながら続けた。


「でも………ちょっと動いてたんだけど…」

「そりゃ動くだろ」

「さっき脚を切る前に月明かりでちょっと見えたんだけど、なんていうか……クモにしては妙に二足歩行動物っぽい形っていうか……」

「二足……?」

「……人間っぽいっていうか……」

「それを早く言えよ!」


 言われてみりゃ確かに大人一人分くらいのサイズだ。マジだとしたらやべぇぞ。

 並列思考を総動員して策を考える。よし決めた。


「恵里、鞘使え」

「え?うん」


 俺は拾ってやっていた鞘のロックを外して二つ目のダイヤルだけ回し、再ロックする。


<ファイヤー!シャープ!スキッピング!>


やかましい電子音が鳴り響く中、恵里は鞘に剣を収める。


「これで斬撃が遠当て出来る。お前、先にラッタの援護に回れ」


 デカブツの弱点は直接戦ってるラッタのほうが分かる筈だ。既に手負いを倒して援護射撃中の先輩と共に恵里も離れて援護したほうが良い。


「うん。ハルは?」

「繭をバラす」

「あっ」


 返事を待たずに俺は繭持ち目掛けて飛び降りた。

 クモの体に刃を深く突き刺して足場にし、その上に乗る。剣の一番先端には傷みかけの刃を付けて繭を浅く割いてみる。どっちが中のやつの頭だかもよく分かりゃしねぇから迂闊に切り込めねぇ。俺は頭上にドローン「ヤタガラス」を放り投げた。懐中電灯に三脚と翼を付けたような形の奴で、照明を行うためのメカだ。ここまでの戦いでは目が暗いのに慣れていたんで使わずにいた。コイツに繭を集中して照らさせる。


「おい!生きてるか!無事か!なんか叫べ!」


 クモに蹴りを入れてその体ごと繭を揺らす。明かりのお陰で辛うじて胸らしき輪郭は見えたが、他がまだはっきりしねぇ。慎重に切り裂いていく。


 俺が繭と格闘してる間に、ラッタ達はデカいのと戦っている。

 俺も並列思考と十六枚の刃で援護してるが、俺の刃四本同時でも一撃じゃ斬れねぇほど脚が頑丈でやがる。なんとか二本落として、十二の単眼の二つも潰したが、刃の援護じゃこれが精一杯だ。俺本人が行けば別の手も使えんだがな……いや負け惜しみじゃねぇぞ?


「せりゃああっ!」


 恵里が剣を振り抜くと、S字の回転ノコギリ状のエネルギー波が飛ぶ。なんせ初めて使う技だ。ラッタや先輩への誤爆を恐れてか二人のいる頭近くを避け、尻の糸発射口狙いの様だ。見事に命中し綺麗な断面が燃え上がる。あれ?……始めてだよな?


「跳んで!」

「おう!」


 恵里がラッタに叫ぶ。

 ラッタがクモの上へ飛ぶ。糸はもう背中には来ねぇ。向かってくるラッタには代わりに口から毒液が吹きつけられるが……。


<cyclone/シールド!>


 風の盾に阻まれ、毒液がクモの顔にぶっかかる。苦しみ暴れる口に三連続でS字波が正確に命中する。二度目だよな?恵里。なんだその成長速度。

 炎の斬撃と溶解の自爆とでニ種類の煙が上がり、クモが悶えて大暴れする。ラッタは背に俺の刃を突き立てて足場に使いながら、光の魔力を込めた拳でドンドコ殴りまくる。その隙に俺と先輩の総攻撃で、左脚が遂に全滅し……。


