ジャングル・レーヌ 7
『撃ち落とせ!』
『はい!』
木の上に立っていたアンスリウムめがけて、
『そのまま続けろ!』
エナさんが姿勢を低くしたかと思うと、右拳の炎を燃え上がらせ――ボォッ!! 空中に向かって火弾を放ちました。するとそこに、私の水球を避けようとしたアンスリウムが滑り込んできたのです!
「!」
「やった!」
捉えた。そう思った矢先です。
ビタッ、とアンスリウムが静止し、そのまま私の方へ、弧を描くように落下してきたのです。
一体どうやって!?
そんな風に私が驚いている間にも、アンスリウムの大鎌が私に迫ります。
「うらぁっ!」
鎌が私に届く直前、横合いからの衝撃でアンスリウムは吹き飛ばされていきました。エナさんが飛び蹴りしたようです。
『あ……わ、ワイヤーです! アンスリウムは体からワイヤーを射出して、空中で不規則に動いています!』
よく探すと、真新しい傷が木にいくつも付いていました。ワイヤーを突き刺した跡に違いありませんでした。アンスリウムの挙動にまぎれて、ワイヤーまで捉えきれていませんでした。
『カンフー映画かよ、面倒くせぇ!』
エナさんが悪態ついてるうちに、アンスリウムが再び動きます。額の角に小さな稲妻が走ります。
(赤道砲!)
彼女の視線から射線を予測して、光線が放たれる前に回避行動を始めます。
「「!」」
ズバアアアアッ!!!!
私を撃ち抜く軌道を示した赤道砲は、私が回避したことで森の奥に着弾しました。あの巨大な熱が密林を焦がします。炸裂した炎がまぶしく、視野の明るさ調節が一拍遅れました。
『エナさん! 必殺技とか無いんですか!? 赤道砲を相殺できるやつ!』
『無ぇよ! オレはそういう風に作られてねぇんだよ!』
赤道砲がまだ消え切らないうちに、エナさんはアンスリウムとの距離を詰めます。
『赤道砲のインターバルは40秒だ! 専用のボディになってないアンスリウムはもっと時間がかかるはずだ! 今のうちに攻め立る!』
ギュっ! と、アンスリウムの足の間に自分の足を差し込むほど、エナさんは大きく踏み込みました。そしてそのまま――アッパーカット! もちろん炎を纏っています。
アンスリウムはアッパーを回避するように飛び上がります。そのまま空中で半回転して、器用にも、右手の鎌でエナさんの拳を足場に見立て、加えて腕の曲げ伸ばしでさらに飛び上がります。体を丸めて回転速度を上げると、足を伸ばしてかかと落としを放ちました。靴底からは後方に向かって鋭い刃物が伸びていました。
「いっ!?」
バキン!
エナさんの肩にかかと落としが刺さります。鉄が切断される音がしました。エナさんの骨格がダメージを受けた証拠です。
『エナさん!』
『騒ぐな!』
「捕まえたぞ、アンスリウム」
「!」
エナさんは肩に置かれたままだったアンスリウムの足を捕まえ、そのまま拳の炎を燃え上がらせました。アンスリウムの足を焼き切るつもりです。
エナさんの狙いに気が付いたアンスリウムは右手の鎌を振り上げます。
「させません! 【ハイドラリック・――」
近くにあったタイヤくらいのサイズの石を水で包み、水圧をかけて発射します。
「――プレスキャノン】!」
豪速で岩が飛び出します。狙いはもちろんアンスリウムです。アンスリウムはこれを、パキンッ! 右手の鎌で真っ二つに切断したのです。鎌と岩の接触の瞬間、微かに火花が散りました。
「そんなッ!?」
私が驚いている隙に、アンスリウムは再び鎌をエナさんに向けます。
「ちィッ!」
さすがにまずいと思ったのか、エナさんはアンスリウムを解放します。
エナさんは後退し、アンスリウムはワイヤーを使って木の幹に着地しました。彼女の足は焦げ付いてこそいましたが、機能不全には陥っていないようでした。
彼女はそのまま両手からナイフを投げ放って……違う! 右!!
避けきれない!
