ジャングル・レーヌ 3

「それで、アンスリウムとはどういう関係なんですか」

「なんだよその浮気を疑う後輩彼女みたいな発言……」

 湖から陸に上がります。

 当然全身ずぶぬれです。スカートの裾を絞るとざばざばと水が滴りました。

「私たちを待っているのは、エナさんのお姉さんだったはずです。ですが実際は違いました。どういうことなんですか」

「それはオレが一番知りてーよ、くそっ」

 エナさんは足元の石ころを蹴り飛ばしてから、濡れた髪をかき上げました。

「……アンスリウムは敵のメトロの一人だった」

 ぽつぽつと語られる回想に、エナさんの瞳は沈んでいきます。

「伏撃に最適化されたメトロで、密林とか入り組んだ市街地がヤツのホームだ……機動力重視の細いフレームで、隠密性の高い暗器を使いこなす。だけど、強襲用に大出力レーザーも搭載されていて、火力もそこそこある……昔は【白日砲はくじつほう】――白色のレーザー光だったのに……なんで……」


 なぜアンスリウムが赤道砲を使えるのか。


 エナさんにとっては、それが一番の問題でした。

 赤道砲の放射には、蜃鬼楼の装備していたレーザー放射装置が第一に必要です。アンスリウムが赤道砲を使用するということは、蜃鬼楼の放射装置を彼女が所持していると推測されます。

 ですが、かつての敵であった彼女が、なぜ?

「だから」


 ボゥ!


 エナさんの両拳が発火します。

 手の甲に刻まれた火精のシンボルが、眩く発光していました。

「事情聴取しなくっちゃな……」

「っ」

 その声の冷たさに、私は背筋を凍らせました。


 殺意。


 話に聞く、あの地獄のような戦場を生き抜いた”本物”が見せる、本物の殺意です。

 喉元にナイフを突きつけられたような、あるいは、自分の周りの地面が突然崩れ去るかのような感覚に、全身が飲まれていきました。

 エナさん……こんなに怖いかただったんだ……。

『エナ、やめなさい。私とダイヤモンドスターが行くまで待つのよ』

『来るな。撃ち落とされるぞ』

『北部から水路で進入するわ』

『馬鹿いうな。日が暮れるぜ。余計あいつに有利になっちまう。今すぐあいつをぶっ壊すしかねーんだよ』

『セラさん、エナを止めて』

「エ、エナさん、引き返しましょう!? 私だったら水の中にトンネルを作って、安全に北西の川伝いに移動できます!」

「赤道砲は多少の水深なら貫通できる」

「!」

「水なんか一瞬で蒸発して、水蒸気爆発で二人ともおさらばだ。オレはごめんだぜそんなの」

「た、対岸! 対岸まで行けば!」

「さっきは湖上にいたのに撃ち落とされた。たぶんだけど、メトロに対しては攻撃ルールが違うんだ」

「!」

「あいつ、どこまでも追ってくるかもしれない。あいつをこのエリアから出して、完全な行方不明にするのは得策じゃない。そうじゃないか、ライカ』

『……なんとかその場から撤退できないの』

『できないね。したくもない』


 と、その瞬間です。


「! 伏せろ!」

「!?」

 エナさんが素早く私の上に覆いかぶさり、私たちは地面に激突します。

 そしてその直後。


 ジジッ――


 バシュウウウウウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥッッ!!!!!


「ぐッ!? ……ああああッ!」

「きゃあああああああああ!?」


 閃光。

 衝撃。

 空気の悲鳴。

 そしてなにより――――熱。


 炎のそれとは比べ物にならない、圧倒的なエネルギーでした。

 大気が瞬時に膨張して衝撃を生み、破裂のような音を上げます。血の色に似た光が空気を突き抜け、水辺を一瞬だけ黄昏時に変えました。あまりの熱量に、湿っていたはずの足元の泥が、乾燥でひび割れています。

 そして遠くにあった川辺の大岩――赤道砲が直撃したのです――は、真っ赤に過熱して、表面がクレーター状に変形していました。私たちは衝撃で吹き飛ばされ、川辺の地面に転がっていました。

(……これが、赤道砲……)

 まだ肌がじりじりと熱を覚えています。焦げた匂いが鼻を撫でました。故障防止のために制限された聴覚の感度は、まだ正常に戻りません。

(蜃鬼楼さんが使ったという、紅蓮の稲妻……!)

 人を殺し、メトロを破壊し、全てを焼き尽くすような力!

「新入り……大丈夫か……」

「だ、だから……新入りってッ……」

「へっ……大丈夫、みたいだな……」 

 エナさんが立ち上がる気配がしたので、私もなんとか立ち上がります。顔や服は泥で汚れていました。

 視界の隅にエラー表示が明滅していました。バランス機能と視界の明度調整機能が一時的に麻痺しています。フレームがダメージを受けたという警告もあります……近くをかすめていっただけなのに。

「よし……新入り急げっ。森の中にいく」

「み、密林がアンスリウムのホームってさっき……」

「開けた場所で一方的に赤道砲を撃たれるよりマシだ!」

 エナさんに促されるまま、私は密林に足を踏み入れました。

 濃い土の匂い、高すぎる湿度、不十分な視界が、CPUに負荷を与えます。密集する草木の全てに、アンスリウムが隠れているような気がしました。

「オレの近くを離れるなよ、新入り」

 エナさんがそんな優しい言葉をくれること自体が、この状況の危険度を一層物語っているように思えました。

「はい……っ」

 腰の火災斧マスターキーを引き抜きます。

 その名の通り、この分厚ぶあつく高い壁を、ぶち壊せることを祈りながら。



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