「せりゃああっ!」


 恵里の一撃で右側3本が吹っ飛び、こっちも全滅。自信無くすぞチクショウ!振り返って肉眼でも確認してみれば、会長も恵里の無体な強さに苦笑しているようだ。可哀想に。

 支えを失い、オオグモの巨体が地面に落下する。ラッタが高く跳び離れると雪上に衝撃が響く。周囲の木から雪がドサリと落ちる。


「はぁぁぁっ……!」


 空中のラッタが両腕を糸巻き遊びみたいにグルグル回す。必殺の構えだ。


<Lightening/ウェーブ!>


 先輩もレコードを交換して右手でしっかりと抑え、恵里も剣を収めて力を貯める。俺は繭を救出中。


「ビイイイイイイイ!!!」

「ライトニングウェーブ!」


 二人の掛け声が重なり、デカブツが光線と雷光に飲まれる。瞬く間に見事に消し炭になった。あれ、恵里は?出遅れたのかアイツが?俺は恵里の方に首を向ける。


「ハル!行くわよ」

「……は?」


 なんかこっち見てる。


「せりゃああああっ!」


 特大のS字波が繭に乗る俺の足元へすっ飛んできた。


「うわあああ!!?このアホ!!」


 待て待て。この死に損ないをぶった切って、救助しやすくしようってのは分かるが、そんな強いの飛ばされたら繭もやべぇ……!


 ……と思ったが、波は飛んで来る間に程よいサイズに縮んだ。クモを殺しつつら、繭のくっついた表皮がずるり、と後ろへと滑り落ちていく。削った皮の厚さは多分数センチほどか。

 短期間でコツ掴みすぎだろお前よ……。


-----------


<Joker/ウェーブ!>


 魔術無効化属性と波動のレコードで、会長が糸を広範囲に薄く打ち消す。密度の薄くなった繭を俺と恵里で一気に切り裂く。


「大丈夫。生きてます」


 会長が生死を確認し、安堵の溜息をつく。すぐに回復属性のレコードに再交換して撃ち込む。ラッタは周囲を警戒してる。


 既に桐葉さん経由で、後方両翼の部隊には敵集団のことは知らせてある。中央の桐葉さんの部隊は既に反応をキャッチしたらしい。間もなく交戦だ。繭に入ってたのは二十歳くらいの女だった。恵里が所持品をチェックしてる。着ているスキーウェアはあちこち傷んでるが、体に目立った傷はねぇらしい。


 俺はといえば、圏外になったりダメになった刃を拾い集めていたところだが、そろそろ終わりそうだ。要救助者の女の身体のチェックは終わっているようだし、近付いてみると恵里が不安そうな声で話しかけてきた。


「ハル……大丈夫?」

「まあな。誰かさんに三枚も蹴り壊された以外は必要経費だろ…」

「え私?いや……だって。ハルが急にあの鞘使うから」

「お前が普段から使って慣らしときゃよかったんだろうがよ」

「だって普通モードが一番使いやすいんだもん」

「にしても、せめて模擬戦でくらいは使えよ。データ取れねぇだろうが……博士に頼まれてただろ?」

「博士は『使いやすいように使って』って言ってたもん」

「社交辞令だろ」


 あの博士、押しが弱そうだもんな。無理にデータ取れとか言いそうにもねぇ。


「お前、やりゃ出来るんだから普段からやれよな全く……」

「やめてよ。私がダメな子みたいに聞こえるじゃない」

「だからそう言ってんだよ」

「え……あ、お財布見つけた」


 恵里が言うには財布が服にねぇと思っていたら、繭の底にくっついてたらしい。これ幸いと話題を打ち切り、カード類を探している。


「う……」

「気付きましたか?もう大丈夫ですよ」


 女が目を覚ましたらしい。恵里が手を止めて財布を持って女のもとへ向かう。会長がゆっくりと話し掛け、適温にした茶を飲ませていく。女は意識がはっきりするにつれ、徐々に呼吸が荒くなる。


「助け……助けて……!」

「大丈夫。もう大丈夫ですよ」


 会長がそっと女を抱きしめ、母親が赤ん坊をあやすような手付きで背中を撫でる。

 それで安心したのか女の呼吸は落ち着いてきたが、うわ言のように同じ言葉を繰り返すばかりだ。


「助けて!助けて!!」

「大丈夫。本当に大丈夫です。もうすぐ町へお連れしますから」

「違うの!………あの人を助けて!」

「!?」



『あの人』。

薄々気付いちゃいたが、それはつまり他にも捕まってる奴がいるってことだ。

そいつ一人で済んでればまだいいが……!


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