遅咲き開花真っ盛り

※ ※ ※



 今一度、鏡を前に己が姿を見やる。

 ちりっちりなくせ毛を整髪料で無理矢理固め、後ろに流したテカる黒髪。

 無駄に気張って笑われてはと思い、茶の薄ジャケットに青のシャツ、カーキのジーンズ。洗濯したての乾きたて。

 にきび無し。寝不足の隈無し。まつ毛ぱっちり、隅々まで歯も磨いた。後は主賓の到着を待つばかり。


 大丈夫だよな。ヘンに思われたりしないよな。スーツとかの方が良かった? 否、冠婚葬祭用の黒一色なんぞ、ただの呑みに出すにゃあ重すぎる。


「あ、ア……。あの、う」

 おっと、そんなこんなで目の前に黒い影。

 細すぎず・太すぎずのボディラインをぴっと見せる薄緑のタートルネックに、ロングスカートの裾からちらりと覗く朱茶のタイツ。ショートボブの艶やかな髪から香る薔薇めいた芳しい香りがたまらない。

 目を合わせた瞬間、小動物が跳ねるかのように肩を震わすその姿。本日の主賓の、到着だ。


「きょ、今日は……わざわざ来ていただいて、その」

「まあ、ま。細かいことは座ってから。外観はアレでも、出る酒は美味いんすよ、ここ」


 夜八時。『いつもの』お店で待ってます、だってさ。くぅーっ、いいよね。なんかイイ。おれ今すごく、『リア充』してる。やばくね? なんか、やばくね!?



※ ※ ※



「そうだよ! そーなんだよ! 戦闘は『効果音・喋り・挿入歌』のバランスが大事なんだ。どれが欠けても、どれが主張し過ぎても、見栄えが悪くて観るに堪えない。いやぁ、『ギギ』ちゃんは話が分かるぅ〜」

「ややや、ユメノさまこそ。最近のヒーローモノは玩具の販促に躍起なのデスよ。あれも売りたい、これも売りたいと、スポンサー同士の思惑が絵面を歪める様はもう、醜いったらありゃしない!」


 家に程近い呑み屋のカウンターで、安酒をかっ喰らい、特撮ヒーロー話に花を咲かす。

 しかも聞き手にゃイイ女。他に必要なものあるか? 無いよな。サイッコーだろ?


 水鏡みかがみギギ。拙作・ガーディアン・ストライカーの挿絵を担当するイラストレーター。

『しらふ』じゃ挨拶すらマトモに成立しないコミュ障なれど、早描きが出来て特撮話も堪能と来りゃあ、オトコのおれが気に入らないわけがない。

 初めて出会ったあの日のうちに、酔ったアタマで連絡先を交換。ミーティングと称し、呑みの席へと引きずり出したのである。


 しっかし、酒があると無いとじゃ別人だよなあこのヒト。どうやって日々を過ごしているのか気になってしようがない。

 酒の勢いでそれとなく問い質してみようか。ダメだ。それは明らかなルール違反。デリケートな話題は、もっと仲良くなってから。


「でもでもユメノさま。さっきからずーっとそれですネ? 生とか酎ハイとか、そういうの・頼まないんです?」

「えっ、ああ? スマックハイボールのこと? これはこれで、慣れるとクセになるぜ」

 やたらと甘ったるいクリームソーダのスマックと、ご近所A県の特産ウイスキーを割り入れたハイボール。どう考えても無茶苦茶だろ思ったそれが、なかなかどうして嫌いになれない。

 いや、まあ、酒として美味いかどうかと言われれば否だけど、こうしてネタになるのなら、値段の然程変わらない生ビールよかマシとも言える。

 そもそも、それより。


「そうやって思えるのはさ、たぶん。キミが傍にいてくれるから、か・なァ~……」

「ハハッ、面白いジョーダン言いますねぇユメノさま。お酒は酔うもの。味なんてさいさい変わりはしませんよー」

 さりげなァく言の葉に込めた想いは、届きもせずにかわされて。

 うむむ、可愛い顔して言うことが異様にオッサン臭い。安酒場の飲み物なんざどれも一緒っていうことか。それはそれでなんだか、悔しい。



「さぁてさて、今日はお開き。また来週、新規参入キャラについても話し合いましょっ」

「あ。あぁ、うん。カラダにキヲツケテ」


 このぎこちないやり取りが始まって二週間位経つのに、おれとギギちゃんとの間には何の進展もない。呑んで、描いて、また呑んで――。清い付き合いといえば聞こえはいいが、こんなんでいいのか? こんなんで……。


「いや、これで終わっていいワケあるか!!!!」

「は、はい!?」

 どうやら、勢い付いて声に出てしまったらしい。まずいぞ、言っちゃったはいいが具体案がない。どうする、どうする……!

