赤ずきんちゃんと呼ばないで

「そこの嬢ちゃんちょい待て!」

「ひぃ!?」

 イエローフードの女性がこちらに駆け寄って来ます。それも結構険しい形相で。

 なので私は思わず。

「ごっ、ごめんなさいっ!」

「あっおい! 逃げるな!」

 逃げるなと言われて逃げない人はいません。

「なんで逃げるか!」

「と、トイレに行きたいんです!」

「嘘つき! 自分メトロポリスやろ!」

 バレてる!?

「ごっ、ごめんなさぁい!」

 水を巻き上げ、竜巻状の水流を作り出します。【ツイスト】と呼ばれる制御です。火災旋風から身を守る場合を想定してインストールされています。今まで使ったことはありませんでしたが、まさかこんな形でお披露目なんて……。

「!? 制御強度が高い……ウチが全く干渉できへん!」

 私の制御下にある水の制御を奪おうとしているようです。しかし出力はこちらの方が上のようでした。

「や、や、やってしまいました! こっ、これからどうすれば……!」

 思わず能力を使ってしまいました。これで印象は最悪です。穏便な解決はもはや不可能でしょう。

 彼女たちはおそらく地元の消防隊です。やはり勝手な消火活動はまずかったでしょうか。この国にはこの国のやり方があるに決まっています。それなのに……うぅ、署長……こんな時どうすれば……。

 と、その時。


「こんの――アホーーーーーーーー!!!」


 があああああああん!!

「痛っ――たーーーいっ!!」

 頭に衝撃が降ってきました。思わず頭上に星が回ります。

 その拍子に水の制御も疎かになり、ツイストも消え去ってしまいました。

「何やってんだお前ぇ!」

 そしてもう一発、ゴン!!

「痛ぁ! って、エ、エナさん!? どうやって!?」

 エナさんがいました。彼女が私の頭に拳骨を降り下ろしたのです。

 でも、どうやってあの水流を抜けて?

「上からだよ上から! ガラ空きだ気を付けろ! けどそんなこと今はどうでもいい!」

 エナさんは私の両頬をつまんで――ぎゅいっ!

「ん゛ぁ!? 痛いいふぁい! 痛いですいふぁいです!」

「地元の役所とケンカしてんじゃねー!」

スミマセンスミマセンふみまふぇんふみまふぇん!!」

 ひとしきり頬をつねられたあと、私は解放されました。解放されても頬はジンジンと痛みました。

「ううぅ、すみません……」

「ふん」

 これは怒られても仕方ないことでした。いえ、怒られるぐらいで済んで良かったというべきです。

「さて……悪かったな、チャオ。うちの新入りが迷惑かけたみたいで」

「エナ……」

 エナさんはイエローフードの女性に軽く言いました。既知の仲だったようです。

 これで穏便に収まってくれれば良いのですが――。


「またお前らか!! 今日という今日は許さん!!」


 ………………えぇ……?

「はぁ!? こっちはちゃんと謝ってるだろ! なにケンカ売ってきてんだ堅物野郎!」

「メトロを狩ってくれんのは良い! もう少し穏便にやれと言ってん! いつもいつも街を盛大に壊して燃やしおって、特にエナ、おまえや! この放火魔!」

「あーっ、お前また放火魔って言ったな!? 言いやがったな!? 気にしてるんだぞ一応!」

 なんでエナさんも言い返してるんですか……? 

「知らへんアホ! 放火魔に放火魔って言って何か悪いんか!?」

「2回も言った! 2回も言った! …… 久々にキレちまったぜ…… あっちの広いとこ行こうぜ」

「ふん、望むところや。ウチ以上の骨董品には引導を渡したる」

「わああ! ちょ、ちょっと待ってください!」

 私は慌て二人の間に割って入りました。

「わ、私が悪かったんですよね!? 謝ります! すみませんでした! だ、だからケンカはやめてください!」

 また街が炎上しそうです!

「……別に悪いコトしてんなんて言うてへん。少しびっくりしただけや」

「びっくり……?」

 女性――チャオさんがトーンを下げて言いました。


「あんた、【炎の赤ずきんちゃん】やろう?」


「!? な、なぜそれを……!」

 それは、置き去りにしてきたはずの名前でした。いいえ、その名前を名乗ってはいけないのです。私にはもう、それを名乗る資格も能力も無いのですから。

 それでもチャオさんは続けます。

「時計塔の【緑衣の騎士グリーンコート】、合衆国の【オレンジ・フード】、それから日本の【炎の赤ずきんちゃん】を知らへん輩は、火消しの世界にはいーひん。居ったらそいつはモグリや」

  彼女は微笑を浮かべて、私にそっと手を差し出しました。

「ウチは首都消防局メトロ消防隊【イエローフード】の隊長【チャオプラヤー】や」

「あ、いえ、あの、その……」

 体が引き気味になった私の手を強引に捕まえて、チャオさんは強く握りました。

「会えて光栄や。よろしゅうな、炎の赤ずきん」

「……」

 こんな遠方にまで、我々の名前は届いていました。

 それはとても喜ばしく、署長にすぐにでもお知らせしたいことでした。

 ですが……ですがやはり、素直には喜べない私が、夜空の下には佇んでいました。


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