1-13「森」
車は夜道を進む。さっきまでいた森の中央入口は拠点から近い平地だから、除雪車が入りやすく雪は殆ど無かった。
でもこれから向かう東側はそうはいかねぇ。積雪は浅い所でも膝上まではある。坂や谷の多い地形で人の手が入りにくく木の密度も高いんで、除雪車が奥まで入れねぇんだ。
ついでに西側のほうも説明しとくと、あっちは全体に標高が高く岩場も多い。高い所まで登っちまえば見晴らしが良くて楽だが、当然それまでが面倒だ。
東西どっちも雪が邪魔で雪崩の恐れもある以上、本当なら3月くらいまでは入りたくねぇところだ。実際、冬場は妖怪も出にくいからそんなに行かねぇで済む。
雪の深いうちは中央の平地を徹底的に整備点検しといて、雪解けが始まる3月から完全に無くなる5月にかけて、徐々に東西へと点検範囲を広げていく。そうして妖怪の多い夏や秋に備えるんだ。
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ついでに南北の話もしとくか。少し長いが大事なところだ。
『禁忌の森』は国内有数の広大な森だ。面積にして30平方キロ近い。富士の樹海こと青木ヶ原に迫るデカさだ。しかも奥の方へ行くと空間が歪んでやがるから実際はこっちのほうがデカい可能性まである。
森の大部分は禁足地ってやつだ。立入禁止の理由は表向き有毒ガスと猛獣だが、これがあながち嘘じゃねぇのは前に言った通りだ。
森の最奥部から吹き出す瘴気は、毒ガスみたいなもので吸い込むと色々な悪疫が起こる。この瘴気の濃さを俺たちは0~5の6段階のレベルで表している。個人差や耐性の差もあるが、平均すると大体一般人はレベル1、俺たちは3辺りで数時間過ごすと悪影響が出るってところだ。
森の入口から1~2キロは一般人が普通に入れて果樹園もある普通の森だ。そこから少し北に進むと、柵や縄で区切られた禁忌の森が始まる。
最初の1キロほどは瘴気レベル0のエリアだ。妖怪は出ねぇし瘴気も殆ど無視できる。一般人が1日いても平気な安全圏だ。流石に何日もいると具合を悪くするが、俺たち
本当ならここは立入禁止にするほどでもねぇし、昔は
そのレベル1以降の森を、俺たちはアルファベット順に26のブロックに区切っている。5×5=25のマス目と、その上に1つ突き出たマスをイメージしてくれ。この1マスが約1平方キロだ。
南側、つまり一番手前の列の5個を西から東へA~Eの順で呼ぶ。続いて二番目がF~Jって要領で、一番後ろの列がU~Y、そして一番奥の北に1つだけ突き出た最深部がZって訳だ。
勿論、森はこのマスに綺麗に収まるわけじゃあねぇし、逆に無害なエリアもマスに入っちゃいるが、森での活動の目安にはなる。なんせ奥の方になると、たったの数日目を離すと植生が様変わりするし、手前だってどこもかしこも似た風景だ。冬場は特にな。
瘴気レベルは、大体このマス目1列ごとに1段階上がっていく。これは偶然じゃなく、堀や川を利用した5段階の大きな結界が森の内部にあって、そこで中心から出る瘴気が大きく遮られるからだ。低級妖怪もこれで外へ出られなくなる。ただし強い妖怪だと結界を破ってどんどん南下しちまうから、その前に倒す必要がある訳だ。
補足すると、一番手前のエリア全体が瘴気レベル1って訳でもねぇ。日本にメートル法が入ってくる前、尺貫法やそれ以前の単位の頃に作られた結界だし、結界を張るための地形の制約もある。1列目から3列目は列とレベルがだいたい一致してるが、レベル4からは大きくずれてくる。その上、窪地みてぇな地形の関係で局地的に瘴気が濃くなるホットスポットまである。
それもあって瘴気の濃さを示す筈の「レベル」をエリアの代わりに使うことも多い。普通の森で迷った場合と違って、現在地の座標よりも瘴気の濃さのほうがすぐに命に直結するからな。
スサノオ大隊の隊員はレベル2の瘴気に自力で数時間耐えられるのが、入隊の最低条件だが、レベル3以降に数時間以上耐えられる隊員は、今はスサノオ全体の3割もいない。
これがレベル4以上となると僚勇会全体でさえ片手で数えるほどしかいねぇ。しかも奥ほど妖怪が強力な訳だから、相応の強さも必要だ。
……残念だが耐魔力と戦闘力は必ずしも比例する訳じゃねぇ。両方の条件を満たせるのは、今、奥に遠征してる藤宮先輩とガイアの奴くらいだ。
短時間なら無理して奥に行けなくもねぇが、それは敵の居場所が判明してる時だけだ。そんな訳で俺達は基本、レベル3以下に南下してきた一定以上に強い妖怪だけを倒す。雑魚共はまず結界を破れねぇから、襲ってこねぇ限りは放置だ。
どうしても奥に行きたい場合は、耐性の高いメンツで偵察してからそこに応援を呼ぶことになる。
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9時15分頃になって森の東の入口に着いた。私有地内に除雪された駐車場と倉庫、詰め所がある。桐葉さんは車の頭を南の出口側に向けて停めた。先に来た車も同じだ。これは万一の緊急脱出の為だ。戦闘能力のある二両だけは、出口に対して垂直になる北側に停めてるけどな。他の車の盾にする為だ。
俺たちは車を降り、詰め所のすぐ北にある広場へ向かった。駐車場は一辺20mもない正方形で、詰め所は更にその半分以下の長方形の平屋、とさっきの拠点より手狭だ。広場も40人が並ぶとちょいと窮屈だ。
最初からここに集合しなかった理由でもある。休憩も儀式も出来ねぇからな。夏なら雪がねぇ分もう少し広いが、冬にここを使うことは少ねえからわざわざ拡張工事をすることもねぇだろう。
部隊長のラッタの父ちゃん…
「よぉし。最終確認だ。今日は佐祐里ちゃん達を先頭に、後方は鶴翼の陣で行く。俺たち後ろの奴は設備点検を優先しながらレベル3ギリギリまで進む。佐祐里ちゃん達は反応の探索を優先な。妖怪を発見した場合は引き付けながら後退して、釣り野伏せの要領で俺たちと連携して倒す。良いか?」
「はい!」
「なんか質問はあるか?」
「はい!別に私達で倒しちゃってもいいですか!」
恵里の奴がまたアホをぬかした。
「ああ、勿論良いぜ。ただ出来るだけ巣は特定してくれよ。可能なら逃がさんように泳がせてくれたほうが良いな。どっちにしてもぜってぇ無理すんなよ」
「巣を?何でですか?」
「アホかお前……何でこんなに探知しにくかったんだが、調べる為だろうが……」
「あ、そっか」
別に全ての妖怪が巣を持つ訳じゃねぇが、ネグラや拠点くらいは大抵ある。それが洞窟の奥なんかだと探知しにくい。ここまで探りづれぇのは滅多にねぇことだけどよ。巣探しは初めてじゃねぇだろうにコイツは……。
「あ~春坊。その通りなんだけどよ、俺が聞かれたからには俺が答えときたかったんだがよ、部隊長的にな」
「あ、すんません…」
「もう、ハルったらしょうが無いんだから」
「「ハハハハ!」」
ちょっと待ておい…この流れで俺が笑われんの納得いかねぇんだが……張本人の恵里の奴まで笑っていやがる。参ったぜ。
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