1-12「儀」

 儀式場に入ってきた瑠梨の服は白い小袖に緋袴……ここまでは普通の巫女服だ。その上から虹色の薄布を羽織っている。

 袖のない羽織で、表側は2本、裏は7本に布が分かれている。裏側から鳥の長い羽根みてぇに見える造りだ。

 この布は遠目からだと光が反射した瞬間しか目に見えねぇ。それほど極薄だ。

 そして頭には炎を模した形の小冠、後ろ髪には鳥の羽のかんざしをつけている。


 瑠梨の横には補佐役の二人。一人は松島のおっさんの娘のまどかさんでもう一人は俺の同級生の乃愛のあって奴だ。詳しくはまた今度紹介する。

 この二人は3人いるの舞巫女の内の2人だ。ウチでいう舞巫女は「鳥姫の巫女」を補佐する巫女のことで、実際は舞以外の神事全般もやる。

 血筋で継承される鳥姫の巫女との呼び分けだ。普段呼ぶ時は単に4人まとめて巫女でいい。



 鳥姫の巫女の仕事は女性神職に近い。殆どの神事を男性同様に行えるし瑠梨じゃなきゃ出来ねぇことも、多い。

 でもこの出陣の儀は違う。夜にやることが多いから普段は宮司の親父さんが勤める。

 瑠梨は休みか、いたとしてても補佐役に回ることが多い。

 だが今日は親父さんを休ませたいってことで中心に立ってる。



 ―大祓の詞が奏上される。祝詞の中では一番有名な基本のもので、普通なら約900文字を5分以上掛けてゆっくりと読むべきところを、半分くらいの早さで読み上げる。続いて戦祝詞が奏上される。こっちは鳥姫神社のオリジナルで、戦いに赴く者に加護を与える為の詞だ。

 これは大祓より更に早く。早いと言っても、せいぜい日常会話程度の早さだ。元々の祝詞の読み上げ自体がゆっくりなんだ。


 続けて神に奉納するための神楽舞が始まる。舞巫女の2人が鈴を鳴らしながら円を描くように左向きに周り、瑠梨はその中心で榊を水平に持ち、ゆっくりと羽ばたく様にその場で右回りに舞う。妖怪が出るようになった風科の森に「鳥姫様」が舞い降りて邪を祓う様を表現した舞だ。

 ただし簡略版で幾つかの動作が省略されている。

 さっきの祝詞と違い早回しじゃねぇが、…正式版なら1本10分のところを3分で終わらせる。



 祝詞も舞もどっちも本来はゆっくり厳かにやるもんだが、長丁場を控えてる俺たちの場合はスピード重視だ。

 緊急に出動が必要になったときにも出来るだけ儀式を行ってから、森に入れるようにするための処置でもある。

 その分普段から「出陣の儀は略式で失礼します」という祝詞を読み上げおくのさ。

 なんか役所の手続きみてぇだよな。


 そこまで形式を曲げるんなら、別にやらなくて良いんじゃねぇかって?

 いや、やっとかねぇと面倒なんだよコレが。これは森の中に入りゃ分かる。



 一通りの儀式を終えたところで、最後に短い祝詞を読み上げると、瑠梨は鈴や榊のある白い卓の上から木製の呪具を手に取った。

 半円の直線側の端面から、半円との境界辺りにまで向けてギザギザに木を削ったような形をしている。

 ぶっちゃけ髪を梳かすのに使うアレの形だ。つっても間伐材を使って薄く作った使い捨て前提の奴だ。コレで髪を梳かすのはお勧め出来ねぇ。

 ぜってぇ途中で折れて酷いことになる。

 

 瑠梨が両手で持った呪具の真ん中辺りに乃愛が小瓶から香油を掛け、円さんが篝火から松明状の道具で貰った火を付ける。

 瑠梨が軽く力を込めると、呪具は火の付いた部分でパキリと折れた。


 呪具は綺麗に真っ二つになった。火の付いたそれを円さんが専用の器に入れて蓋をする。


「これで此度の出陣の平穏無事は鳥姫様がお守り下さるとお約束を賜りました」


 瑠梨が厳かに告げる。要は占いにして験担ぎだな。

 祝詞を読みながら幣を振り、全員で二礼二拍手一礼をして儀式が終わる。そして巫女3人で手分けして神酒が振る舞われる。



 俺たち生徒会メンバー四人は瑠梨のところに盃を持って並ぶ。

 これも普通なら注がれた盃を受けとることが多いが、注ぎ終わるのを待ってたら時間を食うからな。

 俺は大人達の後を恵里に続いて並ぼうとしたが、ラッタと会長に先に並ばれた。

 微妙に不自然に割って入ってきたな?

 後ろには誰もいねぇ。俺が最後だ。別に貰いっぱぐれるやしねぇだろうけどなんなんだ。

 文句を言いたかったが、まだ儀式の最中だ。

 


 俺の列は十数人いたが、瑠梨はこれを1分で捌き直ぐに俺の番になった。無言で神酒を受けとるが、瑠梨が話し掛けてきた。

 もう儀式も終わったようなもんだしダメってこともねぇが神事の最中に珍しいな。


「はる君、さゆちゃんや隊長さん達にも話したんど…気を付けてね?」

「なんだ改まって」


 いつもの瑠梨は神酒を配る時は厳かな雰囲気ながらも笑みを浮かべてるが、どうも今日はさっきからちょっと浮かねぇ感じだった。

 