 否、否否否。むしろこれはチャンスではないか? 互いに酔った赤ら顔、薄っすらぼやけたこの視界。

 少しくらい。そう! 少しくらい、なら――。


「あ、あの。ギギちゃんさ……」

「はい」

 言え、言うんだ。引っ込み思案のままじゃ、いつまで経っても前には進めないんだぞ。


「このままスッとサヨナラじゃ寂しいよ。だから、あのさ」

「はい」

 肯定の中に厭味は無い。仕掛けるなら今しかない! さあ行け、行くのだ、雑葉大!!


「あ、あ、あ。あ・の・さ……」

 いっ、けぇえええええええっ!!!!!!!!



「なんか、イラスト……描いてってくんない? ヒロインの、茉莉花」

「はあ」


 仕事用の手帳をひったくり、備え付けのボールペンで迷いのない線引き。

 なんでだよ!! ここまで雰囲気盛っといてナンデ描画の依頼なんだよぉおおおおお!?

 嗚呼っ、おれの馬鹿馬鹿馬鹿ッ。今更発言取り消せないし、向こうは既に描き始めてるしっ。


 そりゃさ、ギギちゃんに脈が無いのは判ってたよ。んな雰囲気になってなお、赤ら顔で表情一つ変えないだもん。失敗するって解ってたさ。

 だけど、なんだよその選択肢! ABCとあってどこからDを持って来た!?


「はいッ、さささっと出来上がりーっ。お外でしかも走り書きですから、細部の間違いにはご勘弁」

 ああっ。申し開きの暇もなく描き終わってるし。躍動的な体幹から放つアッパーカットのストライカー。文句のつけようのないくらい格好いい。

「みっしょん・こんぷりーと。さぁさどうぞ。これを私だと思って、今日はもうヒラキにしましょ」

「あ、あぁ。うん。ごめん、無理にヘンなこと頼んじゃって」

 流石に、それ以上無理を言えるはずもなく。今度こそホントのほんとに解散。

 このヘタレめ。折角のチャンスを不意にしやがって。死んでも怨むぞ! 誰を? ああ、それもおれかァ……。



 同時に、踏み越えられず『ほっ』としている自分がいるのは気の所為か。落胆してるのには違いないけど、不思議と気分は晴れやかだ。

 何故? どうして? WHY? 心に刺さる不可思議な取っ掛かりと共に、改めて手帳に走り描かれた画を見やる。


「あれ?」

 正直、勢いだから意味なんてなかったけれど。あの時おれは『茉莉花』を描いてとギギちゃんに頼んだはずだ。

 なのに、そこに在るのは捻りの利いた・躍動感溢れるストライカーの絵。酔っ払って間違えた? でも、前に菜々緒と会った時は、正しく指示通りに描いていたし――。



「ま。騒ぐほどのことでも、ないか……」


 尋ねようにも向こうさまは一刻を争うように去っちゃったし、悩んだところで意味が無い。

 本人の言う通り、これを彼女だと思って、今日は仕方なくお開きとしよう。

 大丈夫、まだまだ時間はあるんだ。ココロの壁や距離くらい、少しずつ埋めて行きゃあ良いよね。



※ ※ ※



「くぉらぁあああ!! この発注表を書いたのは、誰じゃああああっ!!」


 おぉお、おっかね。常日頃眉間に皺寄せた飯田リーダーが、真っ赤な顔して怒ってら。

 手に持ってるのは今月のオムツの発注表か。あれ大変なんだよなあ。今の在庫と現行の消費事情を考慮しつつ頼まなきゃならないんだもん。

 追加は毎月二回きり。書き損じで抜けがあれば他ユニットに頭を下げるか、残ってるもので無理くり・やり繰りするしかないハードモード。意図せぬ変更が出たり、新規の入居者がいるとバランスがマルキリ変わっちゃって、てんやわんやの大騒ぎ。

 はてさて誰だあ? リーダーに負担掛けて知らぬ存ぜぬを決め込む痴れ者はーっと。



「大ざっぱ! あんたでしょこれ書いたの!!」

「えっ、おれ!?」


 じょ、冗談だろ?! そいつはとんでもない濡れ衣だぜ。関係ないよ、無い無い無い。


「しらばっくれても無駄よ。左上に捺印された判子、どこからどう視てもあんたの苗字でしょうが」

「げげっ」

 嘘だと思い見返すと、そこに躍るは雑葉の文字を丸く囲んだ赤い印。他がおれを陥れようとしてるんじゃない限り、おれの過失に相違ない。


「昨日になって必死こいて在庫数えていたからもしやと思えば……。どうしてもっと早くからやらなかったの」

「むむ、むう……」

 まるで、小学生が宿題を忘れて先生に絞られる気分だ。此の世に生を受けて四半世紀、今更そんな惨めさを味わうことになろうとは。

 でも、だって、仕方が無いじゃん。

 それの提出日って昨日でしょ? ほら、きのうって言うとおれ、ギギちゃんと呑む約束当日だったから、仕事も何も手に付かなくってさあ。


 なんて正直に言ったら、火に油を注ぐだけだろうなあ。真実を喉元で留めて飲み込み、飯田フロアリーダーの口から繰り出されるお小言を、おれはただただ、無心に聞き流していた。



