1-10「飯」

 秘密基地から小走りで5分西へ進むとデカい屋敷が見えてくる。

 その北側には深い森が広がり、その入口辺りに平屋の建物がある。

 

 入り口の上の横書きの木の看板に掘られた「風科猟友会」の文字は、暗い中でも両脇のオレンジの照明でよく見える。

 建物のサイズは大きめのコンビニくらいだ。一階部分はな。

 

 地下室から更に僚勇会の地下施設まで繋がっている。

 風科にいくつもある僚勇会の出入り口の一つだ。

 表向きはこの看板にあるように「猟友会」をやっている。



 開け放した入口に張られた二重のカーテンを開けて中に入ると、正面の壁に張られた森の地図や鳥や獣の写真が目に入る。

 部屋の中央は広く空けられ、机や棚は両脇にまとまっている。正面奥の部屋とはドア無しで繋がり、大人3人が並んで通れる。

 いざって時は入口から奥まで一気に駆け込んで報告が出来る訳だ。

 

 部屋の左側のホワイトボードには予定表や動物の目撃情報やら仕事関連、右側には食器棚やポットなんかの休憩・応接用具がある。

 他所の「猟友会」のことは良く知らねぇが、多分どこもこんなもんだろう。


「ギリギリですんません、遅くなりました」

「いや、まだ大丈夫だよ」


 左側の机で応対してくれたのは松島のおっさん。風科の西のほうで喫茶店をやっている。

 歳は60を過ぎたくらいで、白髪混じりの髪だが顔はまだ若々しい。


「結局、霊波の反応はどうなったんすか?」

「ああ、佐祐里お嬢さんから聞いたんだね。実は、会議がまだ続いてるんだよ」

「え、まだっすか!?」


 集合予定は8時……つまり今で、出発は半の予定だ。直前まで話し合ってるのは遅過ぎる。


 それにこの受付には今、おっさん一人しかいねぇ。奥の方には人の気配や声がするが、どうも全員揃ってはない気がする。

 今朝までの予定通りに施設整備だけなら、「出発の」10分前に集まってりゃ間に合うから、皆ゆっくり来ることが多い。

 一方で、妖怪退治が確定していれば、皆今頃には揃っている筈だ。気合の入れ方が変わってくる。

 妖怪退治に行く前提だったのにギリギリに来た俺が言うことじゃねぇけどな。


 この様子じゃ出現兆候を知らされてる俺達のほうが少数派っぽいな。

 大人の隊員はだいたい本業もあるからな。

 待機が出動に変更されるとかならともかく、活動内容の変更程度ならいちいち連絡しねぇで出発の時に言うのが普通だ。


「流石にもう終わるとは思うがね、出発式の時に説明があるだろうさ」


 設備点検と妖怪退治じゃ装備は多少変わるが、どの道武器は持っていく。

 探知をくぐり抜けた妖怪に急襲されることもあるからな。

 だから探知の分析結果が出ていないだけなら大した問題じゃねぇんだが、やっぱ落ち着かねぇな。去年のこともある。


「ところで、もう食事はしてきたかね?」

「少しは」

「取り合えず向こうでお茶やお菓子でも食べて待ってれば良いさ。その様子じゃ君はあんまり食べる余裕がなかったんじゃないかね?」

「ま、そっすけどね」


 おっさんは俺の虫カゴを見てそういった。ファー付きの布で巻いて中にはカイロも入ってる冬仕様だ。


「作る時間が無いなら、たまにはウチにも来なさい。まあ君の寝床からは遠いのか」


 そういや前は月に2.3回は行ってたが、最近は良くて月1だ。この半年忙しかったもんな……。

 食いに行く時間で自分でなんか作れるし、学校や家からも遠回りだしなな。


「そっすね。久々にオムライスが食いてぇです」


 松島のおっさんのオムライスは、絶妙に柔らかい鶏肉がふっくらしたライスと引き立て合い、それを包む半熟の卵も出来立てと半分食べ終わった頃とで触感が変わってくるのが良い……やべぇ、一応軽く食ったってのに腹減ってきた。


