ジャングル・レーヌ 2

「な、なあ頼むよライカ……」

「ダメよ」

「オレなら姉さんも襲ってこないかもしれないじゃないか。そ、そうすれば戦闘にならなくて済む……」

 エナさんは今朝からずっと、ライカさんにつきまとっています。どうしても北部の森林地帯に行きたいらしく、何度もライカさんの説得を試みていました。

「襲ってきた場合は?」

「その時はオレが止める、止めるからさ……」

「現実問題として、あなた、お姉さんに勝てるの?」

「う……そ、それは……それは何とも言えないが、性能自体はほぼ互角だ」

「互角?」

「あ、いや……そうだ! オレは姉さんの戦術も癖も知ってる! だからたぶん有利に戦え――」

「それは向こうも同じでしょう」

「姉さんがまともだったら、軍人でもない人間を攻撃したりしない! たぶん姉さんはもう、正気を失って……」

「メトロノームに操られるかのように、正気を保ったまま凶行を及んでいる恐れも無くはない。メトロノームの強力さは、メトロあなたたちの方がよくわかっていると思うけれど」

 メトロノームは、特定の行為を禁止するよう設定されるのが通常です。

 しかし設定の仕方によっては、メトロに特定の行動を強要することもできます。例えば「誰一人、永久にこの場所に立ち入らせてはならない」や「壊れるまで戦いをやめてはいけない」などです。終戦直後は、基地を死守するようメトロノームに組み込まれたメトロが、終戦したにも関わらず戦いを止めないといった事態が多く起こりました。彼女たちを圧倒する戦力が必要だったということも、メトロポリスの成立を後押ししました。

「……だとしたら、なおさらだ」

 沈痛な面持ちで、エナさんがこぼします。


「もう姉さんに、人を殺させたくないんだよ……」

 

 普段のエナさんからは想像もできないような、沈んだ声でした。いたたまれない様子で、ライカさんはエナさんから顔を背けました。

「……わかったわ。偵察だけ、許可してあげる」



 そんなこんなで、エナさんと私はヘリの上にいました。

『なんで新入りが……』

『一人じゃ無茶するに決まってるから、見張っておいてとライカさんが』

『彼女もメトロポリスよ。スペック上の戦闘力はエナより上だもの。万が一が起こった場合は頼むわね、セラさん』

『が、がんばります』

『余計なことを……』

 エナさんは言葉少なでした。これから目にするかもしれない光景を想像しているに違いありませんでした。

『特定エリアに侵入しない限り、対象はこちらを攻撃してこないと推定されます』

 目の前に森林地帯の地図が示されます。一部分が赤く塗られていました。赤く塗られた範囲が、蜃鬼楼さんの縄張りといった具合でしょうか。

『地図に示した通り、ダム湖上およびダム湖周辺は範囲外と思われます。よって、湖上から森林地帯を観察してください。可能であれば着陸し、地上の調査もお願いします』

『具体的には?』

『蜃鬼楼の存在を裏付ける何らかの痕跡、被害者の遺品、一時拠点として使用できそうな開けた場所などを重点的に探索してください』

 窓の外。

 北部の森林地帯にやってきました。青々とした樹林が広がっていて、緑がとても濃いです。密林一歩手前というくらいの密度で、草木が茂っているようでした。ところどころ黒ずんでいるのは、連続不審火の跡でした。

 その手前に巨大な湖が見えます。あれが件のダム湖でしょう。くの字型に湾曲した湖周を持っていました。北西に川が連結しており、そこからダム湖に水が流入しているようです。ダム湖と川を境とした北側数キロが、蜃鬼楼さんの縄張りのようです。

