似て非なるもの
「エナさんっ! どこ行くんですか!」
「ちょっとそこまでだよ! 逃げやしねーよ!」
「そういってさっきも部屋でマンガ読んでたじゃないですか! ちゃんと掃除してください! 後輩にこんなこと言われて恥ずかしくないんですか!?」
「先輩命令だ! 掃除やっといてくれ☆ あばよ!」
「ちょ!? 待ちなさーい!」
「後でやるからなー♪」
そんな感じでエナさんを追いかけまわしていた時、悲劇は起こりました。
「ちょっとあなたたち、うるさ――きゃっ」
「うお!?」
「あ!」
ドンッ!!
廊下の出会い頭で、エナさんとライカさんがぶつかってしまったのです。
そしてさらに悪いコトに、ライカさんが床に手と尻もちをついた瞬間。
パキっ、カンッ、コロン……。
硬くて軽い音がして、床に何かが転がりました。
それは白っぽい金属片で、コースターくらいのサイズで、靴べらのような緩やかな曲線を描いていました。
「あ゛ッ……」
さすがにエナさんの顔も青くなりました。
もちろん私もです。
なぜならそれは、ライカさんの身体のパーツだったのですから。
「あっ、あああっ、すまねぇライカ! ご、ごめっ、……ど――どうしよう!? どうしよう新入り!?」
「わわ、わたしに訊かれても! すすすすみませんライカさん!!」
私たち二人が慌てている間に、ライカさんは静かに立ち上がりました。そして音もなく腰を曲げ、零れ落ちたパーツを拾い上げます。
パーツを眺めた後に、自分の服の袖をめくり、右ひじを確認しました。右ひじの近くの表層部品が外れて、内部機構が丸見えになっていました。配線やらパイプやらです。
「ライカ! 倉庫から接着剤持ってきた! これ使え!」
「いや、そんなのではダメでは……?」
しかしライカさんは接着剤を受け取り、パッケージに目を通しました。
【超強力接着剤! 天下わけ目の関ヶ原さえくっつく!!】
パンッ!
ゴミ箱に投げ捨てられました。
「ダメだった! どうしよう新入り!?」
「余計怒らせるだけですよあんなの!!」
ライカさんは終始無言です。無表情です。とても怖いです。
静かな蒼い瞳が、パーツの外れた個所をじっと見据えます。
「ラ、ライカ、とりあえず見せてくれ。傷は浅い……たぶん」
「傷っていうか……」
いま気にするべきは修復費用の方では……。
そんな心配をよそに、エナさんがライカさんの破損部に触れようとした、
そのときです。
はしっ。
エナさんの手を、誰かの手が捕まえます。
横から伸ばされた腕を辿っていくと。
「ライカの破損は私が看ます」
ダイヤモンドスターさんが、静かに瞳光を揺蕩わせていました。
ライカさんがようやく口を開きます。
「お願いするわ、ダイヤモンドスター」
「はい」
「ダ、ダイヤモンドスター、オレも手伝――」
「ライカは私が看ます」
「ダイヤモンドスターさん、私も――」
「ライカは私が看ます」
……ダイヤモンドスターさん……なんか怒ってる?
「エナ、セラさん」
「「は、はいぃ!」」
二人そろって直立不動になります。
「気にしなくていいわ。一番外れやすいところだから」
「「すみませんでした!!」」
「セラさんは一人になるけど、予定通りの掃除場所の掃除をお願い」
「わ、わかりました!」
「エナ」
「ひゃい!?」
「ダイヤモンドスターの代わりにセキュリティルームで監視業務」
「そ、それだけでいいのか……?」
「ただし明後日の朝まで。その間ダイヤモンドスターに休息させるわ」
「2日徹夜コース! だけどオレ人間じゃないから眠らなくて済むからよかった!」
エナさんはセキュリティルームに走っていきました。
「ライカ、こちらへ」
「ええ」
エスコートされるお姫様のように、ライカさんはダイヤモンドスターさんと一緒に部屋を出ていきました。
掃除を終えて。
やっぱり気になったので整備室に来ちゃいました。
修理の具合はどんな感じでしょうか。
整備室はコンクリートの建屋のほうの一階にあり、ガレージとほぼ一体化しています。奥に行くほど精密な機材がそろっていました。
私が外からガレージに近づくと、すぐに声が聞こえてきました。
「――ダイヤ」
……?
「ごめんなさいダイヤ。もう少し気を付ければよかったわ」
???