「ちょうど良かった。向こうにおにぎりもあるんだが…」

「まさか!」


 つい机越しに身を乗り出しちまった。


「ウチからもオムライスむすびを持ってきたよ」

「やった!」


 ……と叫んだのは俺じゃねえ。後ろから入ってきたラッタだ。


「お前、まさか一足先に」

「おぉう。……レベル2まで、様子見てきた……」


 コイツが俺より遅く来る場合は大体そうだ。呼吸がまだちょっと荒いしな。この野郎め。


「あまり無茶するもんじゃないよ」

「ひとっ走りしただけだから…大丈夫、ですって」


 今は雪が積もって動きにくい代わりに、殆どの妖怪が眠っていて襲われにくくはある。夏とどっちがマシか考えもんだ。

 どっち道、単独行動が危険なことに代わりねぇがな。


「全くてめぇは本当によ……ほら行くぞ。しゃあまた後でなおっさん」


 俺たちは、奥から廊下を挟んだ休憩所兼控え室へ行く。畳十畳ちょいの部屋にデカい座卓がある。


「おはようっす」

「おはようございまっす!」

「おう、きたか春坊」


 寛いでた大人達に挨拶する。下は大学生から上は50のおっさんまで十数人。殆どが男だ。

 会議中のメンバーと合わせても今日の出動予定人数の半分かそこらだ。


 僚勇会の戦闘員には俺らくらいの若いのは殆ど……あ、いたわ。


「おう恵里」


 頭に三角巾を巻いたエプロン姿の恵里が怒りながら隣の炊事部屋から歩いてきた。

 両手で持つ盆の上には、おにぎりが10個ばかし乗ってる。

 卓の上にもあるから第2陣ってところか。


「あ!遅かったじゃないハル!」

「ラッタは良いのかよ」

「さっき私が来た時に入れ違いで出てきたもん」

「……そうかよ。そういやお前、会長の家に行ったんじゃ……?」

「いや、それがね」


 恵里によると、俺と瑠梨が乗った次のバスで会長の家に向かったそうだが、家に入った直後に隊長格に呼び出しが掛かったらしい。

 つまり会長も呼ばれたってことだ。憐治もいるとは言え、人の家で待っていても仕方がねぇんで、付いて来て手伝っていたそうだ・


「なんか手伝おっか?」


 ラッタが聞いたが、恵里は首を横に振った。


「ううん。後は片付けだけだし、それはやってくれるっていうから。それよりはい」


 恵里は片手で盆を持ち直すとおにぎりを1つ手に取った。

 それを俺に差し出した……っていうか口に突っ込んできた。


「もご…!?」


 何すんだこの女。

 俺は信じられねぇ、という顔で恵里を見たがコイツ俺を見てねぇ。横向いてやがる。

 なんでだ。


「ど、どう美味しい?」


 言われてみりゃまあ、適度な塩味と柔らかさが中々旨い。気づけば口の中から半分以上無くなるところだ。


「美味しいのね、良かった」


 恵里は一瞬俺を見るとそう言った。旨いという気持ちが顔に出てたらしい。

 ついでにいきなり口にぶちこまれた不満も読み取ってくれや。


「んぐ……ぷはっ…恵里、お前いきなり…!?」

「あ、おかわりね!はいどうぞ」


 やっとのことで口を空けたら二個目をぶちこまれた。


「どうせあんまり食べてないんでしょ、種類色々あるし、どんどん食べていいからね」


 ……いや旨ぇよ?今度は鮭が入ってる分、米の塩味を抑えてあるという手間暇は心憎いけどよ、その細やかさは別のとこでも発揮して欲しかった。こっちは今オムすびの腹なんだよ。今どこだ?……ラッタの手の中だ。

 やべぇ。最後の一つっぽい。待て。

 思わず手を延ばしたのも空しく、ラッタはオムすびを見せつける様な動きで自分の口に運んだ。

 ……と見せかけて、割って半分だけを自分の口に入れた。


「冗談だって、はい」


 そして残り半分を差し出してくれた。持つべきものは出来た幼馴染みだ。誰かさんも見習いやがれ。


「あ、なんだ。松島さんの食べたかったの?言ってくれれば良かったのに」


 言う暇をくれなかったのは何処のどちらさんだよ?そう言ってやりたかったが、まだ二個目が口の中に残ってやがる。

 急いで飲み込むには勿体ねぇ程度には旨ぇのが小憎たらしい。目線でそう訴えてみたが、恵里は何故か不満気な顔をしてやがる。だから、その顔をしてぇのは俺の方だってのによ。


 再びラッタの方を見るとまだ手を突き出してる。いつまでも待たせちゃ悪ぃから取り合えず受け取っておくかと手を出した。

 その寸前で横からひょいと延びてきた手に、半分になったオムすびをかっさらわれた。


「あ」


 呆けた表情のラッタの後ろから出てきたのは日高桐葉ひだかきりはさん、俺の師匠で小隊長の一人だ……ってそれどころじゃねぇ!


「あ~腹減った」

「ちょっ!」


 止めようと手を伸ばしたが遅かった。パクッとあっさり食っちまった。

 そして、あっという間に飲み込んじまった。

 せめてもっと味わって食えよ……!


「ん、何がっくりしてんだハル」

「ヒデェ……」

「?」


 どうもオムすびと言うより、一杯あるウチの一番近かった一つとしか思ってねぇ様だ。何でこんな人に食われた……!



「おう、桐葉ちゃん終わったのかい」

「ああ、結構悩んだけどな、結局妖怪がいるかどうか確認に行くって感じになりそうだな。後で説明がある」


 桐葉さんの後ろから他の小隊長も階段を上がってくる。会長もいる。下でやってた隊長会議が今終わったってことだ。


「皆さん、予定通り半に出発致しますので準備をお願い致します。詳細は後程お話しますが、妖怪がいる前提で出動をお願いします」


 代表して会長が告げる。俺より遅れてきた隊員も出動の15分前には全員到着した。順次、着替えや食事休憩、装備の点検をしていく。もうすぐ出発だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る