レイクサイドでせせらぎを

「はあっ……はあっ……!」

「よし、もう一回だ」

「そ、そんなっ……はぁっ……少し、休ませっ……」

 私はもうへとへとでした。

 ですが、エナさんは手を抜いてはくれません。


 パンパンッ!

 そんな風に手を叩き、エナさんは私を急かします。

「敵は待ってくれないぞ! シャッテン! 標的を設置しろ!」

「了解」

 シャッテンさんが手を水平に持ち上げます。淡い光がシャッテンさんを包み、それと同時に水の中から石が浮上しました。水面に浮かぶだけにとどまらず、空中に浮き上がったのです。数は8個です。

「形状は弾丸、構えは浮遊、速度はできるだけ速く!」

「うぅ……は、はいぃ!」

 言われたとおりに、私は水を造形します。

 形状は弾丸、構えは浮遊。

 弾丸の形に成型された水が8つ、私の背後に浮かびます。今の私にはこれが限界でした。

「はじめ!」

「ハイッ!」

 合図の瞬間、浮かんだ石がある程度の規則をもって動き始めます。スズメが飛び回るくらいの速度は出ているでしょうか。

 私はそれを狙って――。

「やぁっ!」

 水の塊を放ちます。滑るように動き出し、瞬く間に加速した水球は、石にぶつかって弾けます。ですが命中しないものもありました。

「……命中5、接触1です。先ほどより初速が2、上昇しています」

 ダイヤモンドスターさんが、エナさんの後ろで言いました。

「次。形状は杭、水中からの直接投射、速度はできるだけ速く」

「ま、まだやるんですか……!?」

「はやく!」

「ぐぅぅっ」


 さっきからずっとこんな感じでした。

 ここはメトロポリタンの外れにある池でした。メナムから流れを引き込んで作られた、人工的な水たまりです。水面に花が浮かんでいたり、水中に魚がいたりするので、そこそこ綺麗な水のようです。

 私とエナさん、それからシャッテンさんとダイヤモンドスターさんが、池の上に伸びた桟橋の上に集合しています。目的はもちろん、私の訓練でした。

 メインコーチはエナさんです。

 エナさんの訓練は本当にスパルタで、そのうち谷か穴とかに蹴り落とされそうな気がしました。

 なので。

「よし。じゃあ今日はこのくらいにしとくか」

 と、エナさんが言った瞬間、私はその場に座り込んでしまいました。

「お、終わったぁ……」

 もうへとへとです。製造されて初めて受けた訓練を思い出します。浴び過ぎた水しぶきのせいで、まるで人間の汗のように、私の肌には水滴がびっしりでした。

「おつかれ」

「おつかれさまです」

 シャッテンさんとダイヤモンドスターさんです。

「お二人とも、あ、ありがとうございました……ご協力……」

 息も絶え絶えですが、お二人にお礼を言います。シャッテンさんは笑顔で答え、ダイヤモンドスターさんは無言で頷きました。

「最初に比べればだいぶ良い。速度も出るようになって、その分威力も増している……まあ、あれでメトロやメトロポリスにダメージが入るかといわれると、ちょっと保証はできないがな」

「うっ……や、やっぱりそうですよね……」

 ハイドロボールと呼ばれる水を放つ制御は存在します。しかしあれはもともと、「ああいう制御もできます」というデモンストレーションの感が強いです。仮に火災の現場で使う場面があったとしても、ボヤの際に燃えている木片を破壊するくらいにしか使えません。

「水の特性は、形の自由さと重さだ」

 エナさんが話の輪に加わります。

「シャッテンの重力干渉は、重さはあるが、形は干渉する対象に依存する。オレやライカの炎や雷撃は、形は自由だが重さがない。工夫次第といえばそれまでだが、根本的な性質はそんな感じだ」

「ですが、所詮は水です。鉄や石ほど重くはありませんし、炎や雷撃のように化学的な作用はあまり期待できないから……なんというか、器用貧乏……ですよね……?」

 そして往々にして、器用貧乏は使いどころが限られます。平時はともかく、火事や戦闘時においては特に。

「そこからは工夫次第だ。まぁ、いろいろ考えてみるんだな――あ、それから」

「?」

「初速はアレだが、最高でどのくらいまで速く水を放出できる?」

「速くというか……制御する水の量によりますけど……鉛筆くらいの太さでの放水なら、500メガパスカルくらいの圧までなら、たぶん……試したことないですけど」

「じゃあ、試しにやってみろ。シャッテン。悪いがもう一度標的上げてくれ。5mくらいのところでいい」

「人使いの荒いヤツだ」

「オレもお前もヒトじゃないからセーフ! それに、ライカには負けるだろ」

「違いない」

 標的の石が持ち上がりました。

「最初は遅く……じゃないか。水圧は低くて良い、徐々に上げていけ」

「はい」

 いわれたとおりに。

 足元から水を吸い上げながら、放水を開始します。

 まずは私のふとももくらいの太さから、そのあとだんだん細くしていきます。

 やがて放水は、猛烈な勢いを持ったスプレーの様相を見せるようになりました。プシャアアアア! という飛沫の音が怖いほどです。もしこの水流の中に手を突っ込んだら、手は無事では済まないでしょう。

