遥かなる運河 5/7

 いくつかのトラップを解除しつつ船内を進み、私は船橋にたどり着きました。

 ですが、私はそこで絶望することになります。

『! そんな!?』

『どうした?』

『だ、舵輪がありません!これじゃあ進路を変えられません! 』

『……っ。やってくれたな』

 シャッテンさんの視線が爆竹を睨みます。

 ですが爆竹は平然としていました。感情を現すほどの性能がないだけかもしれませんが、落ち着いた様子です。うらやましいくらいです。

『ど、どどどうすれば……』

 私は慌てました。爆竹とは対照的です。

 が、その時、エナさんから指示が飛びます。

『動力だ』

『ど、動力? 』

『機関室探せ。エンジンをぶっ壊して少しでも速度を落とせ。その間に進路を変える方法を考える』

『は、はい!』

 私はすぐに船橋を飛び出しました。目指すは機関室です。

 すると。

『! まずいぞ!』

 シャッテンさんの慌てた声が聞こえました。

『セラ、爆竹がそちらに行こうとしている!』

「え!?」

『エンジンを壊されるのは面白くないらしいな。気を付けろセラ、私のフォローにも限界がある』

 シャッテンさんの視野を覗けば、爆竹は彼女に背中を向けていました。船内に続く扉へと一直線です。

『させるか!』

 行く手を阻むように、シャッテンさんは貨物コンテナを吹き飛ばします。ですがそれをあざ笑うかのように、爆竹は船内に飛び込んでいきました。出入口はふさがれ、爆竹とシャッテンさん――いいえ、私とシャッテンさんは分断されてしまいました。

『すまない。間に合わなかった』

『こ、こっちに来るってことですか!?』

『すぐに行く。追いつかれるな』

 走る速度を上げます。自分の足音が大きくなりました。先ほどまでは全く気にしていませんでしたが、もしかしたらこの足音も、相手にこちらの居場所を知らせてしまうかもしれません。そう思うと気が気ではありません。

 それに機関室の位置がわかりません。道を探しながらではスピードは期待出来ないのが道理です。火事の時とは違う、じっとりとした緊張が迫ってきていました。

 そして。

「!」


 目の前に、爆竹が姿を現したのです。


「そんなっ、先回――きゃあ!!」


 バラララッ!!

 い、いきなり発砲してきました!

 ですが体を覆う応撃シリコンのおかげで破損は免れています。ですが痛いことには変わりありませんし、応撃シリコンではない部位にあたればすぐに壊れます。危険すぎます。

 銃が効かないとみるや否や、爆竹は刃物――大きめのナイフを取り出しました。応撃シリコンは打撃に高い効果を発揮しますが、斬撃には強くありません。

 爆竹はナイフを逆手に構えます。

 そして低い体勢で私の懐に飛び込んで――斬り上げ!

「ッ」

 何とか回避します。

 が、その代償はしりもちでした。

「あぁっ!!」

 

 ガキィ!

 仰向けになった私に、爆竹はナイフを振り下ろします。

 目と鼻の先にナイフの先端がありました。とっさに火災斧マスターキーで防いでいなかったら、私の顔には穴が空いていたでしょう。斧とナイフがせめぎ合ってギリギリと鳴ります。

「うぐ……こ、のぉっ!!」

 後転の要領で爆竹をはねのけます。その際に彼女はナイフを落としました。一方で私はすぐに立ち上がり、相手が立て直す前に斧を振り上げます。爆竹が腕をクロスさせて防御態勢を取りました。


 ガキン!!!

 

 爆竹の頭を勝ち割った音……ではありませんでした。

 なんと斧は、天井にあった配管にぶつかっていました。

 つまり爆竹には届いておらず、私は無防備に胴体を晒していたのです。

「う、うそ……」

 好機と察した爆竹が反転。

 ナイフを拾い、私の喉元に突き立てんと迫ります。

「……!」

 ですが、爆竹は気に留めていませんでした。

 私が壊した配管。その穴から漏れ出していた、に。


 ジジッ――シュパンッ。どさっ。


 それは何かが切断される音と、何かが床に落ちる音でした。

 そして数瞬ののち。

「――!!!!」

 爆竹が自分に起こった異常に気が付き、すぐに後ろに跳び下がります。

 見れば、彼女の右の前腕が消失していました。

 前腕がどこにあるかといえば、私の足元に、ナイフを握った状態で落ちていました。

 ウォーターカッター。

 大水圧で放出される水はあらゆるものを食い破ります。エナさんたちと実験しておいて助かりました。

 腕を押さえた爆竹がこちらを睨んでいます。

 と思いきや次の瞬間、手りゅう弾を投げつけてきたではありませんか! それも2個!

「そこまでだ」

「!」

 ピタッ。

 空中で手りゅう弾が静止します。

「返そう」

 手りゅう弾が元の軌道をたどるように戻ります。まるで逆再生でした。

 ですが、一度ピンを抜いたという事実は戻りません。逃げ出そうとしている爆竹をあざ笑うかのように。


 パンッ!!

「きゃ!?」

 手りゅう弾は爆発しました。爆竹は至近距離で爆発を浴びたでしょう。

「すまなかった。あんな使い捨てを取り逃がすとは」

「いえ」

 背後からシャッテンさんが合流しました。

 最初に船橋へ投げつけた錨と鎖を、また体に巻き付けていました。

「だが、まぁ、なんとかなったようで何よりだ」

 煙が晴れ、床に倒れる爆竹が現れます。右ひざに爆発を浴びたようで、激しく損傷していました。あれではもう動けないでしょう。

 シャッテンさんが錨を振り上げ、猛スピードで放り投げます。壁に激突した錨は、その壁を突き破って、何と外まで続く穴をあけてしまいました。外から光が射しこみます。

 錨は戻ってきません。ですが鎖がまだ船内にありました。

 その先端を――クンッ。シャッテンさんが指で示すと、鎖がぐるぐると爆竹の体に巻き付きます。爆竹は暴れますが、その鎖の重さと長さですぐに動けなくなりました。

「貸してくれ」

「あ……は、はい」

 シャッテンさんに火災斧を渡します。

 そして彼女は。


 カンッ!

 爆竹の頭部に、火災斧を振り下ろしたのでした。

「ひぅ……っ」

 決定的な瞬間を、私は直視できませんでした。顔を背け、目をつむってしまっていました。

「行こう。爆破シークエンスが始まる」

「……はい」

 錨の重さに引かれて、爆竹の身体が船の外へ引きずられて行きます。船のスピードも相まってか、瞬く間に進んでいきました。


 バシャアアアン―――――ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!


「きゃあ!!」 

 水に何かが落ちる音。

 爆発音。

 そして船全体を揺さぶる巨大な衝撃。

 こんなものが船上や陸地で炸裂したら、その被害は私の貧弱な想像力を何倍も上回るものになるでしょう。揺れが完全に収まるまで……いいえ、シャッテンさんが声をかけてくれるまで、私はその場から動けませんでした。

「船を止める。急ごう」


 

 

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