グラフィアス 4/5
『ライカは古い神話に登場する雷精を模してデザインされました』
ヘリの下では機関銃が火を噴いています。
ヘリは高速で機動しており、乗り心地ははっきり言って最悪です。私も振り落とされないのがやっとでした。
『そしてそのデザインは、雷撃を扱う上でその上なく効率の良い形態でした。電気の存在が認知されていない、古い時代の人々がそのことを知っていたとは考えにくいですから、もしかしたら本当に、雷精あるいはそれに匹敵するオーバーテクノロジーが実在したのでは、との説もあります』
ダイヤモンドスターさんの淡々とした解説は、この状況にはあまりにミスマッチでした。体がぐらんぐらんなのに、吹き込まれる説明は単調で、正直パニックです。
『フレーム製造はその大部分が、職人の手によるアルミ合金のフルスクラッチです。もはや工芸品の領域と評価されています。その製造コストから、彼女に続く姉妹はいまのところおりません』
『そ、そうなんですか――きゃああああああ!』
必死にヘリの内装にしがみつきます。
『ダメ元でお願いするんですけどっ、もっ、もっとそぉっと操縦してくださぁい!』
『作戦行動中です。それは出来かねます』
地上では戦闘が続いています。
エナさんとダイヤモンドスターさんが、連携してグラフィアスを追い込んでいます。その間にライカさんは、ほとんど低空を飛翔するかたちで移動していました。ものすごい速度です。おそらくはリニアやレールガンと同じ原理だと思われます。
『ライカ。あと15秒で目標地点に追い込めます』
『了解。ヘリはすぐに退避して。巻き込まない自信がないわ』
『「ヘリは」ってなんだ「ヘリは」って! オレはどうすんだよ!』
『信じてるわ、エナ』
『あと10秒です。エナさん、最後の詰めをお願いします』
『末代まで呪ってやるからなお前ら!』
機関砲が動きを止め、ヘリの飛行軌道が安定します。そして大きな円を描きながら、公園から離れていきました。
『中継するぜ新入り。よく見とけよオレ様の活躍を!』
視界の隅にウィンドウが差し込まれます。エナさんの視野のようでした。今まさにグラフィアスの背中を追っています。機関砲によるダメージなのか、胴体やフレキシブルアームに弾痕が穿たれていました。ですが致命傷には程遠いようです。恐るべき耐久性でした。
『
舞う雪を受け止めるかのように差し出されたエナさんの手から、幾百もの炎が飛び立ちました。炎はすぐさま形が整えられ、その名の通り、ヒバリの形を成したのです。群れを作った炎の鳥たちは、エナさんの頭上を旋回したあと――。
『食いつくせ!』
グラフィアスに殺到しました!
ただの突撃ではありません。あえて公園への道を残す形で、グラフィアスを取り囲んでいました。
『行ったぞライカ!』
『了解』
グラフィアスが公園に飛び込みます。火晴鳥たちはグラフィアスに襲い掛かりますが、しかしあまり効果はないようです。グラフィアスは移動を続けます。
そしてついに、ライカさんと邂逅しました。
『――【帯電】』
公園、その中央にある広場。
その真ん中にライカさんは佇んでいました。
不用意にも遮蔽物の無い場所に飛び込んでしまったグラフィアスに、もう回避は不可能でした。
ライカさんがグラフィアスを指さします。
『さよなら』
パンッ――ピシャアァァァアアアアアァアアアァァアン!!!
凄まじい雷光が、グラフィアスを貫きました。
『うわあああああ!』
エナさんの悲鳴でした。中継映像を見ている私も思わず目をつむり、耳をふさいだほどです。エナさんはひとたまりもないでしょう。
地面に伏せていたエナさんが顔を上げます。
周囲にあった芝や地面には、焦げた跡ができていました。一部の街灯は破損しています。ライカさんから放出されたエネルギーが、いかに途方も無い大きさだったかを物語ります。
近くにいるだけのエナさんが悲鳴を上げるほどですから、直撃したグラフィアスの結末は、火を見るよりも明らかでした。彼女は悲鳴すら上げることなく――。
悲鳴すら上げることなく、健在していました。
「!?」
「ライカ! 下がれ!」
エナさんがとっさに叫びます。
それとほぼ同時、グラフィアスから酸が噴射されます。狙いはもちろんライカさんでした。
『くっ、どうして……!』
ライカさんは帯電。公園の街灯に貼り付きます。なんと鉄の支柱に垂直に立っていました。普段の様子からは想像もできない、悔しそうな表情を浮かべています。
そしてその頃、ライカさんがいたところに酸が降り注ぎ、地面がじゅわじゅわと溶けていきました。
『ライカ! 酸はアルミを溶かす! 気をつけろ!』
『わかっているわ……っ』
ライカさんは動揺しているようでした。
きっといままで、雷撃が効かなかった相手がいなかったのでしょう。
『ライカ。おそらくグラフィアスのフレーム素材が原因です。グラフィアスのフレーム素材が絶縁性なら、ライカの攻撃が効かなかったことも頷けます。それから先ほど、グラフィアスがフレキシブルアームを地面に差していました。アース代わりにして、地面へ電気を逃がしたのです』
『器用かよ! 敵じゃなかったら褒めてやりたいぜ!』
エナさんが飛び出します。再び接近戦を仕掛けるつもりのようでした。両こぶしはすでに炎を纏っています。
『エナ! どうするつもり!?』
『打撃も炎も電気も大して効果無ぇなら――』
ドゥ!
「関節キメてぶっ壊すしかねぇだろ!」
グラフィアスの腹部に拳が突き刺さります。彼女の体が押し下がりますが、またアームを地面に突き刺して留まりました。しかしエナさんはそのタイミングを狙って、グラフィアスの頭部に踵落としを浴びせます。
ですが次の瞬間。
ドゴ!
「うぐっ!」
エナさんが吹き飛び、近くの木に衝突。地面に倒れました。グラフィアスがすぐさま立て直し、フレキシブルアームで側方からエナさんを殴りつけたのです。
『エナ!』
『ライカは近づくな! お前に
エナさんはすぐに立ち上がります。
グラフィアスの追撃が迫っていたからです。顔は土ぼこりで汚れていました。
グラフィアスの攻撃は――フレキシブルアームの薙ぎ払い!
速度と重量を考えれば、自動車に追突されるくらいの衝撃を受けるでしょう。
エナさんはとっさにジャンプ。攻撃を回避しました。グラフィアスのアームが、エナさんがぶつかった木をへし折ります。
最小限の挙動で攻撃を避けたエナさんは直ちに着地。ほぼ同時に着地したグラフィアスの足を掴み――ぐるん!
あっという間にグラフィアスを組み伏せました。
そして――バキ、バキバキィっ!!
グラフィアスの左足を破壊しました。
黒板をひっかくような、聞くに堪えない悲鳴がこだまします。
『……すごい……』
一方で私も、思わず声を漏らしました。
『状況への対策をすぐに出してくる……たくさんの経験値と高い判断力が無いとできないことです』
ダイヤモンドスターさんが反応します。
『エナさんは、性能こそもはや時代遅れですが、それを補う経験値があります。
我々はデータを参照し、並列化し、共有して、多くのことを学ぶことができます。しかし、あの大戦で実際に戦うことで得る一次データに勝る学習ではありません。所詮は二次データなのです。戦場での経験という生々しい情報が、エナさんの戦闘中の判断力をより高度、かつ最適にしているのです』
視界の隅に、エナさんの情報が表示されます。
スクロールが終わらない長大な戦歴、与えられた数多の勲章、異邦の子供から送られたであろう感謝の手紙――それらがエナさんの功績を物語ります。
『【
ただの言葉遣いが荒くて無神経で失礼な放火魔、というわけではないようでした。
エナさんの情報が非表示になり、戦場の映像が戻ってきました。
「へっ、これで――うわっ!」
フレキシブルアームがエナさんに巻き付きます。まるで大蛇のようです。そして――ブンっ! エナさんは大きく放り投げられました。
「そっか、アームがあるから寝技はキマらねぇのか……!」
柔道などの寝技は、手足が2本ずつある人間を想定した技です。5本目であるアームがあるグラフィアスには不十分でした。
『グレートサウス共和国に確認が取れました。スコーピオン・グラフィアスのフレーム素材は、【グラスファイーバー】を中心とした混合材料です』
『ぐ、グラスファイバー!?』
『セラさん、どういう素材なの?』
『不燃材料ですよそれ! 燃えにくいとされている素材の最上級の等級に指定されている素材です!』
『ガラス繊維とも呼ばれるガラスの一種です。そのため化学薬品にも強いです。酸を扱う都合上、グラスファイバーが採用されたのでしょう。また、固形状のガラスは電気は通しません。ライカとエナさんのコンビにとっては天敵のようなメトロです』
『そ、それから水にも強いです! 消火器具のほかに、船体とかにも使われます!』
『この場にいるやつ全員相性悪いじゃねーか!』
そうしている間にも、事態は新たな局面を迎えていました。
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