イエローフード

『オーライオーライ……OKー!』

 エナさんに誘導され、ヘリは川岸へ着陸しました。エナさんとライカさんを回収するためです。プロペラが巻き起こす風は強く、ライカさんとエナさんの髪を激しく波立たせています。足元の湿った砂塵だけが、平気そうな顔をしていました。

『……っ、ごめんなさい! 私、やっぱり行きます!』

『は? あ、おい、どこにっ』

 いてもたってもいられず、私は駆け出していました。

 目の前には炎がくすぶる街が広がっています。煙の臭いが立ち込めていて、人間でもないくせに、咳き込んでしまいそうです。川岸から離れ、建物が立ち並ぶ区域に入ると、ますます煙の臭いは強くなりました。視界の隅に炎の光がチラつきます。

「水……どこかに水は……あっ、消火栓!」

 消火栓がありました。

「これなら……!」

 カバーを素手で外し、管の中の水を手繰り寄せます。私の二の腕の精霊刻は、淡く発光していました。水が溢れ出したのを確認して、私は近くの建物の屋根に飛び乗ります。ヘリから飛び降りるのはできませんが、少しの高所へ飛び乗るくらいなら私にもすることができました。

 そこで街を見回し、火災の状況を確かめます。

「1、2……6箇所で同時火災……! 」

 一刻も早く鎮火しなければ、周囲一体が焼け野原になってしまう規模です。まさしく悪夢の序章でした。

 しかし。

「今ならまだ……間に合う!」

 そのころ私の足元、建物の下の道路には、大量の水が集まっていました。ちょっとした洪水のようになっています。


 そこから――ザバアアアアアンッ!

 シャチの形をした巨大な水塊が飛び出し、私の頭上を越えて行きました。


「【オルカ】っ、行って!」

 オルカが火点に向かっていきます。猛スピードで、最寄りの火元まで一直線です。障害物に合わせて形を変えるので、建物を壊したりすることはありません。迅速、かつ大量の水を現場まで送り込むことができる技でした。人が避難しきれていないような場面では使えないのが難点です。

 オルカが最初の炎に突撃します。炎は一瞬で水に飲み込まれました。

「次!」

 オルカは街を跳ね回って、瞬く間に炎を食い尽くしてくれました。2分もしない内に、街から火の手は消え去っていたのです。今はただ、焦げ臭い残り香が風に吹かれているだけでした。

「人は……うん、飲み込んでない」

 オルカの中に人がいないことを確認してから、オルカを川に飛び込ませました。大きな飛沫と共に波が生じ、川岸へ少し浸水したようでした。着水が少し距離が雑だったかもしれません。へ、ヘリは大丈夫でしょうか……。

「でも……良かった、ひとまず……」

 街を見回し、ほっと安堵の息を吐きます。

「ち、鎮火の確認しなくちゃ……」

 建物から飛び降り 、最寄りの火点へ走ります。まだ火がくすぶっていると、再燃する恐れがあり危険です。まだ完全には気を抜けません。足元に広がった水を引き連れつつ、移動を開始します。


 と、その時でした。


「は? もう火消えてん!? ウチらまだ現場についたばっかりや! そないなわけない!」

 黄色のイエローフードをかぶった一団が、脇道から現れたのです。先頭で声を張り上げているのは女性のようでした。

「どんどん消えてった? 水の塊が動き回って? ……イヤイヤイヤ、ウチら以外にそないなことできるヤツこの街にはら――」

 目が合いました。

「……」

「……」

 私の二の腕では水精のシンボルが輝き、足元では水が渦巻いていました。

 しばしの沈黙が通り過ぎたあと、女性が目を見張って、驚きの声を上げたのです。

「お、ったー!?」

 えっと……とりあえず、なんですか、その方言……?



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