1-17「潜」(完)

 クモには大きく分けて二通りいる。巣を作る造網性の奴と作らずに獲物を探し回る徘徊性の奴だ。


 それはバケグモでも同じなんだが、マダラバケグモはその二通りを使い分ける。巣の周りに獲物がいなくなれば、暫くは巣の張り場所を探しつつ徘徊して直接獲物を捉える。普通の造網性バケグモならよっぽど飢えてねぇ限りは巣を構えて堅実に獲物を狙うところだ。


「バケグモとは失敗しましたね…すみません」


 俺とスマホの妖怪図鑑アプリの解説を聞きながら、会長が謝る。失敗というのはこっちの開けた林に移動しちまったことだ。

 バケグモは体の幅がある。木の間隔が狭い南の林にいれば、連中と接触せずに済む可能性が高かった筈だ。俺たちが気配を殺してさえいれば、連中も無理に林に突っ込まずに、林の横か木の上を行っただろう。だが、バケグモと分かったのはこっちの北の林に来てからなんだから仕方ねぇ。


「しょうがないですよ。冬にクモの大群が出るなんて思いませんもん」


 恵里が俺の考えを代弁してくれた。恵里の分際で……。熱でもあんのかと思ったが、そんなこと言ってる場合じゃねぇんで黙っておいた。


「そうだよなー。冬に大群で出るのはもっと小さいやつだもんな」


 ラッタも同意する。そう、会長が開けた場所に動いたのは妥当な判断だ。冬の妖怪であんな横幅のある奴は少ねぇ。狼型のユキオオカミや、雪の中を移動するユキモグラみてぇな小型で小回りの聞く連中ばかりだ。奴らとは雪の深いところでは戦わないようにするのが懸命だ。勿論、連中にとっても雪は障害ではあるんだが、俺たち人間のほうが不利だ。


「それにもう一つ、おかしいところがあるぜ」


 3人が俺を見る。


「連中が徘徊性になる時はエサが無くなるからなんだが、それにも二通りある。文字通り周りの獲物が全滅した時と、仲間が増えすぎた時だ。今はどう見ても増えすぎた方だろ」

「そうだよな」

「それなのにまだ群れで行動してやがる」

「え、まとまって移動したほうが有利だから、じゃないの?」


 コイツ本当に恵里か?賢すぎるぞ?


「そうだ。でもな、仲間が増えたって理由で巣分かれした時は、普通はすぐバラバラになるんだ。移動先でエサを取り合わねぇようにな」

「つまり腹が……いっぱいだからまだバラけなくって良いって?」

「多分な」


 嫌そうな表情のラッタにそう応えた。最悪、二桁単位の人間が食われた可能性があるからな、無理もねぇ。野生動物を食った可能性もあるが、どっちにしろ冬場に探すのは難しい筈だ。

 妙な話だが、現にバゲグモ共は大発生してやがる。何処から何のエサをどんだけ調達しやがった?


「考えるのは後にしましょう。もう来ます」


 会長の声で思考を中断した。気付けば50mほど先にクモの先頭が見えてきた。俺たちは隠れてやり過ごすべく準備を進める。雪をかき分けて来た道を引き返しても途中で追いつかれる危険があるし、ましてや東や西に急ぐには雪が邪魔だ。そもそも、ある程度近付いて情報収集をしなきゃならねぇしな。ドローンだけじゃ限界がある。

 樹上に隠れる案もあったがそれは俺が止めた。敵が純粋な徘徊性バケグモだったら、連中の多くは眼が正面に集中しているから上に隠れるのもありだが、マダラは上の方にも目がある。木の上じゃ逆に見つかる可能性が高ぇんだ。



 俺たちは今、南側に開いたカマクラ型の穴の中にいる。南以外の三方向には、1・2メートル離れた位置に樹高10メートルくらいの太い樹がある。連中も好き好んで樹にぶつかってきや来ねぇだろうから、樹を避けてくれりゃあ自然にやり過ごせる。このままなら西側数メートルのところを通りそうだ。

