ジャングル・レーヌ 5
あれ……? わたし……、
「おい新入り! しっかりしろ! おい!!」
どう、したんだっけ……?
「くそ、こいつ案外重いな……」
エナ……さん……?
またなにか……失礼なことを……。
反論したい……でも、声がでない……。
景色もぼやけていて、何だかぐらぐらしてる……。
「うわ!」
そんな声の直後、私の身体は衝撃を受けました。まるで背中に何かがぶつかったかのようです。
その拍子に朦朧としていた意識が冴え、ようやく現実に立ち戻ります。
「……?」
にじんでいた視界が徐々に澄んでいきます。
重なり合う葉の隙間から雨が降って、私の頬を叩きました。
柔らかな大地の感触と、その間に混じる木の根のゴツゴツした感触に気付いた時、自分が地面に寝転がっているのだと気が付きました。
「新入り! 大丈夫か!」
エナさんが私のことを見下ろします。
「エ、エナ……さん? また……新入りって」
「悪い、コケちまった。今起してやる」
「じ、自分で起き上がれますって」
私は少しだけ体を起こしたあと、右腕を地面につきました。
すかッ。
「あうっ」
いいえ、つこうとしただけでした。右腕は地面を捉えることなく、私は再び地面に倒れました。地面に肩がぶつかり、顔に泥が飛びます。
「あれ、なんで……?」
その時ようやく、私は気が付きました。
「え?」
自分の右腕が、無くなっていることに。
「……え!? なんで! なんで!? 腕……!? 私の腕は!??」
「落ち着け新入り!」
「どうして!? い、痛い! 痛い!! どこ! 私の腕!? 早く探さないと!」
「痛覚はとっとと切れ! 腕は消し飛んだ! アンスリウムの赤道砲に当たったんだ!」
「そんな……なんでこんな……! いやあああぁっ!」
いくら右腕を動かそうとしても動きません。当然です。肩より先が無いのです。
付け根の駆動部も吹き飛んでいるのか、ウンともスンともいいません。
むき出しの配線、折れた内部フレーム、千切れた応撃シリコン、どれも焦げ付いていて真っ黒です。変なにおいもします。
「落ち着け!」
エナさんが私の顔を両手で包みます。二人で真っ直ぐ見つめ合う形になりました。エナさんの緋色の瞳が美しいです。その時に気が付きましたが、エナさんもすでに傷だらけでした。
「オレたちは人間じゃない! 腕は吹き飛んでもあとから修理できる! だから今を生き残ることに集中しろ! あと早く痛覚切れ!」
「あ……あ……あぁ……っ」
エナさんに言われるがまま、何とか腕の感覚を遮断します。
「はっ……はあっ……エ、エナさん……!」
泣きそうです。声も震えていました。
「大丈夫だ」
エナさんはニッと不敵に笑います。
「お前はオレが守る」
エナさんの緋色の瞳、その奥に、私は煌々とゆらめく炎を見ました。
それは力強く、しかし手をかざしたくなるような暖かな炎でした。
顔に触れるエナさんの手も、温かく、柔らかで……。
「落ち着いたか?」
「は、はい……」
「よし、立て」
エナさんが立ち上がって、手を差し伸べます。私は右手を伸ばそうとして、すぐに左手に切り替えました。強い力で体が引き上げられ、一瞬体が浮き上がります。
「ふぅ、お前を抱えて走ったら疲れたぜ。案外重いんだな新入り」
「う゛っ……か、帰ったらダイエットします」
「いや、ダイエットとかできねーからなオレら……」
「そ、それで、状況は!?」
周囲を見回します。
相変わらず森の中でした。高木が茂っていて、低木の密度も濃く、視界が悪いです。雨も相変わらず降り続いていて、これはどうやらスコールではなさそうです。
それから……。
「湖はどっちですか?」
「わからねぇ。逃げ回ってるうちに場所を見失った。GPSも電波もねぇ」
「つまり……私たちは遭難していると」
「そういうことだ」
私のせいでした。
私が赤道砲を回避できていれば、私は気を失うこともなく、エナさんに劣勢を強いることもなかったのに。
「すみません……」
「帰ったら何かおごれよ」
「帰ったら……」
そうだ。いまはそのことを考えよう。
必ず生きて帰るんだ。
「どうしてアンスリウムは、私のことを狙ったんでしょう。エナさんに執着しているように見えましたけど……」
「お前を狙えばオレが庇うと思ったんだろ。フツーに間に合わなかったけどな。あいつが目測を誤ったのか、オレが想像以上に鈍っているのか」
ボゥ!
エナさんの拳が発火します。
「だが、あれでオレもキレちまったぜ」
見る見るうちに炎の温度が上がっていきます。ほとんど白に近いオレンジ色の炎になりました。
「もう二度と、オレと同じ戦場に立つ仲間を死なせたりしない。誓ったんだ、姉さんが死んだあの日にな」
エナさんはやる気満々です。今でもまだアンスリウムを撃破する気でいます。
「逃げるのはここまでだ。お前も起きたしな」
「す、すみません」
「戦えるか?」
腕は片腕になってしまったけど、精霊刻は無事です。能力はまだ使えます。
「でも水が……あ、そうだ」
頭上を見上げます。
降り注ぐ雨、雨にしては大粒に滴る水。これらはいったいどこから来るのか。
ドザザザザザザッ!!!!
「うわっ!? 雨が急に!」
「よし」
木の枝葉に溜まった雨水をかき集めました。
するとどうでしょう。大きめの浴槽くらいの水を得ることができました。
「バケツひっくり返したみたいだったな……まぁいい、それだけズブ濡れならオレの火で燃えることもないだろ」
「はい、たっぷり濡れてます」
「じゃ、残りの問題は……」
エナさんが森の奥を見渡す仕草を見せます。もちろん見渡すことはできません。
「アンスリウムを見つける方法だ」
「いつまでも狙われてばかりではジリ貧ですからね」
「そこで一つ提案だ。あいつの隠れる場所を無くすために、この森を焼き払おう」
「さ、さすがにそれはやりすぎでは……」
考え方が脳筋過ぎです。
「なんだよ! じゃあ他に何かあるのかよ!」
「いきなりキレないでくださいよ! ていうか熱い! ずぶ濡れでも熱い! あんまり近づかないでください!」
「何だと!?」
炎の温度はとんでもなく高いです。少し近づいただけでも、せっかく集めた水が蒸発していってしまいそうでした。
「……え? 蒸発?」
蒸発。
その言葉が、私の思考回路の曲がり角に引っ掛かりました。
「は? 蒸発?」
「……」
エナさんが首をかしげている間に、私はその引っ掛かりの理由を探りました。
一体何が……。
「……あ」
視界の通らない森。
複雑な地形。
水。
蒸発。
ドアの裏側を水で探ったこと。
水の上を通り過ぎる船の感触。
「エナさん」
「ん?」
「試したいことがあります。協力してもらえますか?」
右腕が無く、火災斧も失くしてしまった今、私の武器は水しかない。
最大限に活かすんだ。
「アンスリウムの動き、捉えられるかもしれません」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます