1-14「進」
小隊ごとに簡単な打ち合わせをした後、俺たちはいよいよ森に向かう。
俺たち「佐祐里隊」は先頭だ。一番耐魔力が高いからな。耐魔力は魔術や妖術に加えて瘴気への耐性でもある。当然高いほどいい。耐魔力そのものは護符とかのアクセサリーや装備品で高めることが出来るんだが、相手が瘴気となると、それは難しい。空気と一緒に呼吸器や皮膚から吸い込んじまうわけだからな。
装備品で耐魔力を高めようと思ったら宇宙服みてぇな密閉スーツが必要になる。それじゃあ重くて妖怪とは戦えねぇ。だから体の素の耐性が重要になる。俺ら若いのが先手を張るのはそういう訳だ。おっさんたちも好きで危険を押し付けてるわけじゃねぇ。
俺たちの後ろに桐葉さんの隊、他の4つの隊は桐葉さんたちを中心にした逆Wの配置になって進む。鶴翼の陣って奴だな。隊の間の距離はそれぞれ数十メートル間隔くらいだ。ラッタの父ちゃんの隊は司令塔だが、左から二番目の位置にいる。この外側と中心の間が一番大変なんだ。俺たち中心の隊は本部と連携できるから楽だし、鶴翼の陣の外側の2隊は外の敵に注意して陣の内側に連絡をすればいいが、中間の2隊は外と中央のパイプ役をやらなきゃならねぇからな。
戦闘力という意味では中央の2隊が一番充実している。左右どっちがピンチになっても援軍を送れるようにだ。
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柵の扉部分を開いて中に入る。入れるところまでは夕方に除雪車で雪を退けてあるが、それも入口付近とその先30メートル程度だ。そこからは手押し除雪機の出番だ。
先頭を行くラッタがコイツを押して進むと、両脇前方に雪がすっ飛んでく。車幅は肩幅ほどで車高は胸の位置くらい、乗るタイプの除雪車より一回り以上小さい。色は赤く側面には青LEDが眩しい。前のライトが行く先の道を照らしてくれている。一台ニ・三百万はするらしい静音仕様の奴だ。妖怪は音に敏感だからな。それに東は木と木の間隔が狭いんで除雪車は入れねぇが、コイツならレベル2の途中までは入れる。詰め所横の倉庫に入っていた奴だ。
そのラッタの後ろに会長と恵里、殿の俺の順で並んでいる。普通は5・6人で1つの隊だが、今日のメンツなら4人でも充分やれる。
会長や恵里は武器を持ち、俺は片手に虫籠、背中に通信機付きのリュックを背負っている。巻き取り式の通信ケーブルが後ろに延び、側面にはLEDトーチが生えてる。
俺たちの無線通信機は瘴気対策済みだが、それでもレベル1の時点で既にノイズが入る。レベル2の奥になると、互いの顔を認識出来る距離でないと交信出来ねぇ。
3の奥以上だと完全にダメだ。開けた平地だと多少マシだが、今日入る東側だと特に酷ぇ。これでも一応、普通の無線機なら1の時点で殆ど使えなくなるところなんだぞ?