 俺たちは寒いのを我慢して雪を体にくっつけていく。連中は音と熱に敏感だ。祓いの効果があるとはいえ、多少でも熱を減らしたほうがより確実だ。


 更に先輩がホルスターから武器を取り出す。先輩の肘から指先までの長さの銃はレコードアームズという種類の武器で、専用のレコードに込めた術と魔力を読み込んで撃つことができる。先輩のは特注品で同時に二枚のレコードが使える仕様だ。グリップの上の両側面には円形のクリアパーツがあり、この内側に術を仕込んだ8cmレコードが入っている。銃口近くの留め具からトリガーガードに向けては逆向きに刃が仕込まれていて、これを反転させることで銃と剣の2モードを使い分ける。

 会長は左右のレコードの力を合わせて頭上に氷の盾を張る。これも熱を隠す為だ。



『隠れるのが最優先、余裕がありゃあ可能な範囲で情報収集だ。無理はすんなよ』

「はい」

『じゃあ、通信を切る』


 桐葉さんと最後の打ち合わせをし、通信機の電源を落とす。会話自体は外に聞こえねぇが、通信機自体が発する音を消す為だ。


 連中の歩行音が近付く。雪をスキーのストックでぷすぷすと突き刺すような音がする。

 北側に開けた覗き穴から俺が様子を伺う。最前列は大型が1匹、その後に中型が数匹。すぐに見えなくなり、俺たちの横へ向かう。そっちの様子はラッタと恵里が窺っている。穴から次の集団が見える。また大型1匹に中型数匹。この組み合わせはどうやら親世代が子世代を守ってる感じか?

 また俺たちの横へ向かい、穴からは大型3匹目。先輩が盾を静かに張り直す。


(ねえ。あれこっち側に寄って来てない?)

(え?)


 そう言われた上で穴の向こうを見直すと、確かに徐々に俺たちのいる東側に列が寄ってきてる気がする。まだ俺たちに気付いた訳じゃなく単に偶然だろうが、このままだとまずいかも知れねぇ。


(ラッタはどう思う?……ラッタ?)


 怪訝そうな恵里の声に俺も振り向いてみると、ラッタの奴は去っていく2匹目の大型を目で追ってやがった。


(どうした?ラッタ)

(礼太くん?)

(ん、あ、ああ。何でも無い。多分……気のせいだ)


 俺と会長にも呼びかけられて、ようやくラッタはこっちを向いた。

 何でも無ぇ様には見えなかったんだがな……今にも飛び出してきそうなのを我慢してるように見えたもんで焦ったぞ……。

 大型4匹目が横を通り、会長が三度盾を張る。そろそろ第二陣も近い。


(うぉっ!?)


 デカい音が響く。振り向くと中型の足が横の木を掠めた。木にぴしり、と亀裂が入る音もする。明かりを消しているから木の粉はよく見えねぇが、木の匂いが漂っている。割りと大きな衝突だった。真っすぐ歩きやがれバケグモめ。

 

(ハル、会長!もう一撃食らったら、そっちに倒れる感じだぞ!)


 俺たちより今の木に近いラッタが教えてきた。窮屈になるが俺は覗き穴を離れ、ラッタの方へ下がった。会長が後ろから、恵里が東側から寄ってくる……背中と肩になんか色々当たってやべぇ。


(あ、貧相ですみません……)

(そういうの止めて下さい……色んな意味で)

(どうしたの?ハル)

(次にこういう機会があるまでには、恵里ちゃんのせめて半分くらいを目指しますので……)

(どう返事すりゃいいんですか、それ……)


 背に当たるなだらかな膨らみと、左肩に当たる割りと立派なのから意識を逸らして、頭上にいるエイジ達に様子を聞いてみる。さっきから第二陣の気配を探る様には言っていたが、間近をデカいのが通る緊張のせいか集中出来ていなかったみてぇだ。……頼むぞ。俺がせっつくと、最後の大型である5匹目が近づいて来た今になってようやく働き出した。


(もうちょいかかるな……恵里は?)

