遥かなる運河 Extra
「はぁー……いいお湯ですねぇ……」
「そうだなぁー……」
「「はぁ~……」」
というわけで。
一件落着したあとに待っていたのは、温泉と湯煙、それから極上のマリンビューでした。
「最高だ……命が洗われる気分だ……」
「もー、エナさんってば……わたしたちに命とかありませんから~……」
「「はぁ~……」」
ここは臨海部のスパリゾートです。今回の働きを受けて、当局がお礼として貸し切りにしてくれたのです。
一番の目玉はやはり、大海を望む露天風呂でした。床には美しい文様が描かれたタイルが敷き詰められ、壁や柱に刻まれた装飾は見事です。夜海のしじまに、波の音と、湯の流れる音だけが響いています。露天風呂からは月明りに
「なんかいろいろどうでも良くなってきたなぁ……なぁ?」
「う~ん……正直ちょっと同意ですぅ……」
「「はぁ~……」」
気持ち良すぎて脱力が止まりません。このまま脱力しまくってネジとかボルトとか外れて分解しちゃいそうです。
「いやいや、おまえら伸びすぎだろう。麺類か」
お湯につかり過ぎた小麦粉に例えられたエナさんと私のところに、シャッテンさんがやってきました。メリハリのきいたボディにはタオルがまかれています。
「日本人だしなぁ」
「日本人ですからぁ」
「いや……お前ら人じゃないだろ」
といいつつ、シャッテンさんも露天風呂に入ってきます。お湯に伸ばす足がスラリとして綺麗です。
「おいシャッテン、浴槽に入るときはタオル外せよ」
「分かっている」
はらりとタオルがほどかれます。
「うわぁ……シャッテンさん、しゅ、しゅごい……っ」
ば~ん、きゅ、ば~んっ、って感じです。水着の上からでも十分すごかったんですが、生で見ると余計……形とかハリとか、男の人が好きそうな感じの見本って感じです。ここまでくると興奮とか通り越してびっくりして威圧されるレベルです。与えられた人格的な性別は同じですが、思わず生唾を飲みました。
「じ、じろじろ見るなっ、いくら同性でも限度があるぞ」
少し頬を赤らめながら、彼女はゆっくり湯船につかりました。う、浮いてる……。
「……今回はありがとう、セラ」
と、彼女は真剣な面持ちでそう言いました。……私の邪な視線も知らず。急いで頭を仕事モードに切り替えます。
「えっと、何のことですか? どちらかというと、助られたのは私の方だと思うんですが……」
「まぁ、その、なんだ」
シャッテンさんが肩までお湯につかりました。
「運河が使えなくなるのが嫌だったんだ、とても」
「? そんなに気にするほどですか?」
確かに物流が滞るのは問題ですが、シャッテンさん個人がそこまで思いつめることはないと思います。
「私が運河で荷物の積み下ろしのバイトをしているのは言ったと思うが」
「はい」
「どうしてあのバイトをしているかは話してなかったな」
「……仕事帰りにあわよくばサジィさんと首都であそぶため?」
「うっ……ま、まあ否定はすまい」
エナさんと違って素直です。
「私はずっと戦ってきた。生まれてからずっと、ずっと……来る日も来る日も」
ネットでシャッテンさんの戦歴について調べてみます。戦中に製造され、主に西イムド方面で活躍したようです。特に戦車などの通常兵器の撃破数はかなりのものでした。
「血で血を洗い、鉄で鉄を砕いてきた、使えるものは何でも使った、使えてしまった。壊れてもまた使えたから、簡単に壊せた」
シャッテンさんの能力であれば、それも可能でしょう。
「だが戦争が終わってみたらどうだ。何かを壊すことしか能が無い奴に、平和な世の中で何ができるっていうんだ」
「それはいわゆる、抑止力っていうやつではありませんか? それがあるだけで意味があるものもあります」
「サジィに出会ってしまった」
「……」
それが絶望でもあり希望だったのです。
「サジィはすごい。傷ついた人たちを助けて、失われかけたものを拾い上げる。壊れたように見えた肉体も時々元に戻していた。それにあんなに小さな体で、気も弱いのに、怪我であるならそれがどれほどひどいものでも、目を背けたくなるようなものでも立ち向かっていく。
なんて強いんだと思った。なんて偉大なんだって思った。血で濡れた手をうらやましく思うなんて考えてもみなかった」
彼女が自分の手を持ち上げて眺めます。彼女には何が見えているのでしょうか。
「だから探した。壊すだけじゃなくて、未来につながる仕事を」
「建設系とかの方が活躍の場がありそうですが」