「もしかして何か見えたのか?」


 瑠梨には不安定だが予知能力がある。狙って見るのは難しい様だが、見えた時の的中率は高い。

 ただし自分や風科のことは殆ど見えねぇ筈だ。

 望遠鏡で足元を見れねぇのと似た感じ、だと説明されたことがある。


「見えたっていうか……見えな過ぎた、かな」

「?」


 俺が首を捻ると、瑠梨はは少し考える素振りを見せた。

 こういう超知覚系の能力を人に説明すんのは難しい。生まれつき目の見えねぇ人間に色の概念を説明する様なもんだ。



「いつも風科のことは磨りガラスの向こう側、くらいには見えるんだけど、それが見えない方から見たマジックミラーみたいに何も見えないっていうかね…」

「……いやそれマジックミラーじゃなくて良いだろ。単に真っ暗で見えない、で良いだろ」


 例えとして無駄に回りくどすぎる。


「あ、そうか。ゴメンね。例え損ねちゃった。マジックミラーって。あはは」

「あんま無理すんなよ」


 瑠梨の場合、狙って見ようとすんのは相当な負荷が掛かるそうだ。

 先代の巫女だったお袋さん曰く、『度の合わない眼鏡でルーペ越しに車の中から望遠鏡を覗き込む様なもの』らしい。

 これまたややこしい例えだが、想像するだに気分が悪くなりそうだ。


「あ、うん。大丈夫大丈夫……あとゴメンね、寄り道付き合わせちゃって。ご飯食べられた?」

「まあな。オムすびは食い損ねちまっけど、あれは今度桐葉さんにたかってやろうかな」

「え?」

「いやこっちの話だ。一応ちゃんと食ったよ」

「……よく分かんないけど、もしかして私重大なミスしちゃったかな……?」

「なにがだ?」


「おーい!春坊はるぼう!イイとこで邪魔して悪ぃがそろそろ来ぉい!」


 今日の部隊長、ラッタの父ちゃんが俺を呼んだ。やっべ、みんな車に乗り始めてる。


「つぅかお前彼女と喋ってる時に他の女の名前出すんじゃねぇよ!」


 その隣りにいる桐葉さんが続けた。聞こえてたのかよ、彼女じゃねぇよ、誰が女だ。


「………」


 ……ギロっと視線で刺された。今のは声に出してねぇんだけどな……!



 まあともかく9時近ぇし早く行くか。盃をぐっと煽る。出撃前だし『アレ』の濃度は低いが、寒空の下では結構暖かい。熱と共に神気が胃から全身に染み渡るのを感じた気がする。

 未成年飲酒だとか言うなよ?飲まねぇと祓いの効果半減なんだからな。



「じゃあな瑠梨。ちゃんと寝とけよ」


 瑠梨はこの後、儀式城を片付けてから仮眠だ。俺たちが戻るのは朝方の予定だが、その時にまた儀式がある。


「うん……はる君、くどいようだけど本当に気をつけてね」

「おう」

「でも何か…良くないことがあっても、はる君なら良い未来を選びとってくれるって思うから……皆を宜しくね?」

「なんだそりゃ」

「勿論はる君本人も無事じゃなきゃダメだよ」

「……分かった分かった。円さん達に悪いだろ、俺も行くからお前も早く行けよ」

「うん」


 後ろでは巫女2人とツクヨミ隊が片付けを始めている。すぐに向かった瑠梨が遅れたのを謝り、巫女2人が笑ってるのを見てから、俺も車のほうへ走った。

 急がねぇとまずい。さっきから恵里が俺をジロジロと見ている。

 このままだと恵里に縄でふん縛られて、ハネムーンの缶のやつみてぇに車の後ろに結ばれかねねぇ。


「すんません。遅くなりました」


 俺は会長たちに謝った。もう車は半分以上東へ向かって出発を始めてる。俺たちともう一台で最後だな。


「良いんですよ。瑠梨ちゃんが浮かなそうな顔でしたんで、もう少し片桐くんと話して貰おうと思ってましたんで…恵里ちゃんにはごめんなさい…」

「な、なんで私に振るんですか!」

「ま、代わりにその席で勘弁してくれよ」


 ラッタが席を指差す。

 運転手は桐葉さんで、助手席に会長、後部座席に左からラッタ、恵里、俺という配置だ。

 左と前を女傑2人に挟まれた席より、美少女の後ろのラッタの位置が良かったが、遅くなった俺が悪ぃから仕方ねぇ。

 次はぜってぇ急ぐ。


「おいハル」

「な、なんすか」


 桐葉さんに呼ばれた。


「お前、『あっち側』に送ってやろうか」

「なんで心読めるんすかさっきから……すんません悪かったです」


 ここで言うあっちとは根の国とか黄泉平坂のことだろう。あの世とも言う。要するにぶっ殺すぞってことだ。

 女傑呼ばわりがバレたか?……怖い。


「目線だよ。目線。目は口ほどにものを言うってな。じゃあ行くぞ」

「勘弁して下さい」

「……あの世にじゃねぇよ。何でアタシらまで付いてかなきゃなんねぇんだよ」


 一人で逝けと。


「ベルトは締めたか」

「うん。お願いしまぁす」


 ラッタが横2人のシートベルトを確認して言った。


 車が出発する。後ろからはラッタの父ちゃん達の車も付いてくる。目線ねぇ……。

 俺はその単語に何となく瑠梨の言葉を連想した。


「マジックミラーって何も見えねぇときは、向こう側から丸見えなんだよなぁ」

「え?何?何?」


 恵里が怪訝そうな声を出す。


「いや、何でもねぇよ」

「そう」


 車は真っ暗な闇へと進んでいく。

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