1-11「隊」
「猟友会」詰め所の裏口を出て三十メートル北にある森の入り口。
「この先私有地」の看板の裏側にある木に囲まれた広場。雪は脇へと除雪され、風避けとして四方を白い天幕が囲い、中央奥には篝火が焚かれている。
その後ろの南の広場入口側に、50人ほどが横に10人で5列で整列している。列は中央から広場入り口に向けて2つに分かれている。冠婚葬祭の式場でよくある並び方だ。俺もこの列の中の一人だ。
このメンツのうちで森の中に入るのは40人ちょいだ。皆、通信機や食料、銃器や剣を携え、冬仕様の隊服を着ている。
これからお祓いを受けてから森の中に入る訳だが、その前に俺たちがそもそも何なのかと、僚勇会の3つの大隊、そして森について改めて説明しとく。
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まず、俺たち僚勇会の戦闘員は魔術師って奴だ。
……うん。言葉のイメージに合わねぇよな。
実際、ゲームの魔術師みてぇに手や杖から火の玉をボン!って出すタイプの魔術師は風科には殆どいねぇ。そういうRPGにいそうな「いかにも」なのは他所にならそれなりにいるが、それも今は主流じゃねぇらしい。
魔術師ってのは「この世に遍在する魔力=現代科学がまだ把握していないエネルギーを操って様々な現象を起こせる」存在だそうだ。
風科には基本中の基本の身体強化しか使えない奴の方が多いから、実際言葉のイメージとは合わねぇんだが、こういう定義なんだから仕方ねぇ。
俺とかの若い世代には能力者って言ったほうがしっくりくるが、これは俗語だ。
森に棲む妖怪は魔術師じゃねぇと倒せねぇ。
いや、厳密に言うと倒せなくはねぇが、「害虫駆除に戦車を持ち出す」くらい大げさな火力が必要になる。妖怪や魔術の説明はこれまた長くなるから後だ。
次は、風科と僚勇会の構成員についてだ。
風科の人口三千人のうち、僚勇会関係者は四割くらいで、残りは魔術のことは知らねぇ。妖怪のことも伝承だと思っている筈だ。
この約千人の僚勇会関係者、の中にはバイトやパートみたいな就業形態の奴も多いから常勤の隊員は更に半分くらいになる。
「魔術師」の数のほうもこの千人弱の半分ほどだが、その全員が戦闘員なり常勤とも限らないから少しややこしい。
戦闘員の数は合計160名ちょっと。加えて訓練生が30人弱、現役を退いた予備隊員が200人ほど。つまり最大限動員すると約400人が僚勇会の戦力だ。殆どが魔術師だ。
現役の戦闘員についてもう少し説明しとく。
要点から言うと、僚勇会の戦闘員は大きく3つの大隊に分けられる。
森で妖怪退治をするスサノオ大隊。
森の入口を監視するツクヨミ大隊。
町の巡回・監視するアマテラス大隊。
ただしこの3大160名もパートタイムを含めた人数だ。常勤は半分もいねぇ。非戦闘員のほうが常勤率がまだ高い。地元での本業の傍らで妖怪退治やそれに関する仕事をしている。
なにせ妖怪は出没頻度の高い夏でさえも週一以下でしか出ねぇから、ずっと大勢で気を張っていても仕方がねぇ。
ましてや倒しても金になんねぇから全員を常勤で雇うのは厳しい。それでも僚勇会が出来る前は本業もあるのに殆どタダ働きだったそうだから、その頃よりは大分マシな筈だ。
それで3つの隊ごとの特徴の話だ。
まずはスサノオ部隊。
森で妖怪を倒すことと、その準備としての森の中の設備の点検・修理が仕事だ。
連中は森の奥から来る訳だから、この隊が僚勇会の主力だ。戦闘員の過半数、100名ほどが所属している。実際、3大隊の横の繋がりは強ぇから人員のやり取りも多いんで、ただの目安と思っていい。森の瘴気に対抗出来る人材が必要なんで、実働部隊は全員が魔術師だ。
次にツクヨミ部隊。
森の入口での妖怪の監視・迎撃、妖怪を阻む結界自体の管理が仕事だ。
だから他の隊より常勤が多く、24時間・3交代制で1・2隊が防衛施設に常駐してる。30名強の隊員を6つの隊に分けてシフトを組んでいる。
森のデカさに対して人手が足りてねぇ様にも思えるが、森の手前は霊波反応を探りやすいんで、索敵は半ば機械任せだ。3大隊と別に本部からのサポートもある。
最後にアマテラス部隊。
結界や自動索敵を掻い潜るような特殊な妖怪や、森以外の他の地域からやってくるのを倒す最終防衛ラインだ。隊員は30名もいない。
だから僚勇会としての仕事は一番少ないんで、ツクヨミと逆に殆どの隊員が兼業……逆に言えば本業のほうが忙しい人たちでもある。戦闘は一番少ないんで他の大隊に人を貸すこともよくある。
さて、ここまで読んでもらったが、こうは思わねぇか?