『間もなく作戦エリアに到達します』

 そしてちょうどその時。

『……スコールだ』

 私たちの不安を察したかのように、スコールがやってきました。

 雲が低空に立ち込め、強い風雨を運んできたのです。

『作戦、続行可能です。湖上に進入し、低空で飛行します。よろしいですか』

『はい』

『ああ』

 機体の高度が下がっていき、樹頂の十数メートル上くらいの高さで安定しました。それでも湖面には、ヘリのプロペラ風で波紋ができています。

 ハッチを開けます。それと同時に、雨と風が体と顔を叩き、思わず目を細めます。呼吸と共に、湿った空気が体の中に流れ込むのがわかりました。

『……何か見えるか?』

『いいえ、特に、まだ……雨で視界も悪いですし……』

 たくさんの雨粒が、強風で縦横無尽に飛び交っています。景色は白けていて、灰色めいていました。まるでカラーではない古い映像――あるいは、誰かの追憶を見るかのようです。

『ダイヤモンドスター、少し高度を下げてくれ』

 地面が近くなります。雨の匂いが強くなった気がしました。木々の絨毯に視線を注いで、手掛かりを探します。

『ダイヤモンドスター、森の上空には入れないか』

『撃墜の恐れがあります。対応しかねます』

『ライカ。頼む』

『ダメよ』

『じゃあギリギリまで近づいてくれ』

『ライカ、指示を』

 ライカさんは沈黙します。迷っているようです。


 その、ほんのわずかな空白の瞬間。


 視界の隅で、真っ赤な閃光がほとばしったのです。


『なッ!!!』

『きゃあ!!??』

 ヘリに衝撃!

 機体がぐらぐらと揺らぎます。警告音が鳴り響き、赤いランプが明滅します。

『ダイヤモンドスター!!』

『ヘリの損傷を確認。制御不能です』

『何が起こったの!?』

『攻撃を受けた! 繰り返す! 攻撃を受けた! 赤道砲だ!』

『範囲外じゃなかったの!?』

 ヘリがぐるぐると回りながら高度を下げていきます。焦げ臭いにおいと、黒い煙が発生しているのが分かりました。

『飛び降りろ新入り!』

『ええ!?』

『早くしろ! このままじゃヘリの爆発に巻き込まれて絶対死ぬ! オレたちなら身一つで地面にぶつかった方がましだ! できれば水面に落ちろ!』

『そ、そんな!』

『ああもう!!』

 次の瞬間。

 エナさんが私を抱え上げ、そのまま空中に飛び出したのです!

『!』

 その中空の刹那です。

 私はたしかに見たのです。

 閃光の発射地点をズームすると、高い木の枝の上に、人影がたたずんでいたのです。それは細いシルエットで、頭部から尖った角が伸びているのが分かりました。


 ただしそれは、額から一本だけだったのです。


『エナさん!』

『ああ、オレも見えた! ダイヤモンドスター!!』

『画像を解析……――該当、見つかりました』

 ダイヤモンドスターさんが瞬時に相手を特定します。


『メトロ・フォンダリー社製輸出モデル【FGM2076 アンスリウムAnthurium】です。

 伏撃に最適化されたメトロで、音波・赤外線などでの空間走査能力があります。東南エイジア地域を中心に運用され、【密林の女王ジャングル・レーヌ】の異名を持ちます。

 額の一角から照射される大出力レーザー砲にご注意ください。岩石すらも瞬時に熔解させるほどの出力があり、メトロおよびメトロポリスを構成するあらゆる素材を損傷させることができます』

 

『エナ。アンスリウムの撃破は可能かしら』

『……ああ、やってみせる』

『……知り合いのようね』

『ああ、そうだぜ、クソッタレ……』

 エナさんはアンスリウムのことを知っているようでした。

『わかったわ……では、作戦を変更。エナ、セラさん、アンスリウムを撃破して』

『……了解だ』

『いやっ、ちょっとっ、その前に! 落ちる! 死んじゃう! 死んじゃいますぅ!』

『どうしていまさら……アンスリウム……!』

『きゃああああああああああ!!』


 ドッボーン!!

 

 水面に向かって行く泡粒を眺めながら、ひしひしと思いました。

 ああ、やっぱり、メトロポリタンここはとんでもないところだと。

 

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