「こ、これが限界ですっ!」

「よし。それであの石を狙え」

「は、はい!」

 高圧を維持したままの放水は、方向を変えるのも一苦労です。

 ですが私は何とか、放水を標的へ向けました。

 すると―――ジジジジジ……ジュバッ!!


「! 切れた!」

「うわっ、思ったよりもエグいっ」

 握りこぶしくらいの石が、真っ二つに切れてしまいました。それも一瞬で。

 シャッテンさんが手元に石を回収し、よく眺めます。断面は非常に滑らかでした。

「標準的なウォーターカッターの水圧は300メガパスカル。それに対してセラさんのそれは、推定約550メガパスカルでした。研磨剤の混入も無しにその切断力は、戦闘において非常に有用かと思われます」

「障害物か何かで防いだところで、障害物ごと真っ二つになりかねない、ということか。それもありふれた水で。恐ろしいな」

「今の感じだと大量の水が必要みたいだけどな。ま、この国はそこら中に水がある。使える機会もきっとそのうちあるぜ」

「使わなくて済むのが一番ですけどね……」

 高圧放水は思った以上に危険でした。本当に、できれば使わないことを祈ります。



「よーし。じゃ、今度こそ訓練は終了! と、い・う・わ・け・で――」

 エナさんの目がキラリと光ったこと。

 それを見逃したこと。

 この場から逃げ遅れたことを、私はとても後悔しました。

「エ、エナさん……? どうして私の腰を持って……?」

「へへへ……そーれ!」

「え? きゃあああああああああ!?」


 ブン!

 次の瞬間、私は空中にいました。

 空だと思った青色は、否、光の揺れる水面だったのです。


 ドッボーン!!


「――ぷはっ! エ、エナさーん!!」

「うはは、油断するからだ!」

 そしてエナさんは、羞恥心の欠片もなく、着ている服を脱ぎ捨てると、そのまま桟橋から、こちらに向かって飛び込んできたのです。

「ちょ! 危な! きゃああ!」

 

 ザっバーン!

 すぐ近くに着水したせいで、私は思いっきり水しぶきを浴びます。

「ぐっ……! い、良い度胸です。水遊びで私に勝てると思っているんなら、その認識を叩き潰して、水底に沈めて差し上げます!!」

「おっ、やる気になったか! そう来なくっちゃな。得意分野だからってなめてかかると痛い目を見るってことを教えてやるぜ!」

「泣いても知りませんからね!」

 相手はブラとショーツという軽装ですが、あちらが売ってきたケンカです。手加減は不要でしょう。

「仮にも女の子の人格を与えられてるんですから、少しは恥じらいってものを持ったらどうなんですか!」

「見られて恥ずかしい体じゃないんだよ! お前と違って鍛えてるからな新入り!」

 確かにエナさんの体は、なんというか……健康的なフォルムなように思えました。鍛えられて引き締まった体の芯を、柔らかな肉で軽く覆った、機能美にほんの少し肉欲を求めたような佇まいがありました。少女の健康に関する教科書があったら、モデルとして採用されそうな、ある種の理想像の一つではないでしょうか。

「いま体形のこと言いましたか!? 体形のこと言いましたよね!? 気にしてるのに! 気にしてるのにぃ! 私たちは与えられた体を使うしかないからしょーがないじゃないですか!!」

 エナさんの顔面に水球を投げつけます。

 が、避けられました!

「そ、そんなっ」

「隙あり!」

 足を払われて、水底に尻もちをつきました。

「ま、まだです!」

 気が付くと池にはサジィさんがいて、浮き輪に入って浮いていました。バタ足しているようにも見えないのにスイスイ動いているあたり、シャッテンさんが力を使って動かしているのでしょう。ビーチチェアに座っているシャッテンさんが、満足げにサジィさんを見つめています。シャッテンさんはセパレートの黒い水着を着ていて――す、すごいです。大迫力です。オトナです。

 ダイヤモンドスターさんは相変わらず無表情で、しかし興味深そうに、桟橋から水面を覗き込み、泳ぐ魚の様子を眺めていました。

 穏やかな一日……ということにしておきましょう。


「ぎゃあああ! 水で足を捕まえるのは卑怯だろ!」

「恋と戦争にルールはありません! 覚悟してください!」


 アユタナに来て、一夜明けた日の出来事でした。


 

 

 

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