「森に人を襲う妖怪がいて、しかも倒しても金にならないのに、何で森ごと焼き払うなりしねぇのか」ってな。
その理由は大きく分けて2つある。
第一に森には普通の生き物も住んでるし、入口付近では果物やら山菜、木材だががわんさか取れる。犠牲は多くても年に数十人程度、しかも大半は警告を無視した奴の犠牲と天秤にかけるにゃ重いってこったな。
そうだ。表向きは有毒ガスと猛獣が出るというていで封鎖しているが、それでもわざわざ柵を破ってまで入るアホが後を絶たねぇ。
ついでに言えば実際、有毒ガスみたいに作用するのが森の瘴気だし、猛獣も妖怪と別に熊や猪も本当に出るから嘘じゃあねぇ。
そして二つ目。そもそもなぜ森に妖怪が出るかの理由とも関係するが、森の最奥、中心部の地下からは、日本中から集まった邪気が吹き出している。それが形を持って妖怪となる。山と森はそれに蓋をしているんだ。
その蓋を吹っ飛ばそうもんなら、日本中から無秩序に妖怪が溢れだして被害がかえって広がっちまう。俺たち風科の住民には迷惑だが、それでも今のほうがマシだ。
蓋を強力にしても同じ結果になるだろうな。例えば、火山に蓋を出来るかどうか、蓋を出来たとしてどうなるか考えてみりゃ良い。
なんで風科の森がこんなことになってるのかっつうと、そもそも平安京が出来た時に、そこから押しのけられた邪気が周辺で悪さをしたのが始まりらしい。伝承によると、邪気の流れが乱れて妖怪が活性化、あちこちで無秩序に暴れだしたもんだから、それを一箇所に集約させようとしてこうなったらしい。
つまり人為的ってことだ。腹の立つ話だが今更俺らにはどうにもならねぇ。本当か知らねぇが今更気の流れを戻そうとすると、日本全体大災害になるって話だしな。
俺たちは厄介事を引き受けてやってる分だけ、せいぜい他所から支援を引き出せるだけ出しながら、妖怪共をぶっ倒すだけだ。
退治つっても、毎回奥の奥まで行くわけじゃねぇ。ていうかあそこで動けるのはウチじゃあ藤宮先輩くらいしかいねぇし、奥ほど妖怪も強い。。
俺たちは基本、結界を破れる強い妖怪が森の手前に近付いてきたときだけ、森の中に出向いて連中を片付ける対症療法的なことをしている。
今日は結局、予定していた中央地区の点検を後回しにして、霊波反応のあった東側へ行くそうだ。来月に予定していた東側のチェックを入れ替え・前倒しする形で、可能な範囲で行いながら目的地へ向かう。
敵の正体は不明。というか妖怪かどうかも妙な反応だ。でも油断はできねぇ。
こういう反応が弱い、もしくは妙な妖怪は、ただの雑魚か反応を隠すのが上手い強敵かのどっちかのことが多いからな。
時計を見ると35分。作戦予定の説明をする大隊長の後ろで出陣の儀の準備が整った。白い布で覆われた卓の後ろに神饌の台。その両側に篝火。儀式場の足元は特に綺麗に除雪してある。
大隊長が挨拶し場所を空けると、儀式を行う鳥姫の巫女……瑠梨が入ってきた。
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