1-8「恋」

 しばらく畳に腰掛けて休んでいる間に、ガキ共が帰り始めた。時計を見るとまだ5時半を過ぎた頃だ。とっくに日は沈んで真っ暗には違いねぇが、普段なら6時近くまではいる筈だ。俺達がいきなり暗い話を始めたせいか、いつもより帰りが早い感じの奴や、ゲームを途中で切り上げたっぽい雰囲気がある。悪ぃことしちまったか。

 そんな中で一人の眼鏡のガキが俺を手招きしてきた。俺だけを呼んでる感じだ。

 

 コイツは確か親の帰りが遅いとかなんかでいつも6時半位まではここにいる奴だ。ただコイツに話を振られる覚えがないもんで怪訝に思ったが、取り敢えず瑠梨を置いて靴を脱いで畳に上がり、ガキのとこまで行った。


「何だ?」

「あの、片桐さん。ちょっとお聞きしたいんですが」


 さんってお前…。タメ口はタメ口でどうかと思うが、年の割に丁寧過ぎるぞ。 声を抑え、後ろの瑠梨の様子を伺いながら話しかけてくる。周りの奴、というより瑠梨に聞かせたくねぇ話か?


「北里さんの誕生日プレゼントってもう用意されましたか」

「…まだ半月も先だぞ?」


 意外過ぎる話題に面食らう。巫女である瑠梨のことを知らねぇ奴は風科には殆どいねぇ筈だが、誕生日までは知られてねぇ筈だ。どこで知ったのかと聞いてみたら、アイドル雑誌でだそうだ。一応、何冊かの本にはもう名前や顔、プロフィールとかが載っているんだよな。妙な気分だ。


「女性へのプレゼント、それも好きな人へのものは早めに準備したほうが良いですよ」

「違ぇよ、このマセガキめ」


 こん、と頭を小突く。アホなことを言いやがって。いやもしかしてコイツ……。


「……そういうお前こそ瑠梨のこと好きなんじゃねぇのか?」

「ええ、そうです」


 当然と言わんばかりにあっさりと認めやがった。


「凄ぇなお前は」

「素直なだけです」


 そう言うと中指で眼鏡のズレを直した。気取った仕草だったが、この瞬間だけは俺より大人に見えた。コイツ10歳くらいだと思うんだがな。


「じゃあお前こそなんか用意しろよ」

「片桐さんは?」

「瑠梨にも相談してなんか適当に選ぶよ」

「本人に聞い!……ちゃうんですか?」


 眼鏡は一瞬瑠梨のとこまで聞こえそうな声を出し、慌てて抑えた。そんな驚くか?