そんな訳だから先頭集団とその真後ろの隊だけは有線ケーブルで直接通信する。これは本部とも繋がっている。横の隊とも繋げられればいいが、流石に移動の邪魔になる。
だから横の隊とは信号弾やドローンで位置確認や連絡をする。
さっき言った雷牙のおやっさんたちの隊が大変だってのはそういう訳だ。信号とドローンを中継しなきゃならねぇからな。互いのトーチが確認できる距離なら理想的なんだが、東側に視界のいいルートは殆どねぇ。かと言って密集し過ぎると、索敵範囲が狭くなっちまって、妖怪が集団で奇襲して来た場合に包囲されちまう。
この辺がこの森の厄介なところだ。
勿論、あちこちに目印をつけたり、武器や食料に避難所を用意したりと対応策は考えてある。
俺たちの装備もそうだ。服は茶色のコートに蛍光材が使われていて、寒中装備とは言い難い程に目立つ。白はむしろ夏場に着る。味方からの視認性が最優先だ。銃器も射程より命中精度重視。なんせ味方が互いに見えねぇから誤射防止が優先だ。
視認性を上げて妖怪に見つからねぇのかと、外の奴にたまに言われるが、連中の視力は人間とは大分違う。
高い連中なら、例え俺たちが透明になろうが見つけるレベルだし、逆に低いやつは俺たちが全身ピカピカに光っていようが気付かねぇ。大抵はこのどっちかに二極化している。だから下手に気にするくらいなら味方に見えやすいほうが良いんだ。
連中はむしろ音や臭いに熱、後は魔力反応辺りを頼りにしてる。
ここでお祓いが活きるてくる訳だ。
「やだ、雪だ」
恵里が西の空を見て呟く。見れば粉雪みてぇのが降りてくる……いや雪じゃねぇ。
「逝忌夢死だろ」
雪虫の誤変換じゃねぇ。ありゃ北の方の昆虫だし、遠目には似てるがコイツらは低級妖怪だ。風に吹かれて漂いながら、獲物を見つけると自ら飛んで行き、集団で纏わり付いて生気を吸って殺す。
蟲共が北西の風に吹かれてこっちにふわふわ飛んで来る。ざっと数百はいる。
俺たちが構わずに直進していると、更に近付いてきやがった。風で流されているだけみてぇだが、そろそろ俺たちが連中の探知範囲に入る。俺の目なら一匹一匹の数を数えられそうな距離まで近づいて来やがった。半径20メートル以上に広がった群れの中でも、一番近いやつは3メートルほどの近くにいる。俺の髪や服の中にいるエイジたちが軽くカチカチと警戒音を出し始める。
東から微風が吹いた。これで匂いや熱に気付かれただろう。
だが、襲って来る筈の蟲共は逆に一斉に逃げ出した。ある者はまた吹いてきた西風を押し返す勢いで西へ逃げ、ある者はこの風を活かしつつも俺たちを避けて東側へと散り散りになった。
これが祓いの効果だ。妖怪に気付かれにくくなり、気付かれても雑魚なら逃げていく。
もっとも低級妖怪が狙うのは、弱い相手だ。襲って来るにしても俺たちが消耗している帰りのことが多い。
今のは祓いが無くても来なかったかも知れねぇけどな。
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10時20分頃。レベル2入口付近の橋を渡って一息つく。たった1キロに一時間掛けたことになるが、除雪しながらだからな?俺たちは携帯食料や温かい茶を少し口にする。
機械式とはいえ除雪機を持ち続けたラッタはなだらかな岩の上でだらんとしてる。
その間に会長は除雪機を点検し、俺と恵里は2人の周囲を警戒する。
今んとこ雑魚妖怪とはあれ1回しか遭遇してねぇ。冬ならこんくらいだ。夏ならここまでで2・3回は遭遇するのも珍しくねぇ。どうせ戦いにゃなんねぇし雪が無い分、夏のほうが楽だがな。
「ラッタ、替わるか?」
「いんや、大丈夫大丈夫」
確かにまだ大丈夫そうには見えんだが、疲れは見えてんだよな。朝から無理しやがるからだ。
「いや、ハルは通信手でしょ。私が替わるわよ」
「剣士が手ぇ塞いでどうすんだよ」
パワーはこん中で一番だけどな…とは言わねぇほうが良いか。
「力は私が一番でしょう?」
言って良かったのかよ。
「それにハルだって剣士みたいなもんじゃない」
「俺は片手だけでも空けりゃ充分戦えるんだよ。籠はリュックに結べばいい」
「では、私が押しましょう」
点検を終えた会長が立候補した。
「「「どうぞどうぞ」」」
……ので全員で推挙してみた。
「すみません冗談半分でした」
「こっちは冗談全部でしたけどね」
