1-1「路」
冬の朝。天気は薄曇り。風は突き刺すように寒い。
俺は片桐。高校生だ。下の名前は……まあ気にすんな。あと二ヶ月ちょっとで二年生になる16歳だ。
住んでるのは風科(かざしな)。内陸の県の奥にある森だらけの田舎だ。俺にとっちゃ悪ぃ所じゃねぇが、客観的に見たら遊ぶ所や観光名所は少ねぇだろうな。
数少ない名所の一つが今俺が入り口に立っている鳥姫神社だが、ここも祭り以外は地元の奴しか殆ど来ねぇ。ゲーセンだのカラオケ店だのはバスで30分の市街まで行かなきゃ無ぇ。レジャー施設なら乗馬クラブやゴルフ場やらがあるが、当然おっさん向けだ。森で遊ぼうにも完全な雪解けには5月まではかかるし……奥の方は危ねぇ。
まあ、森の中じゃなきゃ電波が入るからスマホでもネットは出来るし、質と規模に拘らなきゃそれなりに楽しめるところはある。そもそも街行きのバスも割りと本数があるから、人口3000人規模の田舎としちゃあマシなほうかもな。
「はる君、お待たせ~」
「おう」
鳥居の向こう側から、制服に着替えた俺の幼馴染…
「今朝もありがとうね」
俺は毎朝4時に起きて瑠梨を起こす。それから俺は仲間のクワガタの世話やらを、瑠梨は掃除や朝の礼拝をやる。それぞれ飯を食ってから、こうして神社前で待ち合わせて6時45分のバスに乗る。神社の娘が自力で起きれねぇのはどうかと思うが、別の仕事もあるのに忙しい神事も殆ど毎朝やれてるだけでも大したもんだろうぜ。
コレが俺たちの朝の流れだが、例外も多い。俺の朝飯に限ってもクワガタの所や学校で食ったり、手伝いついでに瑠梨の家で御馳走になる場合もある。
それでもバスの時間は基本この時間だ。単に登校するだけなら2・3本遅くてもいいが、月水金の朝と夕方にあ生徒会の会議がある。火木はゆっくりでも良いんだが、コロコロ変えるのも面倒なんで、同じ時間にしてる。
――――――
時刻通りにバスが来る。毎日正確で助かる。朝と夕方なら1時間に2・3本あるのは田舎でもマシな方だと聞くが、それでも乗り損ねちまったら面倒だ。滅多に混む道じゃねぇから遅れるほうが難しいだろうけどな。
俺たちはバスの中央から乗り込み、運転手に軽く挨拶をしてから後ろに進む。一番後ろの一つ前、右側の二人掛けの席に座る。俺が窓側、瑠梨が隣だ。ここが俺たちの定位置だ。先客に取られてることは滅多にねぇ。せいぜい年に1・2回あるかどうかだ。
バスが走り始めて数分、瑠梨が話し掛けてきた。始発から2本目のバスだけあって、俺たち以外の客は前のほうに2人しかいねぇが、一応抑え気味の声だ。
「ところではる君。今朝は節分の話だっけ?」
「だな。あとバレンタインと雛祭りと卒業式と……改めて考えると卒業式以外は高校でやるイベントじゃねぇなコレ」
「良いんじゃない?中学の子もいるんだし」
「…いや中学でもどうなんだ?」
俺たちの学校、風見学園は田舎の割に結構大きい。小中高一貫なのと、俺らが生まれるちょい前からの統廃合の結果だ。生徒会や部活、イベントは中高合同でやってる。流石に初等部は別だが、そこのガキ共ともそこそこ交流はある。
そして風科よりはマシとは言え、市街のほうも娯楽が少ないことに変わりはねぇ。そのせいかは分からねぇが独特なイベントが多い。生徒には好評だが、運営するこっちは大変だ。
「ところで、はる君はバレンタイン……どうするの?」
「どうって?」
「…誰かに告白するの?」
「…ねぇよ。あんなセコいのやってられっかよ…」
バレンタインイベントは、直接手紙やらチョコを渡せねぇ奴らのために、代わりに配達してやろうっていうキューピッド的な奴だ。
正直そんくらい自分でやれと思う。
「ええ…?真面目にやろうよ…」
「いやコクるほうな…仕事はやんよ…」
「なら良いけど、セコいは言い過ぎじゃない?きっかけとか後押しが必要な人だっているよ」
「そうかもしんねぇけどなぁ…」
過去数年の実績があるイベントだし止めろとは言わねぇが、どうにもダルい。