ライカさん、いつもはダイヤモンドスターさんのこと、「ダイヤモンドスター」って呼んでいた気がするんですが……。
私は何となく息をひそめてしまいました。
ガレージの入り口の脇で立ち止まり、中の気配をうかがいます。照明は点いておらず、入り口からの自然光だけで作業しているようでした。
「いいのです」
「でも、あなたの手を煩わせてる」
「いいのです」
ダイヤモンドスターさんは、ライカさんの破損部に手と視線を集中しています。彼女の周囲には多様な工具や部品が並んでいました。
ライカさんは丸椅子の上に座っています。いつも着ているワンピースを脱いでいるので、今はショーツ一枚です。ほっそりとした体が青白く、室内の影に馴染んでいました。
「あなたにこうして触れられるのなら。あ、いえ、けして、あなたが破損することを望んでいるのではないのですが」
ダイヤモンドスターさんの瞼が少し伏されます。
そんな彼女の頬へ、ライカさんは手を伸ばして、そっと上を向かせました。
「誤解なんてしないわ。いつもありがとう、ダイヤ」
ライカさんは優しく微笑みます。
ダイヤモンドスターさんは目を瞠った後、さっと顔を下げました。
「お、終わりました」
「ありがとう」
ライカさんが右腕を確認します。たしかに元通りになっていました。
良かった……。
私は胸をなでおろします。これでようやく精霊炉の回転数も下がってくれそう ――などと思った矢先です。
ダイヤモンドスターさんが、ライカさんにそっと抱き着きました。
「!」
ライカさんの小さな胸元に耳を当てつつ背中に手を回し、ダイヤモンドスターさんは一層強く、ライカさんを抱きしめます。
ライカさんもダイヤモンドスターさんを拒むことなく抱きとめ、さらに彼女の頭を優しく撫で始めました。穏やかに微笑むその様はまるで、眠る赤子を見守る母親のようです。
「……っ」
ダイヤモンドスターさんが、素早くライカさんとの距離を取ります。驚くべきことに、顔は少し赤くなっているようでした。
「す、すみません。私は……私は、ユーフォルビア型。常に姉妹とつながっています。これ以上は、ユーフォルビア・ネットワークに影響が出ます」
「それが何か問題?」
「私の姉妹もあなたを……あなたのことを……その……」
ダイヤモンドスターさんは顔を伏せます。手は握ったり開いたりしていて落ち着きません。ライカさんが困ったように笑います。
「それも何か問題?」
椅子から立ち上がり、ライカさんがワンピースを纏います。背中に入った髪を引き出すと、キラキラと輝いて揺れました。
「この”気持ち”は、私だけのものです。私である証明です。他の姉妹にはない……」
「ほかのユーフォルビア型に紛れ込んでいても――」
ちゅ。
「!」
ライカさんが、ダイヤモンドスターさんの頬に、そっとキスをしました。背伸びしてようやく、といった身長差でしたが。
「私はすぐにあなたを見つけ出すわ。みんな似ているだろうけれど、やっぱりそれぞれ違うもの。似て非なるもの。あなたはあなたよ、ダイヤ。ありがとう。今日と明日は休んで」
そういって彼女は、こちらの方に歩いてきました。
(まずいです! 覗いてたのがバレます!)
私はすぐに近くの茂みに隠れました。植木が大量にある庭で良かったです。
ライカさんはこちらに気が付かずに、宿舎の方に戻っていきました。
足取りは少しだけ軽いようでした。
(……と、とんでもないものを見てしまいました……)
精霊炉の回転数は先ほどよりも上がっていました。
き、記憶を消去しておいた方が良いでしょうか? あ、でも、いずれまた似たような場面に遭遇したら同じことです。もう驚かないためにも残しておいた方が……?
そんなことを考えながら廊下を歩いていると。
ゴン!
「痛ぁ!」
急に頭に痛みが!
「エ、エナさん!? 何するんですか!」
「アホ。防犯カメラに映ってた」
「え゛」
私としたことがっ。
「もう覗くなよ」
「あう……すみません」
こればかりは私が悪いと言わざるを得ませんでした。
「気をつけろよ――って、うわッ! ライカ!」
「ここで何をしているの、エナ」
「えー、あー、いや、ちょっとっ」
「本当にあなたは……」
バチチッ!
ライカさんの右手に雷光が走ります。
「早くセキュリティルームに戻りなさい。さもなければ――」
「待て待て待て! 戻る戻る! くそっ、お前のために来たのに!」
「何を言っているの? 早く戻りなさい」
「あーもう! 新入りのアホー!」
こればかりはエナさんには申し訳なく思いました。
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