ジャングル・レーヌ 6
大樹の
ひっそりと佇む花の
「――」
止めどなく雨が、森に広がる葉を叩く。
そのリズムはまるで音楽のよう。
「……」
枝の上で、鳥たちがじっと寄り添っています。
岩を覆う苔の上で
匂い立つ腐葉土の、朽ち果てる感触が肌に触れます。
「……すごい」
大地の息吹を感じる。
立ち込める【霧】が、教えてくれる。
「森って、生きてるんだ……」
ぐしゃっ。
「エナさん!」
「よっしゃあああ!!」
エナさんが瞬時に振り返り、なにも無いように見える空間に火弾を放ちます。
すると次の瞬間。
ボアァ!!!
「!?」
炎が弾け、腕で体を守る体勢で固まるアンスリウムが現れました。
急激な周囲の変化に光学迷彩が追いつけず、姿が露わになったのです。
「やった!」
「おお! 良いじゃねえか新入り!」
歓喜する我々を尻目に、アンスリウムは苦々しく表情を歪めていました。
「一体どうして……」
アンスリウムが再び姿を消します。
ですがもう慌てません。
『三時の方向、木の幹の左側面、地表から6メートル!』
『了解ッ』
火弾の連撃!
エナさんがフックのように拳を振るうと、彼女の燃える拳から炎が3発飛び出していきました。それは私の指示通りの場所に吸い込まれ――。
パァン!!
「ぁぐ!?」
アンスリウムを再び捉えたのでした。
今度は炎を防ぎ切れなかったらしく、アンスリウムの前髪が焦げ付いています。
「くっ……!」
アンスリウムは素早い動きで身を隠します。
ですが、今の私には通じません。
『11時方向の地表!』
右拳の炎を燃え上がらせた後、エナさんは素早く横方向へ振り抜きました。
「【
それは言葉の通り、弓状の炎の
アンスリウムが隠れている大木に、炎刃が迫ります。
ジジッ――ズバァァァッ!!!
「んなッ!」
危機を察したアンスリウムが飛び出します。
そしてその直後、炎刃が木の幹を焼き斬り、木が傾斜し始めたのです。
「うはは、こりゃいい。これならネズミをいくらでもあぶり出せ……るッ!」
木が倒れます。木が地面にぶつかった衝撃で、枝葉に付着していた水滴が飛び散り、濃い水煙を生み出します。エナさんはそれに乗じて、まさにあぶり出されたアンスリウムに迫ります。
「おぉッ!!」
「う――ああっ!」
ガキィン!!
拳と鉄が衝突します。
先ほどとは打って変わり、エナさんは余裕の笑みを、アンスリウムは歯を剥く険しい表情を浮かべていました。
互いが互いを吹き飛ばすように、2人は距離を取ります。エナさんは地面に足を引き摺る跡を残しながら、アンスリウムはくるりと一回転して勢いを殺してから着地しました。
「まさか……この霧……」
「ああそうだ」
エナさんが背後の私を親指で指図します。
「うちの新入り、なかなか有能みたいだぜ?」
また新入りって……もうツっこむ気力も湧きません。
アンスリウムがエナさんから視線を外し、私をじっと眼差します。
見ているところが手に取るようにわかりました。すなわち顔、右腕の無い肩、そして――左腕にある水精の精霊刻。
「この一帯を、私の制御下にある水で作り出した霧で覆いました。どこに隠れようと、姿を消そうと、あなたの行動は全て把握することができます」
私は祈りながら声を張ります。
どうか、これで戦いが終わってください。
「投降してください。これ以上の戦いは、あなたに良くない結果をもたらすでしょう」
幸いにもアンスリウムは、グラフィアスとは違ってまだ正気を保っています。圧倒的に不利な状況であれば、無理に戦うのは非合理的だと分かるはずです。
その、はずなのに。
「伏せろ!」
ガゴォン!!!!
「――キャア!?」
気が付けば、アンスリウムが私の隣に迫っていました。
エナさんが防いでくれなかったら、私は左腕――精霊刻を失っていたでしょう。アンスリウムの手から伸びる鉄の爪に刈り取られて。
「あなたの力はやっかい」
アンスリウムはそう囁くと、すぐに頭上へ飛び上がりました。
「あなたを先に壊す」
アンスリウムが何かを投げ放ちます。が、それはエナさんが炎で全て撃ち落としました。黒く塗られた、柄の無い短剣の刀身のような刃物が地面に落ちました。それは期待が裏切られたことを意味していました。
「――なっ、なんでですか! どうしてやめられる戦いをやめないんですか!」
「もうあきらめろ新入り」
エナさんが淡々とこぼします。アンスリウムからは視線を外しませんでした。
「どんなメトロノームを組み込まれた知らないが、あいつはもう戦いをやめられないらしい」
トンッ。
エナさんが飛び出します。彼女は無駄の無い極めて美しいフォームで、アンスリウムへ回し蹴りをお見舞いします。しかしさすがに防がれました。
「
「逆だ逆。お前がオレの邪魔してんだよバーカ」
返した足で、エナさんが蹴りを放ちます。ですが、今度はするりとよけられてしまいました。アンスリウムは再び姿を消しました。
「新入り! どこに行った!?」
「ちょっと待ってください! うわっ、速い!」
アンスリウムは次々と森の中を移動し、不規則な動きを繰り返します。エナさんに指示を出す隙がありません!
「全てを捉えられてしまうなら――」
背後!
「分かっていても反応できない速度で迫ればいい」
「くうっ!」
とっさに私は、足元に蓄えていた水を炸裂させ、自分ごとアンスリウムを吹き飛ばしました。背中に衝撃を受けて吹き飛んだあと、私は地面にぶつかりました。アンスリウムはずぶ濡れになりながら、樹木の枝に着地しました。
「……名前を訊きたい」
アンスリウムは私を見下ろしながら尋ねました。
「せせらぎです。どこかの誰かさんは未だに覚えてないみたいですけど」
「せせらぎ……」
彼女はそうつぶやくと、瞳の中の光を少し泳がせました。なにか電磁的な処理を行ったのでしょう。
「覚えておく」
カシャン。
彼女は手から鉄爪を伸ばし、静かに告げました。
「
戦いは、まだ終わりそうにありませんでした。
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