「あの運河を運ばれるものはこの国中、いや、世界中に流れていく。あの運河は世界につながっているんだ。見た目以上の、ずっと遥か遠くまでつながっている運河なんだ。そして私が運んだものも、少しずつ世界に流れていく。つながっていく。その広がりが私は好きだ。そのつながりと広がりを感じられてようやく、私はこの平和な世界の一部になれたような気がする」
物流こそ経済の粋。そう考えると、あながち彼女の気持ちも過大ではないのかもしれません。
「だから何かの理由であの運河が使えなくなるのは、本当に避けたかった。もうだめかとあきらめたが、セラがやってくれた。驚いたよ。あんな力業」
力業……。
「とにかく感謝しているんだ。ありがとう」
「は、はぁ、どういたしまして」
力業……。
「おつかれさま」
背後から声が聞こえました。
ライカさんです。サジィさんとダイヤモンドスターさんまでいます。
「来たか。おせーぞ」
「事後処理をしていたの。あなたたちがここに先にいるのは私たちのおかげよ」
お風呂なので当然ですが、皆さん服は着ていませんでした。
みなさん割と平坦な体格なのですが、それがどこかインモラルというか……はっきりいうと犯罪臭がして逆に艶めかしく映ります。起伏は少ないですが、しかし丸みを帯びた柔らかいラインが、外見相応の可憐さを引き立てます。
三人は体を洗い始めました。ライカさんは自分で、ダイヤモンドスターさんはサジィさんに体や頭を洗ってもらっていました。体を汚す老廃物も出ないので、合理性の塊であるダイヤモンドスターさん的には入浴すら不要なわけで。だからサジィさんが洗っているのでしょう。
体を洗いながらライカさんが言います。通信で。
『今回の件、裏に豚共はいなかった。どうも国内のマフィアが、構成員の釈放を求めたシージャック事件という線が濃厚』
『だが爆竹がいたんだぞ。改造とはいえ、元は豚共のものだ。連中から流れてきたのかもしれねー』
三人の肌の上を、水玉が滑り落ちていきます。甘い香りも広がって、浴場はますます居心地が良くなってきました。
『当然流れは追っているわ。今頃チェンメイが声明を出していたマフィアに襲撃かけているはずだから、そのうち何か分かると思う』
『うはー! チェンメイのガチ襲撃とか受けたくねー。同情するぜ』
「ちょ、ちょっとエナさん! 泳がないでくださいっ。行儀悪いですよっ」
「いーじゃん、他に誰もいないんだし。それっ」
バシャ!
「ぶっ!?」
顔面にお湯がっ。
「……こっ、この人は~! この間の訓練の時のことをもう忘れたんですか!? 水辺で私にかなうわけないでしょう――が!」
圧力高めの水鉄砲をエナさんに放ちます。
ですが――ひょいっ。
「避けた!?」
「もらった!」
私の足を掴んで、グイ!
「ごばぁっ!?」
頭が一瞬湯船に浸かります。さすがにいきなりは困ります。
「うははっ、この前のお返しだ」
「ぐぬぬ……っ。このっ」
と、いつの間にか私も熱くなっていました。たぶん温泉のせいです。ほとんどキャットファイトっぽくなっていました。
能力のおかげで私の方が有利なはずなのに、エナさんはそれを潜り抜けて私をからかい続けます。これも古強者が為せる技なのでしょうか。だとしたらなんという無駄遣い……。
「くそっ! 身体が動かねぇ! お湯で全身包むのは卑怯だろ!」
「えへへっ……捕まえた!」
がしっ。
エナさんを背後から取り押さえます。脇の下から肩に手を回してホールドです。
「はいっ、これでもうおしまいですっ。おとなしくしてくださいっ」
自分の身体と一緒に、エナさんの身体を肩まで湯船に沈めます。
「はいはい、わかったよ。ちっ、つまんねーやつ」
「こんないいスパに来てるんですから、ゆっくりしましょう」
「わかったわかった……あー、そうだ、ところでさ」
「?」
エナさんが顔半分だけこちらに振り向きます。
「オレの背中にあたってるんだけど。ていうか、密着?」
「……」
「柔らかいの。けっこうあるのな」
「……」
意味を理解するのに十秒くらいかかりました。
「きゃあああああああああああああ!!??」
エナさんをすぐに開放し、あとずさります。思わず胸元を抱えました。
「エナさんのバカ! エッチ! 何でこういうことばっかりするんですか!?」
「ええ……? お前が勝手にやったんだろ……?」
顔がとても熱いです。そして何だかとても悔しいです!
「エナさんの無神経! 変態! 天然パーマーーー!!」
「おい待てどこ行く!? ていうか天然パーマは悪くねぇだろ!!」
そのあと私は、リゾート内の港の桟橋の上で意識を失っているのが発見されたそうです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます