風の吹く庭で

「ダイヤモンドスターさん」

 彼女は無言でこちらを見上げました。

 庭木の下、影の中から、エメラルドの光が私を射抜きます。

「気分でも悪いんですか?」

 体育座りのダイヤモンドスターさんから、返事は一拍遅れて返ってきました。

「クールダウンです。回路が過熱していました」

「ダイヤモンドスターさんほどの処理能力でも?」

 ユーフォルビア型といえば、超々汎用型をうたわれたメトロポリスです。ありとあらゆる状況に対応するために、極めて高い情報処理能力を有しており、それに比例した高性能のハードを搭載しています。

「ダイヤモンドスターさんでも処理に手間取るほどの情報量の何かがあった、ということですか?」

 彼女は首を振りました。

「作業時間が長すぎました。北部で多発している森林火災について、当局からデータ解析の依頼があったので、その整理をしていました。完全に彼らは手詰まりのようで、推測すら立てられていない生データの山が送られてきたのです」

「火災……少し見せてもらってもいいですか?」

 彼女は無言で地図をスワイプしてきます。いつかバーでチャオさんに見せてもらったものに似ていました。火災があった位置を示すマークが増えていますので、あれからも火災が発生しているのでしょう。

「国立公園内ですね。こんなところで野火が発生するなんて考えられません。火山とかがあるのなら別ですが」

「当該地域に火山・地殻活動は認められません。観光客の火の不始末も考慮されますが、他の国立公園と比べると異常な発生率です。ただし特徴的なのが――」

 画像に編集が加えられます。水色で何かが書き加えられました。

「国立公園内を流れる河川及びダム湖です。火災はこのラインを境にした北西部でのみ発生しています」

「境に……」

「はい。境に、です。まるで、誰かに決められたラインであるかのように」

「……ちなみにこの辺りは、大戦中は?」

「ゲリラ戦が行われた記録があります。激戦地ではありませんが」

「一気にきな臭いですね」

「焦げ臭いだけならまだ良かったのですが」

 大炎上寸前の様相といっても過言ではなさそうでした。

「何か手伝えることはありませんか? 事なきを得続けるのも大切ですが、何もないのも勘が鈍っちゃいます。火災に関してなら、何か力になれると思うんですが」

「今のところは大丈夫です。もう少し整理が進まなくては、セラさんの検証も難しいでしょう。勘が鈍るというのであれば、みなさんと同じように、アルバイトでも探されてはいかがでしょうか」

「アルバイトですかぁ……」

 いつの間にか私も木の下に座っていました。涼しくて、確かにクールダウンするにはいい感じです。

「消火活動ならできると思うんですが、片手間ではできない仕事です。私たちって、いつどこにいるか分からないですから」

「水運系はどうですか。水の制御能力が操船に応用可能なことは先日示されたかと」

「んー……自動操縦がありますからねぇ……」

 というか人間からすれば私が操縦しても自動操縦でしょう。

「一つだけ進言ですが、人目に触れるような、例えば接客系は避けた方がよろしいかと」

「? なぜですか?」

「セラさんはもう有名人ですので」

 再びデータがスワイプされます。

 それは地元メディアによる動画・紙面による記事でした。


 私に関する。


「え、ええええええええ!? なっ、なんですかこれ!?」

 私が船に飛び乗る様子や、川の水を制御して船の軌道をずらすシーンがばっちり映ってます。シャッテンさんに飛ばされて空を飛んでるシーンまで! ど、どうやって撮ったんですか、これっ。

「テレビなどは御覧になりませんか」

 ダイヤモンドスターさんがテレビに興味があるとは思えませんので、おそらく情報収集の一環でチェックしているのでしょう。

 一方私はぶんぶんと首を振ります。横に。

「大きな功績、愛らしい容姿。話題になるには十分かと」

 ずぶ濡れの顔のアップが新聞にっ! 前髪とかぐちゃぐちゃ!

 お手柄とか大活躍とか書いてあるけど!

「ひえええ……っ」

 その場でうなだれました。あまりの出来事に、なんだか熱が出てきた気がします。情報処理が追いついてません。

「どこぞのカフェなどでアルバイトを始めた日には、パニックも考えられるでしょう」

「私がすでにパニックなんですが……」

 あんな写真、署長や妹たちに見られでもしたら……。

「うう……憂鬱です……」

 私は木に寄りかかりました。

「私もここでクールダウンしますぅ……」

「ここは良い風が通ります。クールダウンには最適です」

 ダイヤモンドスターさんがおっしゃるなら間違いないでしょう。

 開けた景色に光が溢れています。青い空に流れる雲は悠々としていました。

 メトロポリタンを吹き抜ける風は、水面に波紋という足跡を残していきました。

「……なにしてんだお前ら?」

 エナさんです。相変わらずクソダサTシャツに短パン、サンダルなスタイルです。おまけに今は釣竿を背負っています。遊ぶ気マンマンです。

「社会の暴風に揉まれていました……」

「セラさんに追い風が吹いているという話をしていました」

「???」

 かくかくしかじか。

 私の記事とかも見せると、エナさんはケタケタと笑い声を上げていました。

「プラスな記事でいいじゃねーか。オレなんてチャオに嫌われてるからテレビで指名手配されかけたぜ、うはは」

 と、水辺に向かって歩いて行きました。

「……さすがエナさんですね。肝が据わってます。あ、いや、私たちに内臓とかありませんけど」

「どこ吹く風、といったところでしょうか」


 そんな、風の吹く一日でした。


 


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