遥かなる運河 4/7

 ガゴォン!!!!


「きゃあ!」

 破壊音。

 耳をつんざくようなそれは、ガラスが割れ、鉄が千切れる悲鳴でした。

 シャッテンさんが投擲した錨が、船橋に猛スピードで突き刺さったのです。船橋からは錨につながる鎖が垂れ下がっていました。

「キミは船橋へ向かってくれ。船橋へ着くまでに、アイツは私が片づける」

 やはりシャッテンさんもメトロ。それも大戦を生き残った個体です。戦闘も無茶苦茶でした。

「! 伏せろ!」

「!」


 チュンッ、チュイィン!

 シャッテンさんに言われるや否や、私は甲板に伏せて頭を抱えました。次の瞬間、弾丸がコンテナにぶつかる音が頭上で聞こえました。敵が反撃してきたのです。

「早く行け!」

「は、はぃい……!」

 こんな場所にはいられません。お言葉に甘えて、私は近くの階段から船内に入りました。

 その間にもシャッテンさんは戦闘を続けています。映像が常に中継されていました。ダイヤモンドスターさんから送られてくる映像――ドローンで観測されているものでしょうか――もあって、あちらの状況は常にわかりました……実に心臓に悪い映像でした。

 シャッテンさんが次々と物を投げ放ちます。救命ボート、浮き輪、壊れた扉、コンテナに積まれていた何か、金属、非金属お構いなしです。金属以外も利用できるのは、電磁力を利用するライカさんの能力より汎用性がありました。

 船橋にはいられないと判断したのでしょう。相手のメトロが飛び出してきます。

 短めの髪はぼさぼさで、どこかの学校の制服と思しき衣類も泥で汚れています。使い捨て前提なので、大した手入れもされていないに違いありませんでした。ですがそんな彼女とは裏腹に、その両腕が抱えるマシンガンは、ピカピカに磨き上げられていました。その対比が実に痛々しく映りました。


 バラバラバラバラ!

 まだ空中にいる間に、敵――爆竹バオチュウは発砲しました。

 シャッテンさんはガラクタを自分の前に引き寄せて防御。弾丸を全て防いだことを確認すると、爆竹めがけてガラクタを投擲! 爆竹を甲板に打ち落としました。全身を強打した爆竹は、すぐには立ち上がることができませんでした。

「主人はだれだ? それとも、それを言う口も知能も無いのか?」 


 パパパンッ!

 問答無用。

 爆竹が再度発砲しました。

 シャッテンさんは防御――しませんでした。

 弾丸はシャッテンさんの体にぶつかると、跳弾してどこかへ吹き飛んでいきました。

「舐められたものだ。人間用の武器だなんてな」

 【応撃シリコン】。

 それがシャッテンさんの身体を覆う素材でした。

 メトロに使用されることの多い素材で、そっと触れるものには柔らかく、強くぶつかるものに対しては硬く変質する性質があります。

 兵器としては堅牢に作られるのが妥当ですが、硬いばかりでは日常生活に支障が出ます。場合によっては人間のふりをして、あるいは共同して作戦にあたることもあることから、このような素材が取り入れられています。ちなみに私の身体も、応撃シリコンで覆われています。

「時間が惜しい。終わりにしよう」

 爆竹がふわりと浮かび上がります。

 そして――ギリ、ギチッ! 

 爆竹の頭部と体が、それぞれ反対の方向に回され、首が軋みを上げていました。シャッテンさんは爆竹の首をひきちぎるつもりです。爆竹は悲鳴すら上げませんが、それはきっとそのための機構がないからです。爆竹はマシンガンをシャッテンさんに向けようとしますが、体にかかる力が強く、満足に動かせないようでした。 

 もう終わり。

 そう思った直後でした。


 ピピッ――ドオオォォォンッ!!!


「!」

「!?」

 音。

 そして強烈な爆風。

 シャッテンさんのすぐ近くで起こった爆発で、彼女の身体は勢いよく吹き飛び、なすすべなく近くのコンテナに衝突しましてしまいました。コンテナのへこみ具合が、その勢いを物語ります。

『くっ……トラップを仕掛けてあるのか……! セラ、気をつけろ! 船内にも罠があるかもしれない!』

「ええっ!?」

 その矢先でした。

 目の前に閉ざされた扉が現れたのです。

 ここへ来るまでは、全ての扉は開いていました。ですが、罠があるかもしれないことを考慮した瞬間、全ては不安に変わります。開け放たれたドアは、私をここへいざなうように仕向けられたものなのではないか、という疑念が浮かび上がって来るではありませんか。

『こっ、これってアレですか!? 開けたらドカンってなるやつですか!? 映画で見たことあるんですけど!』

『その可能性は十分にある』

『ダ、ダイヤモンドスターさん、船内のカメラ映像でこの扉の向こう側は見えませんか!?』

『その場所にカメラがありません。他に道はありませんか?』

『えっ、えっと……わ、わかりません……! たぶんすごく遠回りになると思います!』

 私は完全にパニックになっていました。ここへ来るまでに壊れていなかったのは、おそらく運が良かっただけなのですから。

『懐かしいなぁ、罠……大戦中は森の中にあった罠に苦しめられたっけ。昼間ならまだしも、夜とか最悪だぜ。もう完全に手探りだし、二度とヤダねあんなのは』

 通信で会話に混ざってきたエナさん。

 こんな時でも暢気のんきそうでした。

『昔を懐かしんでないで、何かアドバイスとかくれたらどうなんですか、もう!』

 後から振り返ってみれば完全に八つ当たりです。

 エナさんがせっかく、無自覚ながらヒントを言ってくれていたのですから。


『……あれ? エナさん、ちょっと、今のセリフもう一回言ってもらっていいですか?』 

『? 二度とヤダねあんなのは?』

『その前です』

『完全に手探りだし?』


 私の中で、何かが結びつきました。

『……! それです!』

『?』

 エナさんは首をかしげていることでしょう。おそらくこの通信を聞いている他の方たちも。

 私は近くにあった部屋の水栓から取水。扉の前に戻ると、その水を扉に押し付けました。その時点で、皆さんは私の狙いに気が付いたようでした。

『なるほど。そう来ましたか』

『なんだ、やるじゃねえか』

 おそらく私は、不敵な笑みを浮かべていたでしょう。

『水の特性は不定形、しかし物理的な干渉力がある――つまり物体に触れることができます。、ということですね』

『はい。そして、そこにあるモノがどんな形状かもわかります』

 扉の向こう側には、案の定手りゅう弾がありました。扉を開けたらピンが抜けて、ドカンでした。

『どこにどんな風に手りゅう弾があるか分かれば、対応のしようがあります』

 私はドアを開け放ちました。

 手りゅう弾のピンが抜ける音がしましたが、あらかじめ水で包んでおいたので、すぐさま水圧で遠くに投げ飛ばします。


 カンッ、コんっ、コロロ……――パンッ!

 廊下の奥でそんな音がしたあと、静寂が戻ってきました。

『うはは、いいぞ、その調子だ新入り』

『だ、だから新入りってやめてくださいってば』

 頭上から振動が響きます。

 まだ戦闘が続いているのです。そしてまだこの船の進路を変えられてはいません。

「急がないと」

 火災斧をまた強く握り、私は通路の奥への進んでいきました。

 

 

 

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