炎の赤ずきんちゃんと機械な仲間たち 2/2

 最前線の軍事基地であるアユタナですが、何も毎日ドンパチしているというわけではないようです。むしろそういう日は稀で、日々のほとんどは訓練や装備の維持管理業務、それから――。

「はーなるほど。川沿いの倉庫でアルバイトですか」

 歓迎会が始まるまでの間、私たちは宿舎のラウンジでくつろぐことになりました。「私の精霊刻は影だろう? 重い荷物を運んだりとかは得意なんだ。というか、むしろそれくらいしか能がない」

 シャッテンさんはすでにビールを飲んでいます。割と似合います。

「倉庫の中身を整理することもあるが、一番多いのは船と陸との荷物の上げ下ろしだ。たまに首都の港にも行って、大きなコンテナを動かしたりもする。割といいバイト代が出るし、首都でも遊べるから悪くない」

 はたして機械がアルコールを摂取する意義があるかという点については、深くつっこんではいけないのでしょう。

「風情だよ」

 私の心情を読み取ったのか、シャッテンさんは答えました。風情というより贅沢ではないでしょうか。

「メトロポリタンが各国から、メトロもしくはメトロポリスをリースしているみたいな感じになってるから、メトロポリタンが私たちをどう使うかは、ある程度裁量が与えられている。遊ばせているのはもったいないから、何らかの形で働かせるというのは合理的だ」

「わたしは、病院で……バ、バイト代は……ほとんど私たちがもら……もらえますし……こっ、こちらとしても、ありがたい、です……」

 表現し難い色をした謎の飲み物を、サジィさんは飲んでいました。おまけにグラスはビーカーでした。

「セラさんも……飲みますか……おっ、おっ、おいしいですよ……」

「あ、いやっ、わたしは……や、やめときますね……」

 何でできてるんですか、それ。



「ところで……仲良いんですね、お二人は」

「「?」」 

 二人はそろって首をかしげました。

 どうしてそんな反応が返ってくるんでしょうか。

「いえ、だってほら……サジィさん、思いっきりシャッテンさんの膝の上でくつろいでるじゃないですか」

 二人は顔を見合わせました。

 シャッテンさんは見下ろし、サジィさんは見上げました。その位置関係にいたらそうなるでしょう。

「シャッテンさん、し、静かで、こうしてると落ち着く……ので、あと……や、優しいから――」

 サジィさんが帽子を目深にかぶって顔を隠しました。

「す、好きです……」

「……」

「拒む理由もないからな」

「……」

 シャッテンさんがビールの入ったグラスを傾けます。顔が赤い気がするのはアルコールのせいでしょうか。

 そしてよく見たら、シャッテンさんが持っているグラスもビーカーでした。オソロってやつです。サイズもメモリのペイントも同じなので、どちらのグラスがどちらの持ち物かも分からないと思われます。

 と、そこへ。

「おいテメーら! イチャついてないで手伝え!」

 エプロン姿のエナさんが現れました。ちなみにエプロンはカーキ色でした。

「ひぃ……エナさん……!?」

「い、イチャついてなどいない!」

 エナさんに驚くサジィさんを、シャッテンさんが抱き締めます。

「くそっ、なんでこんなに日に限ってオレが当番なんだよっ」

「セラさんが日本から来ると聞いていたから、日本製のメトロが食事を用意した方が口に合うと思って」

 カセットコンロを二つ抱えたエナさんの後ろに、カセットボンベを二つ持ったライカさんがいました。

「日本の食材一切ぇじゃねーか! せめて味噌と醤油くらい支給しろ!」

「日本のミソとショーユがあっても、このあたりの食材には合わないでしょう。常備するほどのものではないわ」

「あ、お味噌とお醤油なら、少ないですけど今度ここに届きます……たぶん恋しくなると思ったので」

「有能か新入りお前ぇー! あぁ……でも今無いことには変わりねぇか……」

 エナさんが肩を落とします。

「ふふ……何だかんだ言っておいしいものを作ろうとしているところが可愛いわ」

「!? そ、そんなんじゃねーし! おわっ!?」

 ガスコンロを落としそうになりましたが、エナさんは何とか立て直しました。

「くっ……おい新入り! 勘違いすんなよ! オレはただ……えっと、そう! 何かとこだわっちゃうんだ! お前のためじゃないからな!」

 エナさんは廊下に消えていきました。

「と、こんな風に、エナも悪い子じゃないからよろしくね」

「不器用すぎる、彼女は」

「うるさいところ以外は……尊敬してます……とても強いですし」

 同じメトロポリスで暮らすことができているのです。そういう人たちでないと、共同生活はままならないのでしょう。

 私もここに馴染めると良いのですが。



「そういえば……エナさんもどこかでアルバイトとかしてるんですか?」

「「「……」」」

「え、何ですかその反応」

「あー、うん……事務仕事も辛抱持たないし、火気厳禁の場所も多い。エナも働ける場所となると、エナを雇うより普通の軍用じゃないロボットを使った方が安上がりな場合がほとんどだ」

「エナさんのお料理は……おいしいです。ひ、火の扱いが上手、なんだと思います……けど、そういうところは、料理用の……ロボットの方がパフォーマンスが、良いですから……」

「たまに護衛とか、警護の依頼でご指名があるわね。だから普段は、メトロポリタン内の点検とか掃除とか、内側のことをいろいろ任せているわ。このメトロポリタンのことは、ダイヤモンドスターの次にエナが詳しいでしょうね」

 エナさんはエナさんで、苦労を抱えているようでした。

 本来は戦闘用の存在です。日常に根差そうとすれば、それなりの課題が出てきてしまうのは宿命なのでしょう。

 ましてエナさんは大戦中に製造されたメトロです。より戦闘に特化された性能を持っているとしたら、課題もより大きくなるでしょう。

 あるいは、私もそうかもしれません。

 私は戦闘用ではありません。戦闘を想定したこの軍事基地に馴染もうとすれば、それなりの障害が立ちふさがるでしょう。そして戦闘になれば、そのひずみは、より大きくなって立ちふさがるに違いありませんでした。

「わ、私、エナさんを手伝ってきます!」

 きょとんとした三人を尻目に、私は厨房へと駆け出しました。



「エナさん!」

「おわぁ!? お、驚かせんな! 鍋ひっくり返すところだったぞ!」

「何か手伝わせてください!」

 エナさんはコンロの火を止めて、あきれ顔を見せました。

「はぁ……? なんで主役が準備するんだ? いいから座っとけ」

「仲良くなりたいんですっ」

「!」

「エナさんと、ここの皆さんと、仲良くなりたいんですっ」

 その場に馴染むには、一緒に作業するのが定石です。小さな一言からコミュニケーションは広がっていくものです。

「……ハハ、何言ってんだか。あんまり焦るなよ新入り」

「せ、せせらぎですってば」

「冷蔵庫の中のエビの殻を剥いといてくれ。三十匹くらいあって面倒だったんだ」

「わかりました! 任せてください!」

 冷蔵庫を開けます。ボールの中にエビがいっぱい入っていました。


「わ、綺麗な色ですね」

「今朝市場で買ってきた。オレが選んだんだ……褒めてもいいんだぜ?」

「ちょっとエナさんに似てて可愛い……色合いとか」

「厨房から出ていけ」



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