1-6「店」
佐藤商店は築数十年の家の一階を改装して造られた店だ。俺が物心付いた頃にはもう殆ど今と同じに営業していた。
家は二階建ての木造家屋で面積は結構広く、改装前は十人は余裕で暮らせるほどだったらしい。
流石に古めかしいが、何度も手直しされていてボロい印象は受けない。窓や引きガラス戸のレールなんかもきっちり掃除されている。
真冬だけあって、店頭のアイスケースの中身は殆どが冷凍の惣菜やら魚ばかりだが、右の手前にアイスの何種類かが二・三個ずつだけ入っている。
「んー。どれにしようかな?」
瑠梨はケースの水滴を手袋で拭い、上から品定めをする。そうしてからケースを開けてアイスを一つ取り出した。
「はる君はどれにする?」
「……いらねぇよ!?」
繰り返すが今は真冬、しかもほぼ夜だ。アイスなんて奢られたっていらねぇ。どうしても食えってんなら金を貰いたいところだ。
「ばんはー」
「こんばんわ」
「いらっしゃい。ああ、アンタたちかい」
木製のカウンターで座っている佐藤のばあちゃんが一瞬顔を上げてすぐに戻した。
俺は石油ストーブの暖気を逃さねぇように素早く扉を閉める。
佐藤商店は駄菓子屋とは言ったが、実際はもっと色々と売っている。
元々広かった玄関と土間を拡張した売り場は畳十畳分はあるが、駄菓子の売り場面積はその半分もない。
菓子以には例えば、入ってすぐの辺りには雪かき用のスコップや手袋にカイロなんかの冬物が、青い金属の回転什器に陳列されている。
他にも玩具やらゲーム、トレカ、日用品、電子マネー、後は根菜やら缶詰だの保存の利く食品と、ともかく色々だ。
数は少ないが、需要の多い牛乳やパン、旬の野菜辺りの生鮮系も常備してある。
風科にはコンビニは街寄りのほうに一軒しかねぇから、その代わりみたいなもんだ。もっとも、こういうよろず屋的な売場作りはここに限ったことじゃねぇけどな。
俺はカウンターの横のケースにある肉まんとコーンスープ缶、瑠梨はアイスとホットコーヒーを買って、店内の畳に腰を下ろし、土間の方へ足を伸ばす。
休憩スペースは売り場と同じく十畳ほどの畳張りで、更に奥には台所や風呂とかの生活スペースがある。 3つのスペースは大体同じ十畳程度の広さらしい。今はどうかよく分からねぇが、昔は大層な金持ちだったのかも知れねぇな。その辺の突っ込んだ話は聞いてみたことはねぇ。
「よっしゃ!俺の勝ち」
「あーっ!もう一回!」
「次は俺だろ?」
俺たちの後ろにはもう暗いってのにガキ共がまだ8人もいた。ゲーム機やらカードゲームで遊んでいる。ちょっとやかましいがいつものことだ。
風科に何軒かある駄菓子屋の中で、ここが一番人気なのはアレのおかげだ。ここに置いてあるゲームや玩具を予約制で貸し出してるんだ。
ここでいうゲームはゲーセンにあるような金やコインを入れるのじゃあない。
テレビに繋いだ家庭用の据え置き機や携帯機だ。無線回線まで通っている。
ハードはメジャーな機種からマイナーなのまで二十種類はあるし、ソフトは更にその十倍はある。
他にもトレカのプレイマットも十種類以上、カルタやすごろく、将棋にチェスやリバーシ……ともかく非電源系も山ほどだ。
俺もたまにそっち目当てでも来るが、流石に今日は止めとく。
今は夜に備えて体力温存だ。俺は肉まんにかぶり付いた。表面は水気で少しふやけてるが、中身は温かくて上手い。ちゃんと肉を食ってる感じがある。下手なコンビニのより旨い。 ばあちゃん曰く蒸し方にコツがあるらしいが、何時言いても教えちゃくれなかった。
一口食い終えてから隣の瑠梨を見るとアイスを袋から出したところだった。ただでさえ寒ぃのによりによって青いソーダ味だ!寒々しい。
俺は無意識にぶるっと震えた。
「ん?少しいる?」
俺の目線に気付いた瑠梨が恐ろしいことをほざく。氷柱じみた青いのを俺に向けてきやがった。いくら中が少し暑いくらいだからって要らねぇよ!
「欲しくて見てたんじゃねぇよ……お前こそ食うか?」
「んー。じゃあ、ひと切れだけもらっていい?」
そう言いながらも瑠梨はまずはアイスを旨そうにパクりとやった。見てるこっちは寒くてかなわねぇ。そして半分ほど食い終わると瑠梨はコーヒーを一口飲んだ。
「ふぅ……」
「もう食うか?」
「うん」
瑠梨の口が空くのを待ってから、取っておいてやった一切れを瑠梨の前に持っていく。一切れつっても四分の一はあるぞ。30円分だ。貸しにはしねぇでおいてやる。
「はる君、あーん」
「ほらよ」
瑠梨が開けた口にそのまま入れてやる。瑠梨は美味そうに頬張った。
「あ!春夏と瑠梨ねーちゃん間接キスだ!」
「マジだ!」
「エロい!」
……後ろのガキが絡んできやがった。一人目がはしゃぐと他のも騒ぎやがる。俺は元凶の頭をはたいた。
「下の名前で呼ぶなっつってんだろ!」
「痛って!」
いけね。本題はこっちじゃねぇわ。
「ちゃんと千切ってやったよ!」
「痛ってえ!?」
ガキが二度叩かれた頭を抑えて恨めしげにこっちを見てくる。
「 お前、今ちゃんとその辺のところ見てただろうがよ……分かってんだぞ」
「後ろに目でもついてんのかよ……クワガタオバケ」
「似たようなもんだな。参ったか」
「はる君、やめなよ」
「そーだそーだ!」
ガキ共が瑠梨の後ろに隠れて抗議する。ったくロクでもねぇ色ガキだ…。
「君達もだよ。嫌がるの分かってるしょ」
「……はーい」
瑠梨は振り向いてガキ共を叱りつける。
そうだ。そっちが先だろ。全く、嫌な呼び方しやがる。
……ああ、そうだ
ハルカの時点で女っぽくて嫌になるのに、こともあろうに春夏ってなんだよ。
普通この音なら「遥」の字を使うだろ。いっそこれ一文字でも良いだろ。
生命力に溢れた春や夏をイメージしたんだそーだが、まんま過ぎるだろうがよ。なんかもっと……捻れよ!
アダ名の「ハル」くらいがまあ許容範囲だな。それも付き合いの浅い奴に呼ばれるとイラッと来るけどな。
そこへいくと会長はどうだ。あの人は普段、目上以外は誰のことも下の名前で呼ぶ。それを俺のことだけは例外的に名字で呼んでくれるんだぜ。 俺が頼んだわけでもないのに、俺の気持ちを察して自主的にだぞ。全く人間が出来てる。
……いやまあ正直、疎外感?……を感じねぇでもねぇけどな。
会長にだけなら別に春夏でも……?いや、でもな……。せめてアダ名?
くそ!迷う……!
「あんた達、静かにしとくれよ。今いいとこなんだから」
俺の脳内で繰り広げられていた会長ボイスのシミュレーションは、佐藤のばぁちゃんの面倒そうな声で中断された。
今いいとこだったのは、こっちもだってのに!
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