(うん、大丈夫。ほら)


 恵里は光をクモに隠すようにしながら、楽進盤を見せてきた。第二陣には、大型3匹に中型6匹、小型が20匹ほどいる様だ。


(厄介ですね)


 先輩が4発目の盾を撃ちながら言う。確かに小型が多いのがヤベぇな。列の統制が第一陣より崩れやすい筈だ。こっちまで来るかも知れねぇ。


(倒します?)

(お前はまた……)

(二陣だけなら勝ち目はありますけどね。「第三陣」がいないのかを確認しないうちに手を出すのは避けたいですね)


 戦闘狂のアホを会長がまた制してくれた。


(うーん、そうですか)

(すんません。面倒を掛けます)

(?)


 俺たちの会話についていけてねぇ恵里に呆れていると、エイジたちが反応し始めた。


(なるほどな。大丈夫そうだ……多分、第三陣はいねぇ)


 エイジたちの反応からそう判断する。コイツらには恵里の楽進盤より広範囲を探らせているが、見つけた敵の数は楽進盤のそれとぴったり一致してる。バケグモに仲間がいるにしてももっと後ろだ。


(よし、じゃあ倒しましょう)


 恵里が剣を握る。


(アホ!挟み撃ちだろうが!)

(あ、ゴメン。そうだった、そう………伏せて!)


 恵里は小声で叫ぶと同時に頭を下げる。一瞬遅れ、俺たちも下げる。音と影で分かったが、さっきの西側の木が南側へと倒れていくようだ。5匹目の大型がへし折りやがったんだ。俺たちのいる東側へ倒れるのを警戒していたのと、索敵に集中していたのとで反応が遅れちまった。

 俺たちは無事だ。頭上に樹上に積もっていた雪と少しの枝が降ってきただけだ。伏せた甲斐がないのは幸いだったが、まずいことになった。


 俺たちは一応、臨戦態勢を取るが、問題の大型は平然と通り過ぎていき、中型もそれに続いていく。やっぱりまだ俺たちに気付いたわけじゃなそうだ。

 ただし、木が無くなったことでルートは更に東寄りになって来た。やがて俺たちのいるカマクラを跳び越していく奴が出ると、後続もそれに続いた。連中の側から見れば少し小高い雪の塊だ。ジャンプ台程度に考えているのかも知れねぇ。俺たちの眼前数メートルに着地していくクモ共は俺たちの方を振り向きもせずに、一心不乱に走っていく。

 一匹跳ぶ度にカマクラが少しづつ崩れていく。後ろでは北2メートルにある木を掠める音がする。大型に跳んでこられたら流石にまずいが、大型は飛ばずに横を通っているようだ。熊ほどもある巨体じゃ跳ぶのはキツいだろうからな。


 俺たちは全員姿勢を下げ、半分以上雪に埋まっている。先輩ももう氷の盾を出さない。最後の1匹が跳ぶと、とうとう北の木もぶっ倒れた。衝撃の予感に備え頭を守り息を呑む。

 木がカマクラの頭を砕く。俺たちの頭上に雪が被さるが、木は俺たちより東向きに倒れたようで、俺たちが直接木の直撃を受けることはなかった。


「行ったか…」


 雪をかき分けながらラッタが息を吐く。俺たちも同様だ。危ねぇ所だったが、まだ終わっちゃいねぇ。今の連中は20メートル南に行ったが、第二陣は40メートルくらい北にいる。


「やべぇな。何処に行きます?」


 まさか崩されるとは思ってなかったもんで、次の隠れ場所の当てはつけていなかった。何処へ行ったもんか。


「下を掘って周りも固めましょう。他を探す時間はありませんからね……」

「無理もねぇですよ。色々!想定外!過ぎました!しっ!」


 俺は背中で壁を押しながら、会長のフォローを試みた。会長の表情は口惜しそうだったからだ。恵里も俺と同様にして壁を固める。ラッタは手で足元を掘りながら足で壁を蹴り固める。


「すみません。ありがとうございます」


 会長は敵を警戒しながら北側の壁を押して銃から氷の波動を撃ち込む。雪が氷の壁と化す。1分ほどで作業を止めると、すぐにクモの第二陣がやってきた。作業の間にドローンが撮ってきた映像によれば、3匹の大型は大型が前、後ろ、真ん中に1匹づつ、中型と小型は真ん中辺に集中している。