「きゃあ!!?」
「!? 新入り!?」
横合いからの攻撃で吹き飛ばされていました。
エナさんはきっと、何が起こったのか分かっていないでしょう。エナさんを挟んだ位置で、私はアンスリウムと対峙していたのですから、なおさら。
「! ワイヤーで岩をぶん投げたのか!」
その通りです。
アンスリウムはナイフを投げると同時にワイヤーを射出。私の側方にあった岩に結び付け、それを放り投げたのです。その動作を感知こそできましたが、回避が間に合いませんでした。
視界が揺れます。地面で何度かバウンドして倒れたせいか、背中や足が痛いです。視界の隅で表示が瞬き、エラーや負荷を知らせます。
『大丈夫か!?』
エナさんがアンスリウムに背を向けて、こちらに駆け寄ってきます。
いけない!
『だ……ダメです、エナさん! 後ろ!』
『えっ』
エナさんのすぐ後ろ。アンスリウムが迫っていました。右手の鎌は鋭く尖り、左手の爪は風を纏ってうなりを上げていました。
エナさんだけなら回避できるかもしれません。
ですが、それをすると私が爪と鎌の餌食になるでしょう。
『この――!』
エナさんは素早く反転、とっさに彼女の両手首をつかみ、攻撃を防ぎます。
『調子に、乗るな!!』
そこからは圧巻でした。
連撃に次ぐ連撃、縦横無尽、目まぐるしい攻防の連続です。
アンスリウムが右手を振るえば、エナさんが右手で弾き、エナさんが蹴りを放てばアンスリウムも蹴りを返す。少し距離が開いた刹那にアンスリウムが放ったナイフは、エナさんが拳で打ち払う。返す拳で炎弾を放ち、それとほとんど同じような速度で自分もアンスリウムに迫ります。エナさんの攻撃を最小限の動きで回避したかと思えば、曲芸じみたダイナミックな挙動で、アンスリウムは攻撃に転じます。変幻自在の攻撃ですが、しかしエナさんは的確に見切って対応します。
「ここ……だぁ!」
バカンッ!!
「ッ!!」
エナさんの拳がアンスリウムの腹部に刺さり、アンスリウムが吹き飛びました。彼女は何とか地面に着地しましたが、今は片膝をついています。ダメージがあったようです。
ですがそれはエナさんも同じでした。ソックスが裂け、足を覆う応撃シリコンが裂けています。もう少しで内装に損傷を与えていたに違いありません。そうすれば移動にも支障が出るでしょう。全身も細かい傷だらけで、今の一瞬でどれほどの紙一重を繰り返したかわかりません。
「……長期戦は望むところではない」
アンスリウムはつぶやきました。
「終わらせる」
彼女は一気に後退。私たちから大きく距離を取ります。
大木の太枝に佇み、私たちを見下ろしました。
「――【
ドグン。
周囲へ重く、そして深くへ響く波動。
アンスリウムはうっすらとした白い光に包まれました。眼光に緑の色が混じり、頭部からは獣の耳に似た突起が出現します。おそらくは追加のレーダーでした。さらに彼女の全身が軋みを上げ、同時に光り輝くエメラルド色の文様が全身に浮かび上がります。
その姿は、まるで……。
「ジャングル・レーヌ。密林の女王か。確かに、トラかヒョウかって感じの見た目になったな」
そうです。
虎、あるいは豹。いずれにせよ、これ以上ない獰猛な獣!
「見た目だけじゃない」
見た目だけの変化を見れば、明らかにアンスリウムには不利益でした。
発光する目や体は、隠蔽性を著しく低下させます。伏撃に最適化されたアンスリウムの設計思想からは正反対の変質です。
だからこそ分かりました。それは一方で、戦術の根幹である隠蔽性を捨てるほどの力を、ジャングル・レーヌは秘めているのだと。
アンスリウムがこちらを見つめ、ぐぐっと姿勢を低くしました。それは、ネコ科の動物が獲物へ飛び掛かる時のポーズと同じでした。
彼女は静かに宣言します。
「行くぞ」
エナさんと私の緊張は、最高潮に達していました。
「終わらせよう。この戦いを」
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