「お前こそ断り方考えとけよ」
「…何の話?」
マジかコイツ。
「いやバレンタインの話だろうが…お前ぜってぇコクられるだろ」
「そんなことないよ。断り方なんて用意してたら自意識過剰みたいだよ」
「いやコクられるって、神社の巫女で仮にもアイドルの端くれで…」
あと意外に色々デケェし……と口にはしなかったが、瑠梨は腕で胸を庇いながらむくれて横を向きやがった。目線に気付かれたか。
「端くれ…まあそうだけどね」
振り向き気味に複雑な表情でこっちを見てきた。
コイツは実はローカルアイドルなんてのもやってる。アイドル4人と社員2人の事務所で、仕事も多くて週2・3回。忙しい本業や学校に障らねぇ程度なのは結構だが、これが稼ぎ頭のスケジュールだって話だから事務所の経営が心配になる。まあ、これ以上は瑠梨が倒れちまうから、他の3人に頑張ってもらいたいところだ。
「でも私がアイドルしてるなんて知らない人も多いだろうし、絶対誰も来ないと思うよ…おっと」
よろけてきた瑠梨の腰を片手で支えてやる。バスがヒサゴ橋に入ったんだ。ここは道路が螺旋状に六周ほどループしていて、慣れてても左回りの遠心力が結構くる。
「ありがと」
「気を付けろよ。そろそろ新人も入る時期だろうし」
「うん」
今日の運転手はベテランだが、それでもうっかり寝こけようもんなら頭をぶつけることはあるし、新人の運転だと結構怖い。シートベルトが欲しくなるが、俺の知る限りで危ねぇのはこの橋だけだから導入されるこたぁねぇだろう。
ここまで神社から10分。橋の最後の1周で遠目に市街が見える。東京なんかと比べれば高層ビルは殆どねぇが、緑の量がぐっと減って建物だらけなのがヒサゴ橋からでも分かる。ここから田畑地帯を10分走って市街に入り、更に10分走り、合計30分ほどで学校の前に着く。
中高等部と初等部の4階建ての校舎が2つ、それぞれのグラウンドとプールに部活塔なんかがある。ヘタな都会の学校より大きいだろう。中高合わせて500人弱、初等部がそれより少し少なく、合わせてギリで1000人に届かないくらいだ。
グラウンドでは運動部が寒さに震えながら走り込み、部活塔からは吹奏楽部の音合わせが聞こえる。
再び運転手に声を掛けて、前にある出口から俺が先に出る。続いて瑠梨も降りる。
「ねぇ。はる君。さっきの話だけど」
歩きながら話し掛けてきた。
「さっき…?どの話だ」
「バレンタインの話」
「それならやらねぇって言っただろ?」
「そうじゃなくてね……」
「ん?なんだよ」
瑠梨が露骨に目線を逸した。コイツがこうも言い淀むのは珍しい。校門の近くまで来たってのに立ち止まってやがる。
「もし私が誰かに告白されたら……どうする?」
それを俺に聞いてどうしようってんだ。お前は……。
「そいつに、ご愁傷さまとでも言ってやるよ」
「……なにそれ?」
瑠梨は呆れと疑問が混ざったような声で言った。
「どういう意味?」
「どうもこうもねぇだろ?くだらねぇこと言ってねぇで行くぞ」
俺は呆れた表情を作ってそう返すと、早足で校舎に向かった。
「あ、待ってよ」
俺は構わずに早足を続けた。別に振り切る気はねぇ。行く先は同じだ。それでも走らなきゃ追いつかれねぇ程度には急いだ。正直、続けたい話題じゃねぇからな。
実際、ご愁傷さまとしか言いようがねぇんだ。その理由は……悪いがここまでにしとく。仮にもコイツはアイドルで巫女だからな。
玄関まで30メートルほど手前、グラウンドの角辺りで止まってやると、不機嫌そうな表情の瑠梨が早足で追いついてきた。瑠梨も朝っぱらから走りたくはなかったんだろう。目立つしな。
「はる君……」
「行くぞ?」
「……うん」
瑠梨はまだ何か言いたげだったが、俺に話を続ける気がないのを察してか、黙って俺と並んで歩き出した。
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