2話「バケグモたちの牧場」

2-1「交戦」

(前回までのあらすじ:田舎町・風科かざしなの森には人を襲う妖怪たちが棲息している。高校生・片桐春夏かたぎりはるかは討伐組織・僚勇会りょうゆうかいの一員として彼らと戦っている。一月のある日、森の奥の不審な反応の調査に出た片桐たちだったが、バケグモの群れに取り囲まれてしまう)


フォビドゥンフォレスト2話「バケグモたちの牧場」


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 バケグモの群れが包囲を狭めてくる。

 俺は連中を睨みながら背中から二本の剣を取り出す。専用武器のセレクターズジックルだ。刃渡りは五十cm、二十枚のS字の刃がカッターナイフみてぇに連なってる剣だ。握りの上にはその二十枚を支える、一回り大きいL字状の刃が前方へ延びている。俺が魔力を込めると、左右の剣の刃が先端側から十枚ずつ剣から離れて空へ飛んでいく。


「跳べ!」


 俺の合図で全員が雪穴を跳び出す。

 すかさず俺たち目掛けてクモが攻撃を仕掛けてくる。口から吐く麻痺毒液と尻からの糸が飛んでくる。俺は十二枚の刃を扇風機の様に重ねて回し、攻撃を弾き飛ばす。同時に残りの八枚を踏み台にして、さっき倒れた木の上に着地すると、会長、俺、ラッタ、恵里の順で木の先端、東側へ走って逃げる。


 その間に安全圏に置いた通信機のランプが灯った。雪穴を出る前に手元から放っといたコクワガタのノゾムがスイッチを入れて再起動したんだ。ノゾムはこれといった特技はないが知能が高い。簡単な道具なら使える。俺が無線で状況を南にいる桐葉さんたちに伝える間に、俺の背後で会長の武器から電子音が鳴る。


<cyclone!/ゼニス!>


 英語発音に続けてカタカナ発音の二重の電子音が響き、銃口から光弾が放たれる。

 弾は俺たちを追ってくる群れの中央の頭上三m辺りで一瞬止まる。そこから敵集団を包み込むように拡散して雨の様に降り注ぎ、小グモが数匹粉々に吹っ飛ぶ。中グモや親グモには足止め程度だが、今はそれで良い。


 先輩と俺で敵を食い止めながら、包囲を抜けて東側に陣取った。クモたちは北を上に見て「C」の字に近い陣形で再包囲に掛かっている。

 一番近くにいるのは小グモ五匹と中グモ十二匹だ。その後ろに親グモが三匹いるが、最初にぶつかりそうなのは前進の勢いのままに向かってくる北側の親グモだ。次に西側の親グモ、最後に先頭を切っていて、こっちへ切り返し中の南側の親グモ、の順で相手することになるだろうな。狙った訳じゃねぇが最善かも知れねぇ。ただし小さいのに手こずれば三方から親グモに攻め込まれる。


 連中のサイズと能力を整理しとく。

 マダラバケグモはジョロウグモに少し似た細身のバケクモで牙には獲物を食うための溶解毒があり、口の奥から麻痺毒も吐く。尻からは巣作りと獲物の捕獲両方に使える糸を出す。バケグモ類としちゃ標準的な部類だ。全サイズとも体が柔らかく、角度によっちゃ弾も刃も弾いちまう。

 小グモは体高三十cmくらいで体長や体幅は一メートル近い。糸は粘着力が弱ぇ上にまだ真後ろにしか出せねぇ。俺の刃や打撃でも簡単に殺れるが、一番身軽で素早しっこい。なにより牙には既に毒があるから油断は出来ねぇ。

 中グモは同じく体高五十cmくらいで、四・五齢以降の幼虫だ。麻痺毒を吐けるようになり、体の色も濃くなってくる。牙の毒も強くなった上に、尻が背の方に曲がるようにもなって前方にも糸を飛ばせる。脚の攻撃も常人なら一振りで骨が折れるレベルだ。俺の刃だと弱点を狙わねぇと瞬殺は無理だ。

 親グモは、中グモの段階から更に四回ほど脱皮して体高一メートルを越えた奴で更に強い。二種類の毒の濃度も上がり、牙や脚の威力も増している。トラック程度なら簡単にぶっ壊せる。実際試させたわけじゃねぇが、時間をかけりゃあ戦車も壊せる筈だ。体がデカくなった分死角も増えたかと思いきや、尻が腹側にも曲がるようになっちまって真下から攻めるのも難しい。走力も時速三、四十kmは軽い。今は子グモを潰さねえように多少手加減してるようだ。


