1-7「俤」
ばぁちゃんは目線はこっちに向けずに携帯ゲームをしてやがる。カウンターはこっちに向けて高くなってるんで機種までは見えねぇが、腕の動き的に多分パズルゲームだろう。いつもこんなんだが、ちゃんと来客には気づくし、不届きな万引き野郎も見抜くから恐ろしい。
本当は画面見ずにプレイしてんじゃねぇかと思わずにはいられねぇ。実際、ジャンル問わず俺がゲームでまともに勝てたことがねぇ程の腕だ。
いや別に俺も達人ってわけでもねぇけどよ。
「ごめんなさい。もう少し休んだら帰りますから」
「アンタは良いのよ…そこのアホガキ共に言ってンのさ」
「だとよアホガキ共」
「ちぇーっ」
「アンタもだよ」
「はいはい、すみませんね」
このばぁちゃんに限らず、風科の爺さん婆さんは瑠梨には甘いんだ。いや甘いも何も今のは瑠梨になんの落ち度もねぇけどよ。
「しかし売っといてなんだけど、こんな時間に買い食いしてていいのかいアンタら」
ゲーム機を置いてばーちゃんがこっちを向く。
「ああ、今夜お祓いがあるんですよ」
「そういうことかい」
「お祓いの直前は何も食べないほうが良いから、今ちょっとだけお腹に入れておこうかなって」
儀式前の直前は出来るだけ体を清らかにする為だとかで、物を食べちゃならねぇことになっている。今日の瑠梨の夕食はお祓いの後の9時以降になっちまう筈だ。いくらなんでも間食しなきゃ保たねぇ。今ならまだ食っても良い時間だ。
別にまっすぐ家に帰っても何か用意はあったんだろうが、寄り道することはバスの中でメール済みだ。
「ったく鳥姫様は大変だねぇ……この時間ってことは、また猟友会かい?」
一般的にお祓いってのは、あまり夜にはやらねぇ。宗教的な理由以前に、祓う方も祓われる方も都合を合わすのが面倒だ。少なくとも風科で夜に祓うのは9割が僚勇会絡みだ。
それと、ばあちゃんは「
風科の住民の半分くらいは、ばあちゃんと同じで妖怪やらの裏事情は知らねぇんだ。
「あはは。おばあちゃん、だから私は鳥姫の巫女で、鳥姫様は神様のほうだから」
瑠梨ははっきりと訂正した。地元の年寄りでもたまにやる間違いだし、単なる略称のつもりかも知れねぇが、瑠梨的には大違いだ。いちいち怒りゃあしねぇが、ここは譲れないそうだ。宗教の信者を神様扱いしてる訳だからな。相手によっちゃ戦争が起こる。
「そうかい。悪いね、祭りの時に神様降ろすもんだからつい混ざっちまうんだわ…それで」
「うん。僚勇会で設備点検とかがあるみたいで」
「やっぱりかい……てことは、アンタもかい?」
「ああ、そうだぜ」
俺が答えると、ばーちゃんが溜息を吐く。
「アンタの方は森の中まで入るんだろ?」
「ああ」
「ったくウチの猟友会ってのは、こんなガキにまで無茶させてロクなもんじゃ無いよ全く」
ばぁちゃんは俺から目線を外し、カウンターの左側、俺達と反対の壁の方に目をやる。
「そんなこと………言うもんじゃねぇだろ」
本来なら怒るところだったが、相手が悪い。俺は言葉を抑えた。
ばぁちゃんはもう一度こっちに向き直る。
「アタシがとやかく言うことじゃ無いけどね、親はアンタを熊だの虫だのの餌にする為に育ててんじゃないんだからね。そんだけは覚えとくんだよ」
そしてそれだけ言うと、また壁の方を向いちまった。目線の先にあるのはまだ新しいカラー写真だ。
「わぁってるよ。俺が食われるとしたら『熊』の腹を中から掻っ捌いて出る用意がある時だけだ」
「私も…もう悪いことが起きないように頑張ってお勤めさせてもらいますから」
ばぁちゃんは応えなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます