忍び寄る炎

 【炎の赤ずきん】。

 それは日本の消防組織において、特に際立った技能と功績を持つメトロチームにのみ与えられる称号です。毎年3月、その1年間の働きに基づいて、来年度の【炎の赤ずきん】が決定されます。そのため永続する称号ではありません。優勝旗みたいなものでしょうか。

 私が所属していたチームは、その称号を8年間保持し続けています。

 最初の3年間は前任の2機のメトロが、その後の5年は私がリーダーを務め、部隊を炎の赤ずきんたらしめてきました。

 大変名誉なことではありますが、所詮は極東の小さな島国の称号です。まさかその名前を海外で聞くとは思いませんでした。

「ここはウチがおごるわ。だから好きなだけ飲みや」

 私たちは首都にあるバーにいました。チャオさんが良く来るお店だそうです。半地下の店内には小さな音量でジャズが流れていて、程よく外の喧騒を打ち消してくれています。ほどよい賑やかさです。チャオさんがカウンターに座ったので、その後に続いてカウンターに座りました。

「あ、私お酒はちょっと……」

「酒を飲まん? ……さすがは炎のあかずきんや。火事はいつ起こるかわからんから、それに備えるってことやな? 勉強になるわ……ウチには真似できへん。マスター、この御方にコーラ。ウチはビール」

「あ゛、たっ、炭酸もちょっと……!」

「炭酸がダメ? っ……勇敢でありながら可愛くもある……! 尊い……! マスター! この御方にはやっぱりミルクティーを!」

 あっという間にミルクティーとビールが出てきました。ミルクティーは香辛料が入っていて、チャイのような趣でした。

「おいしい……」

「そら良かったわ。まぁここの店は最高やからな、当然や」

 チャオさんが満足げに笑います。

 そんな彼女の尻目に、エナさんは私の右隣でウキウキしていました。

「やったー、チャオのおごりだー♪ 何飲もっかなー♪」

「エナ、ゴルァ!! ワレは自分の金で飲みぃ!」

 私を挟んでチャオさんが怒鳴ります。

 席を替わった方がいいでしょうか。

「い、良いじゃねぇか減るもんじゃなし……」

「減るわ! ウチの財布の中身が減るわ!」

「ちぇ、ケチくさいやつ……」

 エナさんはウイスキーのカクテルか何かを頼んだようでした。

「ありがとうチャオプラヤー。私たちまでごちそうになって」

「かまへんで【霹靂姫へきれきひめ】。いつも世話になっとるからな」 

 チャオさんの左隣で霹靂姫――ライカさんは炭酸水を注文したようです。たぶん遠慮して一番安価なものを頼んでいます。

「あ、ありがと……チャオ……」

「ええで。今度はシャッテンと一緒に来るんやで」

「うん……来る……」

 いつの間にか合流したサジィさんは、ライカさんの左隣に腰かけていました。トマトジュースがベースの真っ赤なカクテルを注文していて、なんというか……すごく似合ってます。

「それにしても、法改正なぁ……そんな理由で炎の赤ずきんちゃんの立役者をお役御免にするとは、贅沢な話や」

「市民の方々の安全には代えられませんから……何かあってからでは遅いですし、誰も責任取れません……」

「具体的には何の性能が足りなかったんや?」

「トルク――腕力です。火災現場で瓦礫を退かしたり、ドアをこじ開けたりするのに必要なトルクの基準が改定されて、私はその基準を満たしていなかったんです」

 私は自分の腕を見下ろします。

 小学校高学年くらいの人間の女の子を参考に作られたボディです。背は低いし、スタイルも良くありません。この見た目のおかげで親しまれる場面も多くあり、悪いコトばかりではありませんでしたが、この細腕ではトルクが出せません。


 おまえの両腕に、零れかけた命を拾い上げる力など無い。


 そう宣告されたような気分でした。

「ふん、あれだけの火災を消せるほどの制御ができるなら、目的を限定して使えばええんや。案外融通きかんのやな。この国だったら今すぐ消防局に来てほしいレベルや」

「そういっていただけると嬉しいです」

「で、なんでアユタナへ? この放火魔エナの噂でも聞いたんか?」

「何か言ったかチャオ?」

「何も言ってへんで。ヒヒヒ」

 なんだかんだでお二人は親しいようでした。

「ケッ……つーか、人んトコの新入りをソッコー勧誘してんじゃねーよ……」

「おー、なんや? ヤキモチか? ワレも案外かわいいとこあるんやな」

「ばっ!? ち、ちげーよ! そんなじゃねーし!」

「照れるな照れるな」

「燃やす……!」

「その燃えた夕陽みたいに真っ赤な顔冷ましてから言いやー」

「!?」

 エナさんは自分の顔に手で触れました。

「嘘や♪」

「ぶっ壊す!」

「ヒヒヒっ。やっぱ自分おもろいなぁ」

 アルコールが回ったのか、チャオさんの顔も赤かったです。

 そしてエナさんは完全に遊ばれていました。



「それでチャオプラヤー」

 ライカさんの炭酸水は、一口も飲まれることなくそこにありました。

「何の用も無しに私たちを引き留めたりはしないのでしょう?」

「……まぁ、そういうこっちゃ」

 私たちの視界に、一枚の画像が表示されます。

 それはどこかの……森? の地図のようでした。ところどころに赤いプロットが打ってあります。


『北部の森林地帯で、原因不明の火災が多発しとる』


 チャオさんの声は通信によるものでした。つまり、周りの人には聞こえません。

『こころあたりは?』

『オレじゃねーよ』

『んなことわかっとる。メトロポリタンの見解を聞きたい』

『【爆竹バオチュウ】……でしょう……か』

『爆竹って、大戦中の自爆メトロのですか? それが今頃になって爆発しているんですか?』

 取り残された地雷みたいなものでしょうか。

『爆竹やない。残骸が見つからへん』

『豚共どもの残党が何かやってるのか?』

『こんな森の中で付け火しても大して意味無い。まぁ貴重な動植物の住処が無くなるのは問題やけど……』

『こちらがまだ知らない攻撃手段の実験だとしたら、結構なプレッシャーよ。今はまだ森林地帯だけれど、これが都市部になったら……』

『わかっとる。だからこうして相談しとるんや。……はぁ、やっぱり豚共が怪しいよなぁ……せやけど、なんで今なんか、さっぱりわからん。クソ』

 チャオさんはそう言ってビールをあおりました。

『データはもらえる? ダイヤモンドスターにも調べてもらうわ』

『今度正規ルートで送るわ。今日は予告編みたいな感じや』

『そう』

「よっしゃ。じゃあ、ウチは帰るわ。自分らはゆっくりしていき。マスター、こいつらの代金はウチにツケといてや」

 マスターさんは黙ってうなずきました。


「サジィ。シャッテンとダイヤモンドスターに土産も持っていってやるんやで」

「い、良い……の……? あ、ありがと……う」

「やったー! さすがチャオ! 太っ腹!」

「だからワレはダメだ言っとるやろエナ!」


 スパーン!

 エナさんは頭を引っ叩かれていました。

 あ、お店で飲んだ分は何だかんだチャオさんが出してくれたみたいです。



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