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 一方の俺たちの戦力も説明しとこう。


 俺の刃は、今みてぇに分離して宙を自由に動かせる。最大四十の刃で四方八方から敵を圧倒できる上に、足場にもなり内蔵センサーで戦場の把握も出来る。

 勿論、闇雲に何十枚も飛ばしても普通なら操作しきれねぇが、俺にはもう一つの武器がある。

 並列思考能力ブランチ・ブレインだ。名前は会長がつけてくれた。最大五十個ほどの思考を並列出来る。同時にいくつもの物事を考えられる訳だ。俺の剣はこれを活かす前提で作ってもらった。刃の一枚一枚を精密に操作出来るから、敵は最大四十人を同時に相手にするようなもんだから最強だ……と言いてぇが、いくつか弱点もある。


 まず剣の切れ味がいまいちだ。分離機能の代償だな。剣として俺の腕力で振るうときはまだ実用レベルだが、分離するとスピードが時速三、四十km程度に落ちちまう。相手によっちゃC級妖怪すら確殺出来ねぇ始末だ。

 並列思考も常に全開にすると脳への負担がデケェし、あくまで並列だから知力自体が上がるわけじゃねぇ。

 分離状態の有効範囲も、今いる辺りだと半径二十メートル程度が限界だ。それ以上は瘴気が邪魔で電波も魔力も届かなくなる。森の外なら五十メートルは余裕なんだが、逆に最深部近くだと恐らく飛ばせても呼び戻せねだろう。

 それに刃への魔力のチャージは合体中しか出来ねぇ。フル充填で一・二分しか動かせねえんだ。

 だから集団戦では攻撃より支援が主な使い方になる。



 そして会長の武器はレコードアームズという。元々は能力の低い魔術師のために作られたもんで、魔力と術が入った8cmレコードを銃や剣に入れて使う。何十年も前に作られた武器シリーズだが、今も量産されてる。妙なところで本物のレコードそっくりだ。

 術の記録容量はCDやUSBメモリ型の奴のほうが多いそうだが、メディアの耐久性と中に入る魔力の容量はこっちが上らしい。


 会長のはレコードを二枚併用できる特注品だ。

 今のは必中効果のある風と、攻撃を雨みてぇに降らす奴を組み合わせた力だ。

 左側に入れる属性レコードが十二種・右の追加効果レコードも十二種、左右共用が二種で、武器自体も剣と銃の二モードある。

 理論上、組み合わせは三百三十八通りだ。まあ使えねぇ組み合わせもあんだろうけどな。

 火力の出るコンボもあるが、戦闘では俺と同じサポートのほうがメインだ。特に今日のように強いアタッカーが二人もいるときはな。

 ラッタと恵里の実力は見たほうが早い。


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「せりゃああっ!」


 中グモが恵里の一閃で真っ二つになる。剣を振り切った恵里に小グモが二匹突っ込む。恵里はこれを無視して、正面に向かってくる次の中グモに注意を向ける。


「ビィィィ!」


 掛け声と共に、ラッタが突き出した腕から光線を放つ。恵里狙いの二匹は光に飲まれ跡形もなく消滅した。

 光と熱を操るラッタの能力はブレイブ・ビーム。会長が名付けた。

 掛け声はだせぇが威力は折り紙付きだ。だせぇけど本人には言うんじゃねぇぞ。

 今度は二人を主力にして戦い、俺と会長が支援に回る。北と南の敵を牽制して俺たちへの包囲を遅らせる。隙があれば数も減らす。俺は並行して四人分の足場を供給する。戦いながら雪を踏み固めたり吹っ飛ばしてはいるが、とにかく雪上の戦闘はやりにくい。うっかり足を取られたら命に関わる。

 刃を踏んで大丈夫なのかと言われそうだが、踏んで良い側面や峰は緑色、敵を斬る面は赤く光るようになってるから問題はねぇ。

 ……こんな仕掛けがあるから武器としての威力が低くなるんだろうけどな。「刃にもなる足場」と思ったほうが正解なんかな……。

 

 ともかく連中には今のところ、東へ大回りして包囲を狙う知恵は見られねぇ………それは良いが味方にも知恵が見らんねぇのがいる。


「おぃ恵里!」

「何!?」


 中型二匹目、最初のを入れりゃ三匹目をぶった切ったばかりの恵里は振り向き様、鞘の振りと蹴りとで更に二匹の小型を倒しながら聞き返してきた。


「お前、毒腺と糸袋斬んなよ?体の真ん中だぞ!?」

「え、でも神経節も真ん中でしょ?今んところ平気よ?」


 そう言うと一回転して小グモをもう一匹ぶった切り、すぐこっちを向いた。


「切れなくなったらどうすんだアホ!」


 恵里はクモを正中線沿いに綺麗に真っ二つにしてやがる。確かに虫系の妖怪は真ん中の脳と神経節をまとめて壊さねぇと即死しねぇ。

 だから一見正しい対処に思えるが、毒腺と糸袋まで一緒に切っちまうのは不味い。剣がダメになるかも知れねえ。頭と尻は角度を逸らすべきなんだ。


「もー。大丈夫だって。糸と毒がくっつく前に斬り抜けちゃえば……」


 恵里はまた後ろを向くと、中グモの前脚四本を一太刀で斬り、頭を落とし、胸から尻近くまで斬リ抜けると剣を戻し、まだ空中にあった頭を突き刺して雪上に落とし完全に止めを刺す。