「アレだろ。内緒にしといてサプライズにしろってこったろ?」

「はい」

「毎年毎年のことだぞ。今更サプライズになるかよ」

「あ、あ~……そうですね」


流石にそういうところまでは気は回らなかったらしい。良かった。こういうとこは歳相応か。


「まぁでもよ。例えばかんざしが欲しいっつわれたらよ。色や柄とかでサプライズ出来るだろ」

「なるほど」

「そういう感じで良いんだよ。要らねぇもん贈られても困るだろうし、ちゃんと希望聞いたほうが確実だぞ」

「いえ、僕は贈りませんよ」


 アドバイスしてやったつもりだったが、眼鏡は首を振った。


「は?何贈るかの相談じゃなかったのかよ」

「はい。僕はただ、今年は特別なものを送ってあげて欲しいと思っただけです」

「なんで今年に限って?」

「去年の誕生日から……色々あったじゃないですか」


 眼鏡は瑠梨を、そしてばぁちゃんを見てから俺に視線を戻した。


「まあ、そうだ…な」


 たしかにこの1年、瑠梨には色んな事があった。生徒会に入ったり、アイドルを始めたり…そして、あの事件……。

 瑠梨にとってだけじゃねぇ、風科にとっても去年はここ2・30年で一番の激動の年だった筈だ。


「だから激励とか応援の意味で、彼氏である片桐さんには…」

「待った」


 とんでもねぇ勘違いは訂正しねぇと不味い。


「お前は3つ間違えてる。いいか?まず俺は彼氏じゃねぇ。アイツは今アイドルもやってんだから滅多なこと言うんじゃねぇ。迷惑かけてぇのか」

「人前ではそういうことにしとけってことですよね。大丈夫です。もう皆いませんし」


 確かに、話し込んでる間にガキ共が帰って客はもう俺3人だけだ。ばぁちゃんは一旦店の奥に下がっている……ある意味丁度良い。


「そこで2つ目。瑠梨を好きだっつうお前だから特別に聞かせてやる。ただし口外したらガチでぶっ殺す」

「はい」

「いや本当だぞ。森の奥に縛って置いてくからな」

「はい」


 精一杯怖ぇ顔を作ったつもりだが、微塵も動揺せずに返事をしやがった。自信なくすぜ。俺は声を最大限抑えて耳打ちした。


「…………アイツには好きな奴がいる。繰り返すが俺じゃねぇぞ」

「……僕ですか?」

「おい」


 なんだその無駄なウィット。


「冗談です。北里さんには片桐さんがいますから」

「お前、耳大丈夫か…?それとも頭か…?」

「片桐さんこそ頭大丈夫ですか…?昆虫ゼリーの食べ過ぎで知能が低下したのでは?」

「舐めてんのかこの糞ガキ…」

「そう言われましても、あんなに愛されてるのが分からないなんて…」

「昆虫ゼリーを馬鹿にすんな!!!」

「そっちですか」


 確かに質はピンキリだが、少なくとも昆虫を不健康にしてやろうとして作ってるメーカーは無ぇ筈だ。それを悪ぃもんみたいに…。

 いや待てそんな話じゃねぇ。


「えっとなんだ…もう良い。3つ目な。別に瑠梨に好きな奴がいたって、プレゼント贈っても良いだろ。結婚してる訳じゃあるまいし」

「それは…でも迷惑に…」


 ちょっとは見どころのあるやつかと思えばくだらねぇことでウジウジと…。俺は眼鏡の頭を両手で掴んで髪をワシャワシャとやった。


「何するんですか」

「ガキがくだらねぇことでごちゃごちゃ言うな!やりたいようにやって伝えたいように伝えりゃそれで良いんだよ!」


 コイツの歳なら例え既婚者にプロポーズしたってギリ怒られねぇくらいなのに、難しく考え過ぎなんだ、全く。


「でも!気持ちを押し付けても迷惑に」

「良いか?」


ちょっと声がでかくなったので改めてボリュームを抑え、顔を近づける。


「ちょっと気持ち押し付けられた程度で、どうにかなるほど瑠梨は弱かねぇよ。背負ってるもんが俺らと違うんだ。鳥姫の巫女様舐めんな」

「……」

「それにな、死んだら終わりだぞ」

「え?」


 眼鏡の両肩に手を乗せて続ける。


「お前、明日の今頃自分が生きてると思うか?」


眼鏡が生唾を飲み込む。頭の回転の早そうなコイツだ。もう言いたいことは察したろうが、俺は続けた。


「今日、事故なんかで死んだ奴は昨日そう思ってた筈だ。いや考えてもなかった奴が殆どだろうな。俺だってそうだ。今日、森でうっかりくたばるかも知れねぇ。……瑠梨だって万一ってことがある。だから」

「痛っ」

「悪ぃ。大丈夫か」


いつの間にか肩に力を込め過ぎていたらしい。


「はい。それと、その……片桐さんの言いたいことは分かりました。でも、どうしたら良いのかすぐには……」

「わぁってるよ。俺はとにかく瑠梨にその万一がねぇように見ててやっから、焦らねぇで考えとけよ」


 俺は手を離し、立ち上がろうとしたが止められた。


「あの…気をつけて行ってきてください」

「お前的には俺がくたばったほうが都合よくねぇか?」

「いえ、北里さんには片桐さんがいますから…」

「分かった分かった。俺がいる俺がいる」


 もうここまでしつこいと感心するしかねぇ。俺じゃねぇってのによ。俺は今度こそ立ち上がって、瑠梨のところに向かった。瑠梨はばぁちゃんの卓に座っていた。


「悪ぃ。待たせちまったな。時間は平気か?」

「うん、私は6時半までに家に着けば大丈夫かな?はる君のほうが忙しいんじゃない?」


 今から帰ると6時近い。確かにやべぇな。最悪森に入る前にアイツらにぶち殺される。急ぐか。ちょうどばぁちゃんも補充用の商品を持って奥から戻ってきて瑠梨とバトンタッチした。


「じゃあ悪ぃばぁちゃん。長居しちまって」

「そう思うんなら、今度また対戦つき合いな」

「おう」

「ついでに菓子でも買うんだよ」

「ちゃっかりしてやがるぜ……」

「じゃあ、また来ますね」


 店を出て2・3分歩いたところで瑠梨が不意に話しかけてきた。


「ねぇはる君」

「なんだ」

「さっきのあの子、もしかして私の……」

「言うな。俺も何も言わねぇ」

「……ごめん」


 それは俺が言っちゃならねぇし、瑠梨も俺に聞いちゃならねぇことだ。後はアイツの勝手だ。


「ついでだから聞いとくか。お前今年は何が欲しい?」

「あ、誕生日の?どうしよう。お洒落用の簪ならいくらあっても困らないけど……でも結構持ってるしなぁ」


 あの眼鏡には本人に聞けと言ったが、実際、瑠梨はアレが欲しいコレが欲しいとか言わねぇんだよな。


 無難なのが簪だが、誕生日以外も合わせると今まで10本は贈った気がする。手入れ用の関連用品も入れると更に5・6個は増える。かと言って服なんかも結構貰う機会が多いし、ヘタに贈ると邪魔になりかねねぇ。ていうか高い。

 もしかして要らねぇものをきいて消去法で詰めてったほうが早いんじゃねぇか?


「うーん。形に残るものじゃなくて、記憶に残るもの、とかどうかなぁ?ダメ?」

「どっか出掛けたり、とかはスケジュール厳しいか?」

「誕生日は空けてもらってるけど、遠出は厳しいからなぁ」


 かと言って近所にあんまり遊べる場所がねぇのはさっきも言った通りだ。瑠梨はゲームとかするよりは読書や祝詞づくりの方が性に合ってるようだしな。


「じゃあなんか食い物とか……特大アイスとかどうだ?」

「……え、本当!?」


 瑠梨の目が輝いた。


「いや冗談だったんだが…」


 目がどんよりと曇っていく。


「まあ…候補の一つとして前向きに検討させて頂きます」


 再び輝きだした。まぶしい。めっちゃまぶしい。

 沈んだばかりの太陽が西から昇ったのかと思ったぜ。




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