炎の赤ずきんちゃんと機械な仲間たち 1/2

「入って。案内するわ」

 私が通されたのは鉄筋コンクリート造りの方でした。ピカピカに磨かれた白いタイルの床が印象的で、研究所のような様相でした。入口の自動ドアは電気錠式で、メトロポリスの場合は、各機に付与されたIDとパスワードの入力が必要でした――といっても、電子的に処理しているので、はた目には普通の自動ドアを通り抜け過ぎているようにしか見えませんでした。 

「セセラギセセラギ……セラさんで良いかしら」

「?」

「あなたの呼び名よ。セセラギって、悪いけど私は少し呼びづらいの」

「あ、『せせ』の部分で舌が回らないんですよね。分かります。はい、構いません」

「じゃあセラさん。このメトロポリタンでは、何か判断に困ったら、最高権限個体である私に訊いてくれればいいわ。だけど、私にもしものことがあった時のために、二番目がいるの。まずはその子を紹介するわ」

 最高権限個体とはそのメトロポリタンでの、いわゆる責任者のようなメトロポリスのことです。本当の責任者は人間の方なのですが、メトロポリスにもリーダー格を設定しています。

 そしてその個体は 、そのメトロポリタンにおける最高戦力である場合がほとんどです。

 ライカさんは地下に降りたところにあった扉の前で立ち止まりました。扉は金属でできており、重厚な印象を受けました。

「ここが彼女がつめている場所よ」

「セキュリティルーム……」

 部屋の表札にはそう書かれていました。

「ダイヤモンドスター、新しい子を連れてきたわ」

 近くにあった防犯カメラにむかって、ライカさんは言いました。するとまもなく、ドアが開きました。

 その奥は無数のディスプレイと計器、それから接続端子で埋め尽くされていました。壁はもはや見えませんでした。部屋の中央にシートが1脚おいてあり、それに誰かが座っていました。座って 、目を閉じています。

「おはよう、ダイヤモンドスター」

 すると一拍遅れて。

『おはようございます、ライカ』

 部屋のスピーカーから声が聞こえてきました。すると椅子に座っていた彼女のまぶたが上がり、その翡翠色の瞳を露にして立ち上がりました。シートの上で何かに接続されていたのか、がちゃりという音がしました。

 無造作カットのボブの金髪、エメラルドグリーンの瞳、凹凸の少ない流麗なボディフレームと、そのラインにぴったり沿ったスーツを着ていました。スーツはワンピースタイプの水着のようなデザインで、ところどころむき出しの関節の機構がみてとれます。一目で機械だとわかる特徴を多く残していました。背は私より少し高いです。

 私はその姿に見覚えがありました。

「……えっと確か……アデノクローラ、さん?」

「彼女は1619機いる私の妹の内の1機です。【メトロポリタン・東京】にいるので、何かの機会に目にされたのでしょう」

 自身の口で彼女はそう言いました。

「彼女がユーフォルビア・ダイヤモンドスターよ。ユーフォルビアシリーズの一人ね。米軍で大量運用されているメトロポリスで、電話番から艦隊運動管制までこなす超々汎用型……ここでは主にセキュリティの保守管理をお願いしているわ。

 ダイヤモンドスター、この子が新人のセセラギさん。日本製よ。セラさんとでも呼んであげて」

「お話は聞いていました。よろしくお願いします、セラさん」

「よっ、よろしくお願いしますっ!」

 無表情で差し出された手を、私は両手で握り返しました。

「彼女はほぼ24時間体制でこのメトロポリタンを監視しているわ。彼女の悪口だけは言わない方が良いわね」

「別に構いません。気にしませんので」

 抑揚のない声で続けます。

「エナさんのおかげで慣れました」

「あぁ……」

 納得です。

「……今のはジョークです」

「ええ!?」

「というのも冗談です」

「どっちなんですか……」

 物静かな口調とは違って、案外楽しげな方なのかもしれません。



「もどり……ました……」

 木造の建物の中へ入ったちょうどそのとき、入り口から誰かが続いて入って来ました。とってもダウナーな声色でした。

「おかえりなさい、サジィ。ちょうど良かった、少しいいかしら」

「何でしょう――ひぇっ……!」

 サジィと呼ばれた方が、わたしを見るなり怯える声を上げました。

「ま、まままさかこの人が……」

「そうよ」

 ライカさんが私に呼びかけます。

「セラさん。この子はサジィ。【メイデン・オブ・サジタリウス】。医療向けの設計だから、普段は街の病院で手伝いをしているわ。ここは滅多に人間はいないしね」

 びくびくオドオド。

 そんな感じでサジィさんは目を泳がせます。

「は、初めまし、て、メトロのサジィ……です。よ、よろしく、お願いします……」

「よろしくお願いします――あの、顔色が悪いですけど、どこか具合でも……?」

「ひぃっ!? す、すみません!! 」

 サジィさんは柱の裏側に隠れてしまいました。

 ど、どうしてこんなに怯えられているんですか……?