会長は、ある意味恵里以上に手を塞がせちゃあ勿体無い。やっぱり押すなら俺かラッタだ。
『漫才やるほど余裕あんならそっちは大丈夫か?』
俺の片耳のインカムに聞こえてきたのは桐葉さんの声だ。通信機は何もない限りは常時繋がってるが、用がなきゃあんま話しかけねぇのが普通だ。まあ、今は休憩中だしな。皆にも聞こえるように通信をオープンにする。俺のリュックを仲介して全員がインカムで通信をしている状態だ。通信機から直接出す音だと風で聞き取れねぇ場合もあるからな。
桐葉さんの問いには会長が答えた。
「はい、こっちは異常ありません。後ろの進軍は如何でしょう?」
『今最新のドローンを受け取ったところだ。後ろの5部隊は問題ねぇよ。ただこっちでも霊波反応に変動は無いな』
「やはりですか。こちらもです」
俺たちと後方5隊の情報を突き合わせりゃなんか分かるかとも思ったが、ダメか。
『取り敢えず設備点検も順調だ。その分暫く掛かるけどな』
ケーブルで繋がった俺たちと桐葉さんたちは同じ道を通ることになる。俺らが除雪していく替わりに進路付近の設備点検は、殆ど後ろに任せている。だから除雪が順調に行った場合は後ろと距離が空いちまう。今がそうだ。
『少し先に行って交代で寝てたらどうだ?山小屋があんだろ』
桐葉さんが提案した。ちょっと悩みどころだ。明日も学校には行くつもりだから仮眠は必要だが、流石に少し早い気もする。でも、今休まずに進むと、後ろと距離が空きすぎちまうからな。かと言って休みもしねぇでここで待機しても、余計に体力と時間の無駄だ。
会長は俺たちの様子を見てから答えた。
「そうですね……そうしましょう」
『そうしとけ。なんだかんだお前ら私らより寝てねぇんじゃねぇか?いざって時エースが使えねぇと困るからな』
「すみません、お言葉に甘えさせて頂きます」
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そんな訳で、短い休憩を終えて俺達は更に30分ほど進み、レベル2の中より奥に着いた。この間、除雪機はラッタが頑なに譲らなかった。桐葉さんたちと相談し今から1時間半ほど、1時頃まで滞在することにした。最初の15分で小屋の中を点検し、2人づつ30分の仮眠を取る。残りの15分は予備だ。
ここの休憩所は一軒家程度のサイズで屋根裏と地下室付きの2階建てログハウスだ。森の中だとデカい方で、除雪機用のガレージも併設されてる。どうせこっから先は除雪機を使える距離も短いし、ここに置いてくのもいいかも知れねえな。
「…え、本当に私先で良いの?全然眠くないし、ハルだって荷物重くて疲れてるでしょ?」
ラッタと恵里を先に寝かそうとしたところ、恵里がこう言って来た。いや、確かに俺のリュックもまあまあ重い。ラッタの次に疲れてるのは俺だとは思うけどよ……。
2人づつ交代で寝るんだからしょうがねぇだろ。
「いやだからよ、そうしたら男二人で先に寝ることになるだろ?」
「うん、そうね」
「その次は女二人で寝ることになっちまうだろ?」
「そうだけど」
「まずいだろ?」
「なんで?」
マジかコイツ。
どう説明したもんか迷っていると会長が恵里のアホの肩をちょんちょんと叩いた。
「恵里ちゃん、片桐君は『美少女2人で眠っている間に、男の子たちにイタズラされないか不安じゃないのか』と言ってるんですよ」
会長が丁寧に説明してくれた。あとサラッと自分を美少女と言ったよこの人。紛れもねぇ事実だが。
この人は結構、自己評価高いんだよな。瑠梨への評価がもっと高いだけだ。
「いたずらってそんな、子供じゃないんですからぁ」
恵里は手をパタパタとさせる。お前……。
「いえ。性的な意味で、です」
直球!
「いやするわけ無いじゃないですか。先輩」
そりゃしねぇけどよ……。
「……ハル1人ならともかくラッタがいるのに」
「待てやコラ」
「……んじゃこうしよう」
俺がブチ切れていると、覚束ない足取りで地下室を見てきたラッタが話に入ってきた。
「ハルと恵里が最初に寝れば全部解決……」
「お前は寝ろ」
「礼太くんは寝てください」
「ラッタは寝て」
ラッタが先に寝るのは大前提だ。ラッタが恵里以上にアホを抜かしたのをきっかけに恵里が折れて、2人が先に寝ることになった。ラッタの計算……じゃねぇよなコレ。
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