◆ ◆ ◆



「ねえ。ストライカー。あなたは、あたしのこと、どう思ってるの?」

 奪って来た毛布に包まり、土の上に体を横たえ、蒼褪めた顔でこちらを見やる茉莉花を見、ガーディアン・ストライカーは継ぐべき言葉を空に捜す。

 口付けを交わした相手の傷を癒すチカラ。斯様な技を、ノーリスクで何度も使用出来る訳がない。

 その代償がこれだ。他の傷を癒せば癒すほど、澱みが体内に残留し、育ち盛りの身体を蝕んで行く。


 彼女を死出の旅に引き連れ、早二か月。うち、治療を受けた数は両手で数えて足りないほど。

 誰の目から見ても限界だ。これ以上の無理は命に関わる。


 とは言え、それを伝えたところで彼女は納得するだろうか。答えは否。母は既に亡く、父は自分の手で殺した。神永茉莉花には身寄りがない。例えその先に死が待つとしても、彼女は自分と往く道を選ぶだろう。


「俺は……僕は……」

 自分にもっとまともな語彙があったなら。彼女を納得させられる台詞を吐けただろうか。

 ストライカーは言葉による説得を諦め、震える彼女の肩に手を回しーー。



◎ガーディアン・ストライカー 次話.TXT

・変更を保存しますか?

 →はい

 いいえ



※ ※ ※



「えーと……。このゴミクズ・is・何」

「何だ何だい人聞きの悪い。続きだよ、つづき。中間報告で良いから出せっつったそっちっしょ」


 ヒロインのデザインも決まり、四巻目の締め切りも見えて来たからと、途中経過を提出させたが、その結果がこのザマか。

 確かに、新キャラのマツリカを際立たせろと注文は出した。その結果がこの醜態か。

 舐められている。私が、ガーディアン・ストライカーという作品が、舐められている。


「折角これからキャラ立てしなきゃなんないって時に、なんでこんな事になってんの、って聞いてるの! あんたヒロインを使い棄てにする気!?」

「馬鹿言うなよ。心配すんなって、こんなの一時的なモンだから」

 ヒトの話聞いてた!? おかしいでしょ!? おかしいよね! もしかしてあたしの方が間違ってる?

「イチイチうるさいヒトだなあ。何です、書き直しですか? 書き直せば満足するんです?」

 何その上から目線!? 私に向かって何その口の利き方! あぁあもうイライラするぅ〜~っ。


 本業の過酷さから、彼の私情にはなるべく目を瞑って来たけれど、それも今日までだ。ついこの間まで創作一筋の童貞男が揺れる理由など、一つしかない。

「その様子じゃ、ギギとはずいぶん上手く行っているようね」

「な! ななな、嫌だなあナナちん。プライベートな話題っすよ。もっとこう、オブラートに包んで貰わないと」

「否定はしないのね……」

 怒る私を前にしてもなお、頬を赤らめ後ろ手で頭を掻く。思った以上に重症だ。

 酒を片手に意気投合している時点で不安はあった。それが今、こんな形で的中してしまうとは。


「まあ、誰が何と恋愛をしようと自由だし。私としてもこれ以上追求する気はないけれど。アナタ、本当にそれでいいの?」

「はい?」

 何が、と言わんばかりに小首を傾げてすっとぼけ。恋はヒトを変えるというが、これじゃあ『彼女』が浮かばれない。


「マツリのことよモチロン。あれだけ恋煩いしておいて、あの子のことは忘れちゃったのかしら」

「え」

 茉莉の名前を口にした瞬間、不安げに目が泳いだ。カンペキに忘れたのではなさそうだ。

 奴にもまだ人を想うキモチが残っていたか……。否否、むしろそっちの方が悪いわ。気まずいと解っていてもなお、ギギに好意を向けるだなんて。


「しかしまァ。あの子に惚れるだなんて、命知らずもいいとこよ。だって」

「なんだよ」

「む……。いや、何でも」

 驚いた。あれから二週間も経つっていうのに、そんなことも知らされていないのね。

 成る程、浮かれ調子で創作物に悍ましい自己投影をぶつけるキモチにも得心が行く。


「だから何さ。思わせ振りにハナシを切りやがって」

「そんなの、自分で聞けばいいでしょ。プライベートでも逢ってるんだし」

 わざわざ言って聞かせる道理はない。むしろ、今まで気付きさえしなかった方が驚きだ。


 それと同時に、何故自分はこんな下世話なことをしてるのかと思う。放って於けばいいのに。関係無いはずなのに。

 浮足立って話半分に笑って聞き流すアイツの顔を見、ほんの少し胸が痛んだ。

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