「平気でしょ?」

「お前な……」


 実際その力技で何とかしているのが嫌だ。

 

「それにこの剣、なんか風が纏わり付いて、邪魔なの吹き飛ばしてくれるのよね」

「え、お前何つった今?」

「糸と毒が……」


 駄目だコイツ。完全に忘れてやがる。『なんか風が纏わり付いて』じゃねぇよ。それは鞘の効果だ。それに今の状況ならもっと良い鞘効果があるってのに。


「ああもう!……恵里!鞘こっち貸せ!」

「え?良いけど……はい」


 恵里は、新たなチビを踏み殺し爪先で後ろに放りながら、鞘を宙高くこっちに投げてきた。チビの死体を脚にぶつけられた中グモが転倒する。恵里が跳ぶ。宙を舞う鞘の下では、片膝立ちのラッタが恵里のいた場所へ光弾を放つ。転んだままの中グモが光弾で吹っ飛ぶと同時、恵里は組まれたラッタの両腕の上に着地し、俺は鞘をキャッチする。

 流れるような動作に感心するやら、これでもっと頭も良ければと嘆くやらだが、ともかく俺の仕事をしよう。

 ……いや俺のじゃねぇよ恵里の仕事だ。


 俺は牽制と足場の援護を滞りなく続けながら、鞘のスライド部をずらしてロックを外し、三つのダイヤルを指で回す。ダイヤルの円周には小さい七つの宝珠オーブが光る。宝珠は上向きの位置に来ると光を増す。俺がダイヤルを合わせた宝珠は上から赤、黄、緑。それぞれ炎、光、電気の属性のオーブだ。

 上から順に、剣に付与される属性エネルビー、同じく追加効果、そして使い手への付与効果になる。これはややこしいから無理に今覚えねえで良い。スライドを上へ戻すと宝珠が一際強く光り、電子音が響く。


<ファイヤー!ブロード!スキッピング!>


「おぃ恵里ぃ!」


ラッタの補助で高く跳んだ恵里に鞘を投げ渡す。


「嵌めろ!」

「うん!……え。あ、ああ~!」


 ……今思い出しやがったなコイツ!……恵里の分際で上出来だと褒めてやろう。

 鞘を貫かんばかりの速度で剣が真っ直ぐ突き出され、ぴったりと収まる。鞘の魔力が送り込まれた剣と恵里が薄っすらと光る。鞘を俺に投げ返す勢いで振り捨てると、刀身から炎が延びる。


「うわぁ」


 恵里が変な声を出す。


「こんなのもあったわね……忘れてた。おっと」


 地上のクモが吹きつけた糸を炎の剣で焼き払い、俺の刃を踏んで跳ぶ。お前今、忘れてたって小声で言ってたが聞こえてたぞ。


 不安定な足場ながらも、恵里の跳躍はラッタの補助付きの時に迫る勢いだった。お陰で刃がぶっ壊れた。あの野郎。


 今発現した炎は一つ目の赤宝珠、長い追加刀身は二つ目の黄、跳躍力は三つ目の緑の効果だ。恵里の武器はミクスカリバー。剣と使い手に能力を付与する。会長じゃなく作った博士が名付けた。


 三つのダイヤル×七つのオーブで組み合わせは七の三乗、三百四十三通りもある。同じ色で揃えんのが一番相性が良いらしい。

 さっきまでは全部が黒い風系統で、風の力で剣をコーティングし命中補正を与えていた。一番地味ながらも使いやすかったのか、恵里はコレばっか使ってたらしい。

 それは良いとして他の組み合わせをすっかり忘れちまってたみてぇだな。システムの存在自体を。


 恵里は俺の刃と樹上を連続で飛び渡って撹乱し、最後の中グモを行き掛けに瞬殺、大グモの一匹の脚を半壊させる。同時に俺たち三人も最後の小グモを全滅させた。大グモどもは俺たちの足止めに加えて仲間を踏み潰さねぇ様ににしてたから今追いついたところだ。殺気が強まってんのは気のせいじゃねぇだろう。


 残った親クモは今脚を斬られた手負いと、繭みてぇな塊を背負ったの、そして他より二割増しででデケえ大型だ。

 第一陣が引き返してくる様子も後続がいそうな様子もねぇ。コイツらを倒せば一段落だ。


「さあ、一気に勝負をつけましょう。油断しないで!」


 会長の掛け声と共に決戦が始まった。

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