「あの……私、何か気に障るようなことでも……?」

「い、いえっ、そんなことは……!」

「じゃあなぜ」

 柱の向こうから顔を出したサジィさんは、ポツリと言いました。

「エナさんと同郷だって聞いていたので……」

「ほーう」

「ひぃ!? エナ=サン!?」

「それはどういう意味だサジィ?」

「ぎゃああああ! そういうの! そういうのですぅぅぅ!」

 サジィさんの背後に、悪い笑顔を浮かべたエナさんが立っていました。

「よし、これを機にじっくり話し合おうぜ」

「肩! 肩もむのやめて! ぬぁっ、ってなるので! ぬぁっ、ってなるのでぇ!」

 ひとしきりサジィさんの肩を揉んだあと、エナさんは去って行きました。

 サジィさんはといえば、床に座り込んでグッタリとしていました。

「……エナさん、全体的に音量が大きくて、びっくりするので苦手なんです……」

 お察しします。

「うぅ……」

 あ、柱を支えに立ち上がりました。

「に、日本から来られたそうですね……お疲れでしょうから、まずはゆっくり休んでください……休息は大事です……」

 休息の大切さをプッシュする彼女はしかし、疲労困憊な感じのテンションで私を歓迎してくれました。

 床に付きそうなくらいにロングな黒い髪は、しっとりとした光沢がありました。ツギハギだらけのナース服は、元の布地の面積の方が少なそうです。

 顔立ちは黒縁の丸メガネが良く似合う、童顔な造形です(人のことは言えませんが)。背は私より高く、しかしエナさんよりはやや低そうな感じでした。

 そして特に異彩を放っているのが頭の被り物で、防ペストのマスクをモチーフにした帽子のようでした。しかしそれが最も医療者らしい要素でした。

「今日もお疲れのようね」

「こっ、子どもって、どうしてあんなに元気なんでしょうね……キミら病院来る必要ないよね……? って感じです……ま、またエナさんを貸してください。彼女も子供に人気なので、生贄――あ、いや、なんでもないです……」

「ふふ、同レベルで遊んでいるだけでしょう」

 どこかから「聞こえてるぞ!」という声が聞こえました。

「改めまして、せせらぎです。セラとでも呼んでください。……あ、あの」

「?」

「サジィさんも戦ったりされるんですか?」

「……わたし……? 戦闘は向かないので、あまり戦いません……」

「そ、そうなんですかっ」

「ぁ……も、もしかして、ご不安、ですか……? だ、大丈夫、です……課長……課長が、誘われたなら、絶対何か……ここでできることがあります。この場に無くてはならない……何か……」

 薄い笑みを浮かべて、サジィさんはそう言いました。やはりエナさんやライカさんと同じように思っているようでした。

 彼女は私の手を取って続けます。

「どうしてもご不安なようでしたら……カウンセリング、しますか……一応、できます、けど……ぁ……やったこと、ないですけど……」

「あ、いや、大丈夫です」

 丁重にお断りします。

「もし戦闘になったらどうするんですか?」

「……私、メトロにも勝てませんから、民間人の避難とか……ですかね……」

「あ、なるほど、それも大切なお仕事ですね」

 それなら私にもお手伝いできるかもしれません。

「メトロは……ムリ……私の性能で何をどうやったら壊せるんですか、アレ」

「うんうん、そうですよね……っ」

 そして、彼女は低い声で言いました。

「人間の壊し方だったら……わかるんですけど……」

「……」

 署長、この人ちょっと怖いかもです。



「む、その子が新人の子か」

 また一人どこかから帰ってきました。

「シャッテンだ。【シャッテン・ヘイロー】。ドルツ陸軍に所属しているメトロだ。よろしく頼む」

 軍服の意匠が施された、深緑のワンピースを着られていました。同じ色合いの制帽を被っていて、髪は長い金髪。後頭部の方で2つに結われているようでした。いわゆるツインテールです。背は高く、スタイルも良いです。羨ましくなっちゃいます。

 シャッテンさんは私を上から下まで眺めて言いました。

「貴官……メトロポリスではあるが、軍用としては作られていないな。何故このメトロポリタンへ?」

「に、日本の法改正で基準から外れてしまって……途方にくれていたところを課長さんに誘っていただいたんです」

「なに? もしや課長直々にか? ……あの女タラシめ、こんな可愛い子をこんなところに引き込むとは……」

「え……ひゃあ!?」

 な、なんか抱き締められてるんですけど!?

「かわいそうに。セクハラを受けたらすぐに言ってくれ。力になろう」

「はわ、はわわわわっ」

 良い匂いがします!

「シャッテン、セラさんが驚いているわ」

「おおっ、すまない。つい……ん?」

 とその時、シャッテンさんが私の二の腕に目を止めます。

「水の精霊刻か。なるほどな」

「? どういうことですか?」

「私の精霊刻は【影】だ」

 彼女はスカートを少しだけめくり、外ふとももに刻まれた【影】のシンボルを見せてくれました。

「つまり重さ・重力に対する干渉力を持つ。平たく言えば、念動力みたいなことができる。だが、固体ではないものに対する干渉は苦手なんだ。例えば空気とか電気とか――」

 シャッテンさんが私を一瞥します。

「水とかな。これは【影】に共通している」

「あ……」

「我々に足りなかった部分だ。ふ、何だかんだ、課長のヤツも考えてるではないか」

 満足げにうなずきます。

 やっぱりシャッテンさんも、課長さんを信頼しているみたいでした。

「それに――このメトロポリタンには放火魔もいるしな。水使いの出番は山ほどあるぞ。はっはっは」

 そしてまたどこかから、「聞こえてるって言ってんだろぉ!」という声が聞こえたのでした。



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