 クモ共はさっきの連中の通った後を追随して来ている。さっき同様に中型と小型は俺たちの頭上を跳んでいく。大型はやはり跳びはしねぇが、すぐ真横を歩いて行ったときは少し肝が冷えた。

 コイツら第二陣の進軍も徐々に東にズレていき、やがて東側の木も倒された。今度は予め木に切れ込みを入れておいたお陰で、俺たちから見て外側へ倒れていったからこれ自体は問題ねぇ。

 少し大きな衝撃でまた雪壁が崩れ始める。俺たちは壁面に身を寄せて耐える。中型数匹が跳ぶと、今度は小型がやってきた。体高は30cm程だ。

 大型や中型の背にに乗った小型連中もいるが、単独でも跳んで来てる。パワーはねぇが体が軽く、一跳びで5mはすっ跳んでく。俺たちの頭上から跳んで足元に落ち、そのまま南へ移動を続けていく。

 俺なんかは普段から体にクワガタを這わせてるから良いが、眼前で次々にクモを見せられて会長はキツそうだ。恵里は……何でこの状況で半分寝てやがる。何なんだお前。


 頭上で妙な音がした。多分だが、中型くらいのクモがこけたような音だ。続けて何かがぶつかりあうような音がした。カマクラの天井が大きく崩れ、そこへ大型犬ほどの中型グモが降ってきた。


「!?」


 俺たちが呆気にとられた瞬間、恵里が剣を鞘に収めた。

 クモが真っ二つになった。


「え、何?」

「無意識で切っちまったのかよお前……やべ!」


 前を進んでいたクモが動きを止めた。中グモは断末魔一つ漏らさずくたばったが、それでも仲間の死には気付かねぇではいられ無かったのか、周りの連中が俺たちを取り囲みだした。流石に何十メートルも前の第一陣の連中は気付いちゃいねぇだろうが、二陣の連中はは倒さなきゃなんねぇ!

 

「わ、私のせい!?ゴメン!」


 恵里は狼狽えながらも、収めたばかりの剣を抜き放ち周囲のクモに剣先を向ける。クモたちが数歩後退する。今何が起こったのかは正直分からねぇ。一匹が転けたのは多分間違いねぇが、例えば転けた奴と後続が衝突でもしたってところだろうか。まあ、この際どうでもいい。

 

「お前のせいじゃねぇよ」

「ええ。むしろ迅速な行動に感謝します。……こうなったらここで倒しましょう!」


 会長が叫んだ。自分に注意を引き付けるかの様だった。


「来やがれテメェら!」


 俺も負けじと叫んだ。背中の二本の剣を引き抜く。

 最初に恵里が言ったとおりになっちまったが、やるしかねぇ!


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 北里瑠梨は唐突に目を覚ました。


「瑠梨ちゃん?どうしたの?」


 隣の席にいた舞巫女の円が問う。


「あの…森は今、どうなってますか」

「いや、今のところ何もないよ」


 ツクヨミの隊員が答えた。ここは森の東のツクヨミの詰め所だ。儀式の片付けを追えた瑠梨たちも詰め所にに追いつき、車内で仮眠を取っていたのだ。そこまで広い車ではないが、この辺りの設備と比べれば車内が一番寝るのに適していた。


「本当…ですか?本当に…何もないですか?」


 瑠梨は重ねて問う。


「無駄ですよ。素直に話しましょう?」

「あー……うん」


 円が促すと、助手席の隊員は頭を掻いた。


「実は20匹以上の大群が出たっぽいんだ。でもB級以下だからね。心配することはないよ」

「そうですか…」


 瑠梨は襟元を抑える。森を見つめ、それから空に浮かぶ月を見上げる。


(神様。みんなを……さゆちゃんやはる君たちをお守り下さい………!)


 近くに置いてあった幣を握り締め、祈りを込めてその場でゆっくりと左右に振る。

 しばらくそうしてから瑠梨は簪の刺さった髪を結び直した。


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