グラフィアス 3/5

『いっくぜええええええ!』

『えっ、ええええええええええええ!?』


 とっ、飛び降りたー!?

「エナさん!」

 私はヘリのハッチ部分から下を覗き込みました。

 すると、グラフィアスに向かって吸い込まれるように落ちていくエナさんがいました。

 エナさんは空中で両こぶしを重ね、すぐに一気に左右へ振り抜きます。

 するとその両こぶしが発火したのです。

 煌々と燃え盛る炎の中に、赤熱した火精のシンボルが浮かび上がっていました。

 緋色の髪は炎のように逆巻き、火の粉とダンスを踊っています。

「うおおおっ!!」

「!」

 グラフィアスがエナさんに気が付きます。

 しかしもう遅かったようでした。


 ガァァァァァン!!!!!!


 インパクトの瞬間、炎が激しく燃え上がりました。大きな音と光が夜に波紋して、それと同時にグラフィアスが吹き飛んでいきました。

 エナさんは――。

『よしっ、成功! やったか!?』

 無事でした。ズサアアっと砂埃を巻き上げ、地面に着地していました。

 一方グラフィアスは、近くにあった建物に衝突しました。そこでも砂埃が立ち込めており、彼女の様子はわかりません。

 しかし、その結果はダイヤモンドスターさんが教えてくれました。

『エネルギー反応、継続しています。エナさん、グラフィアスは健在です』

『ちっ、やっぱそんなに甘くねぇか!』

 エナさんはすぐさま飛び出します。

 そして時を同じくして、砂埃の中で何かが蠢きます。


 ボッ!

 グラフィアスが現れました。

 正気がなさそうなのは相変わらずですが、エナさんには明確な敵意を向けていました。犬歯はむき出しで、フレキシブルアームの先端もエナさんに向けられています。

「ハッ、正気を失ってんなら、自分でぶっ壊れちまえばいいものを!」


がアアアアアアアアアア!!!


 グラフィアスが、もはや言葉とは呼べない叫びを上げます。ローター音のやかましいこのヘリでも聴こえました。

『セラさん、よく見ておいて』

『……はい』

『あれが私達がこのアユタナにいる理由のひとつよ。……戦争の爪痕、だけど、今でもまだ誰かを傷つける……』

 私がこれから立ち向かわなくてならないものの本質は、きっとそれなのだろうと思います。

『あの頃の混乱に埋もれてしまった何か。誰かの願い、誰かの使命……戦争が終わった今となっては、ひどい災厄となりうる遺物』

 だからこそ、エナさんは戦うのだと思います。

 あのころの出来事に、真に理解を示すことができる、あるいは受け止めることができるのは、同じようにあの頃を生きた者たち以外にいないのでしょうから。


 ゴンッ!

「!」

 轟音に追想を断ち切ります。

 地上でエナさんとグラフィアスが衝突していました。互いの拳を掴み合って硬直しています。

「へっ」

 エナさんが仕掛けます。エナさんは拳の炎を大きくし、グラフィアスの手を焼き焦がそうとしているようでした。グラフィアスは異常に気がつき、エナさんから離れようと試みます。

「離さねぇぜ」

 しかしだめでした。エナさんはその手を離しません。

「ゴァアッ!」

 グラフィアスは暴れます。

 そして次の瞬間。

「! やべ!」

 エナさんはすぐに手を離して距離をとります。直後、エナさんの頭上から酸の雨が降ったのです。グラフィアスのフレキシブルアームから噴射したものでした。

『エナ、気をつけて』

『わーってるよ! 』

 酸の噴射が断続します。エナさんは右へ左へと回避しました。そして酸の噴射が途切れた隙に――。

「炎弾!」

 拳の炎を燃え上がらせ、パンチのモーションで炎を投射しました。

 グラフィアスには――直撃! 

 もう攻撃を避けるほどの知能も保てていないのでしょうか。

「ガアアアアアア!」

 いいえ、違いました。避ける必要がなかったのです。

 グラフィアスはエナさんの炎弾をものともせず、正面から受けきったのです。

「チぃッ、温度が足りねぇか」

 エナさんが両拳を突き合わせます。それは祈りの仕草にも似ていました。

 再び波動が生じて、炎が一層大きく燃え上がります。炎の色がオレンジ色から白に近くなりました。温度が上がっている証拠でした。

「このくらいで、どう……だっ!」

 ボールを投げるフォームで炎を放ちます。

 グラフィアスはそれを――避けました!

「はっ! この温度は嫌だってか!」

 エナさんが拳を掲げ、炎を大きく立ち上げます。

 それは少しカーブを描いた長方形を象っていました。どこかで見覚えのある形をしていました。

火鉈かなた!」

 そう、鉈の形です。巨大な炎の鉈でした。振り下ろせばグラフィアスに届く大きさでした。

 それを――ゴォ! 

 勢いよく振り下ろしたのです。

 グラフィアスは回避します。

 しかし。

「!」

 振り下ろされた炎は、地面にぶつかった瞬間、激しく弾けたのです。

 グラフィアスはその炎の波に飲まれ、姿が一瞬見えなくなります。カメラのフラッシュを思わせる光が街を包み、火の粉が蛍のように夜へ散らばって――。

『って、あああああああああああ!!』

『!? なんだ新入り! うるせぇぞ!』

『火が! 街に火が! あっちにも! こっちにも!』

 街のいたるところで火の手が上がっていました。

 いや、初めからそこそこ火の手はあったのですが、それを勘案しても多すぎです!

『エ、エナさん! あなたってひとは! やっぱり放火魔じゃないですか!』

『わざとじゃねーし! それに今はそんなこと言ってる場合じゃねーだろバーカ!』

 するとその時、ライカさんが静かに言いました。

『エナ。わたしも出るわ』

『!? もう時間切れかよ!』

『早く消火に移りたいというのは確かよ。ダイヤモンドスター。援護を』

『了解』

 ヘリが速度を落とし、機体の下でカタカタと機械音が連続します。

『機関砲を起動。テスト動作良好。各種ステータスオールグリーン、入力ラグは0.003秒、理想値です』

『2時の方向、300メートル先に広い公園がある。そこに追い込んで』

 そうとだけ伝えるとライカさんは――とんっ。

『あ、ええええええええええ!?』

 こっ、この人も飛び降りたー!? 

 ライカさんは空中で帯電。近くにあった建物などの金属に干渉して減速、着地したようでした。

 そんなライカさんをハッチから覗き込みながら、私はダイヤモンドスターさんに尋ねます。

『……もしかしてロープレスの飛び降り性能ヘリボーンは必須ですか……?』

『必須ではありません』

『あっ、そうなんですか。よかった』

『ですが私を含めて、アユタナにいるメトロは全員飛び降りができます』

「ええっ!?」

『「みんなやっているよ」というと、あなたの国の方々はそれをやり始める、と、東京のアデノクローラに教えてもらいました』

『あとでアデノクローラさんと話をさせてください』


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