ジャングル・レーヌ 1
「そんなわけあるか!!!!」
エナさんがダイヤモンドスターさんに詰め寄りました。彼女のスーツの胸倉を器用につかみ上げ、ガン! と壁に押しやります。
「エナ、やめなさい。ダイヤモンドスターにあたっても意味がないわ」
「うるせぇ! こいつがデタラメ言うからだ!」
「エ、エナさん、落ち着いてください!」
こんな時でもダイヤモンドスターさんは、表情一つ変えずに涼しげでした。静かにエナさんへ眼差し、淡々と伝えます。
「私は映像解析の結果を述べているだけです」
「それがデタラメだって言ってんだ!」
「デタラメではありません。事実です。証拠はエナさんも御覧になった通りかと」
「てめぇ……!」
その温度差がますます、エナさんを高ぶらせているようでした。
ことの発端は、北部森林地帯での不審火に関するデータ解析の結果でした。政府当局から解析を依頼され、ダイヤモンドスターさんが対応していたものです。解析が終わり、その報告をみんなで受けていたらこのとおりです。
「ダイヤモンドスター、映像をもう一度見せてくれ」
シャッテンさんが冷静に言います。ソファに足を汲んで腰かけていて余裕げです。サジィさんはその隣にちょこんと座っていました。エナさんの剣幕におびえて、シャッテンさんのスカートの裾を握っています。
「かしこまりました」
エナさんに胸倉をつかまれたまま、彼女は再び問題の映像を再生します。映像はARディスプレイに表示されました。
それは国立公園に属する北部森林地帯を衛星から撮影したものでした。一見何の変哲もなく、何の面白みも無い映像ですが、次の瞬間――。
――パッ。
森の中に一瞬、光が走ったのです。長さにして数百メートルはあるでしょうか。
それは真っ赤で、長大な、まるで紅蓮の稲妻のようでした。
「発光時間は約0.05秒。人間の瞬きよりも短いです。あまりにも短いため、発見が遅れました。そしてこれは、大戦期に活躍したとあるメトロの攻撃に酷似しています」
「というと?」
「【
その名前が聞こえた瞬間、エナさんの歯がギリ、と音を立てます。
「それで、その蜃鬼楼っていうメトロは?」
口を開くな。
エナさんが視線だけでダイヤモンドスターさんに迫ります。しかし彼女にそんなものは通用しません。
「エナさんの姉妹機、すなわち姉にあたります」
「ふざけんな!!」
「エナさん! ストップ!」
私は二人の間に割って入り、ダイヤモンドスターさんに手を上げそうになったエナさんを抑えました。
「離せ新入り!」
「離しません!!」
「セラさん。そのままエナを抑えていて」
ライカさんがダイヤモンドスターさんに続きを促します。エナさんを責めないあたり、エナさんの動揺は無理もないと思っているのでしょう。
「その蜃鬼楼――さん、というメトロはどうなったのかしら?」
「大戦中に行方不明になっています」
中空に等身大のメトロが表示されます。噂の蜃鬼楼さんだと思われます。
身長はエナさんと同じくらい。顔もよく似ています。髪もエナさんと同じ炎のような明るい色をしていました。
エナさんと決定的に違う点といえば――角です。
蜃鬼楼さんの左右の耳の上辺り、髪の毛の中から、2本の角が前方に向かって伸びていました。その蜃”鬼”楼の名の通り――鬼のように。
角は三面で構成されており、単独で取り出した場合は細長い四面体のようになっているのでしょうか。赤銅色で、ギザギザした部分や滑らかな部分、パンチングを施した部分などがあります。一見しては赤銅色のサバイバルナイフのような印象です。
「信号が途絶えた時刻は記録に残っていますが、それ以上はわかりません。戦闘中に撃破されたとしたら、機密保持のために機体は自爆したかと」
「エナ。何か知ってる?」
「姉さんは死んだんだ! そうに決まってる!」
「知らないということね」
「あの大戦を見たことない奴らが好き勝手言うんじゃねぇ!」
「……っ」
間近で聞くエナさんの声はとても怖かったです。エナさんに抱き着くように抑えているので、振動やら音圧やらが全部ダイレクトで伝わってきます。
「最後に姉さんと一緒にいた戦場は、とんでもない地獄だった。隣にいる奴が敵か味方かもわからねぇような大乱戦だったんだ! 姉さんの……姉さんの信号が途絶えたときは……くそっ!」
「ダイヤモンドスター。連中の記録は漁れない? 蜃鬼楼さんを撃破した輩がいるはずよ」
「もう少し探してみます」
「赤道砲の映像は無いのか?」
「再生します」
どこかの演習場でしょうか。だだっ広いむき出しの土と緑の芝のフィールドに、蜃鬼楼さんがたたずんでいます。はるか遠くには標的が設置されていました。
近くにあった信号がレッドからグリーンに変わった時、発射シークエンスが始まりました。といっても、それは5秒にも満たない発射シークエンスでした。
彼女の二本の角の間に光球が生じ、そこから強力なレーザービームが放射されたのです。光は瞬時に的を射抜き、爆発炎上させました。
「この映像は実験段階のものです。実際はもっと早く光線を放射できると推定されます。あるいは、威力に応じて”溜め”が必要なのかもしれません」
映像の中にあった赤道砲は、衛星からの映像に映っていたそれに、確かによく似ていました。そしてそれはおそらく、エナさんが一番よくわかっているのではないでしょうか。
「仕事のようね」
ライカさんが短く、戦闘開始の合図をしました。
「ダイヤモンドスター。今回は二人で行きましょう。できるだけ早く終わらせたい」
「承知しました」
「まっ、待ってくれ!」
エナさんが慌ててライカさんの前に立ちふさがります。暴れることはなくなったようなので、私はおとなしく下がりました。
「オレも連れて――いや、オレが行く! オレだけで行かせてくれ!」
「ダメよ、そんなの。検討にも値しないわ」
「頼むよライカ! ね、姉さんだとしたらオレは……オレは……」
ライカさんはため息を吐きました。
「エナ、あなた、お姉さんを壊せるの?」
エナさんは一瞬フリーズしました。
「えっ……そ、それは……」
「正気を失ってボロボロになったお姉さんを見て、あなたは正気でいられる? ましてそれを壊すなんてこと、できるのかしら。あるいは、正気を失っていないかもしれないのに」
「……で、できる! できるさ! い、いままでだってそうしてきたんだし!」
「お姉さんをそうしてきたわけじゃないでしょう」
「ぅ……ぅ、ぁ……」
エナさんはどんどんトーンダウンしていきます。目の焦点がライカさんに合っていません。ほとんど放心状態です。
「国立公園の職員から行方不明者が出たわ」
「!」
「いままでの火災は、蜃鬼楼の設定している防衛線に踏み込んだ人間を、彼女が赤道砲で攻撃した際に発生したとみて間違いないわ。これまではきっと密猟者とかが襲われていたんでしょうけど、いまはもう、うやむやにできない段階になったわ」
「そ……んな……」
「悪いけどエナ、今回ばかりはあなたが留守番よ。ダイヤモンドスター、作戦を考える。2、3日以内に現地に入るわ」
「承知しました」
ライカさんとダイヤモンドスターさんは、二人で部屋を出ていきました。
そして部屋には、ただ立ち尽くすエナさんと、重苦しい空気に口を開けないメトロ三人が取り残されていました。
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