遥かなる運河 7/7
「船、を……止め……ない……?」
「はい。止めません」
「で、でも……っ」
「もとより進路変更が理想でした。それを今からやるだけです」
「もうっ、もう間に合いま……ませんよっ! それに操舵でき……できないって言ってたじゃないですかっ」
サジィさんは涙目です。猛スピードで巨船が迫っているのですから仕方がありませんでした。
「確かに操舵はできません」
「じゃあやっぱり――」
「でも、船の進路を変える方法が他にもあるとしたら、どうです?」
「ほかの……方法……? 船の進路を、変える……?」
サジィさんは首をかしげます。かわいいです。
「はい。ああ、いいえ。厳密にいえば違います。船の進路は変えません。真っ直ぐ進んでもらって結構です」
「?」
首を傾げすぎて、彼女の首が一回転してしまいそうでした。
私は川岸の縁に立ちます。船は目前に迫っていました。もはや壁が流れてきているようにしか見えません。
船を見据え、そのあと視線を落とします。さざめく水面が、今はまだ静かに揺れていました。
「――」
瞬間。
呼吸を止めて、水精の力を引き出します。私の身体は淡い光に包まれていました。
「船が曲がらないっていうんなら――」
地面に倒れるような勢いで、私は拳を大地に叩きつけました。
「水面を曲げればいいんです!!」
ズ――ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!
巨大、ゆえに緩慢に。
しかしそれはそう見えるだけ。
大量の川水が、空に向かって伸びていきます。
それはまるで海底火山の噴出、新たな大地の創造を思わせました。
『水面の隆起を確認。傾斜率が不足しています。セラさん、隆起の具合を強めてください。船が曲がり切れません』
「了解です! サジィさん! サジィさんは離れていてください!」
「はっ、はぃ……!」
まだまだいけます!
出力を上げ、力の及ぶ限りの範囲から水をかき集めます。水の山は次第に高く隆起し、やがて太陽の姿を隠していきました。水面は次第にすり
『うははっ、すげー! 砂丘みたいになってるじゃねーか!』
『恐ろしい出力と効果範囲だ。さすがはメトロポリスといったところか』
エナさんのはしゃぐ声が聞こえます。まったくあの人(?)は……。
「ダイヤモンドスターさん! 船はどうですか!?」
『まもなく船が水丘に差し掛かります。シャッテンさん、傾斜に備えてください』
船が乗り上げてくるのが分かりました。正念場です。水丘の形状を維持するのに集中します。
『水面の曲率が不足しています。また、回頭までの距離も不足しています』
川の上空だけに水を伸ばしているだけでは足りないということでした。
少し苦しいですが、仕方ありません。
「ぐうぅっ!」
水が川岸の上まで伸びてきます。頭上に水の屋根ができていました。私の制御から零れ落ちた水滴が、雨のように降りました。土砂降りに近いです。
「でも……この国のスコールより、マシ!」
そして、水の屋根の上。
「曲がってええええ!!!」
船が作り出した巨影が、ゆっくりと通り過ぎていきました。
その姿はどこかクジラに似ていました。
状況には不似合いの、穏やかな風景に感じられました。
『船体の進路変更、および減速を確認』
「……」
『以降の対処は当局に移管します。任務を終了。セラさん、シャッテンさん、お疲れさまでした。帰還してください』
「っっっ――やったー! ぁぼうぁ!?」
ざっぱーん!!
気を抜いた拍子です。水の制御を一気に手放してしまいました。リリースされた水の一部が大波となって、私を押し流していたのです。
「あわっ、あば、お、溺れる!?」
水精のメトロなのに溺れるとかポンコツ過ぎます! 恥ずかし過ぎです!
「掴まれ!」
その時です。
声が聞こえた瞬間、私は音源を確認する間もなく、空に吊り上げられていました。
「お、溺れ! た、助け――……あれ?」
「落ち着け新入り」
もはや聞き慣れた声でした。
そして手に感じる熱は、すでに知っているぬくもりでした。
「エナさん!」
エナさんは、ヘリからロープで吊り下げられていました。片手でロープを、片手で私の手を掴んでいます。二人分の重量を難なく片手で支えているあたり、人間ではないメトロの特権でした。
「まだまだ詰めが甘いな」
「うっ……」
ヘリは近くの平地の上でホバリングすると、徐々に高度を下げていきました。私たちはそっと着地します。
それと同時に、エナさんと手が離れました。
少し……少し名残惜しい気がしました。
「だが、よくやった。オレには真似できねぇしな」
「あっ、ありがとうございます!」
エ、エナさんに褒められてます!
そしてその頃、着陸したヘリからライカさんが下りてきました。
「素晴らしい働きだったわ。能力も、発想力も文句のつけようがない」
「ありがとうございます!」
「大変なこともあるだろうけれど、これからもよろしくお願いするわ」
「あ――はい! こちらこそ!」
差し出された手を握り返しながら、私は深くお辞儀をしました。
と、その下がった頭に。
「ホントよくやった! えらいぞ!」
「ひゃあ! ちょっ、やめっ」
ぐいぐいと。
エナさんが私の頭を撫でます。強引ですが、その……悪い気はしません。
「うはは。このくらいにしとくか」
「……うぅ、髪がずぶぬれのボサボサです……」
「あとで風呂で洗って乾かしてやんよ新入り」
「半分くらいエナさんのせいなんですど……」
「いやぁ良かった、ほんと良かった。うはは」
エナさんは喜んでいます。まるで自分のことのようです。
その姿を見ていると――なんだか、余計に嬉しくなってきちゃいました。
「まったくもう……」
「うはは、これからもよろしくな、新入り」
エナさんが拳を突き出します。握手代わりでしょう。彼女らしいです。
私は腕を持ち上げ、握りこぶしを作って。
コンっ。
エナさんの拳に押し当てました。ニッ、とエナさんが笑います。
私も思わず笑みがこぼれました。
署長。
私、ここでなら、もう少し頑張ることができそうです。
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