ご当地ったって、全部が全部美味しいわけじゃないからね

※ ※ ※



「ギギ。コイツが前々から言ってたガーストの書き手よ。ほら、挨拶・挨拶」

「あウ、う……」

 席に着くなり菜々緒に促され、歯の根を鳴らしてこの調子。守ってあげたい、というより――。ただただ、不安だ。

 何と言うか、物凄く言葉の歯切れが悪い。いっそ気持ち良いくらいにコミュ障だ。これで常人の生活が送れるのか、疑問ばかりが沸いてくる。

 彼女がお品書きに手を出した。これ幸いと菜々緒に近付き、何故かと耳打つ。


「オイオイいいのかよ。絵師さんにおれ、紹介しちゃってさ」

「心配御無用。マツリが戻って来たら、こいつは夢野美杉を語るニセモノだって答えるから」

「あっ、そ……」

 こっちはこっちで抜かりない。これまで向こうに顔を見せなかったがゆえの荒業か。


「はい、はい。挨拶したなら次は注文。ほら、選んで選んでー」

「なんでそう急かすかね……」

 このままじゃ間が持たないって意味じゃ正解だが、流石にちょっと忙しすぎやしないか。

 促され、ドリンクの頁を追い掛けるおれの目に、『スマック・ハイボール』という末恐ろしい字面が飛び込んで来た。


「な、に、い……!」

 あのただひたすらに甘ったるいご当地飲料を、上等なウイスキーと交わらせて何とする?

なんという悪魔的所業。お酒の風味はどうなんだ? そもそも、ハイボールとして成立させてよい代物なのか!?


「じゃあ、私は生……」

「スマックハイボール!!」

 意図せずして菜々緒と声が被った。おれの中のボウケン心が囁くのだ。『取りあえず生』の不文律を破ってでも、この歪な飲み物を注文せよと。


「ちょっとそれ……冗談でしょう?」

「馬鹿を言え。見付けたからには呑まずには帰れん」

 ドン引き顔に冷ややかな声で否定されると流石に堪える。いいじゃんスマック。この街の数少ない御当地モノだぜ。万人受けはまあ、期待できないだろうけど。


「まあ、いいわ……」付き合い切れないと会話を切られ、菜々緒の顔はギギなる女性の方に向く。

「あなたは……」

「あ。店員さーん。『知多』のストレートでお願いします。ええ、注文は以上で」


 視線がそっちに集まった瞬間これだよ。話題がおれたちの中で完結してたからしようがないけど、その隙に一杯注文するって無駄に豪胆だな。

 というか、一発目がウイスキーのストレート!? おいおい、幾ら何でも早すぎやしないか……?



「ひぁっ!? ご、ごご、めんなさい。聞かれちゃったので、つい」

「いや、謝られる程のことじゃあ」

「貴女を置き去りに口論を始めた私達にも責任があるしね」

 タイミングを見計らえず、自分のペースで物事を進めてしまう。成る程、結構なレベルのコミュ障だ。まあ。絵師の人柄と産み出す画は一致しないとはいうけれど……。



「さっ、みんな集まったわね。それじゃあ、乾ぁ杯!!」

「かんぱーい」

「か、かんぱ……」

 優柔不断と生意気なおれの手引をし、ナナちんの無駄に甲高い声が店内に響く。

 はてさて、ウイスキーの琥珀をスマックの白濁色が侵食するかのハイボール。お味は一体、如何なものか。



「う、ぉ、お……っ!」

 凄ェ……。スマックの甘みをウイスキーの風味が滲ませて、ウイスキーの渋みがスマックの風味でぐしゃぐしゃに澱んでやがる。

 まじで? まじでこれメニューにいれていいの? やばくない? 流石にちょっと、ヤバくない!?


「で、どうなの? 美味いの」

「互いが互いの良さを殺し合ってる……」

「でしょうね」

 だが、それでも呑まずにゃいられない。恐るべきはこのミルキー炭酸飲料か。どっちの良さをも掻き消し合うこのえぐ味が、何故だかどうして、癖になる。



 グラスに注がれた半分程で酔いが回り、それまで溜まってたもやもやが消えてゆく。視界明瞭、アタマもばっちり冴えてきた。珍妙な組み合わせだが、意外に凄いぞスマックハイボール。

 さてさて、それではもう半分を……。


「すみませーん。『菊正宗』の熱燗、お願いしまぁーす」

「えっ」


 何処へ出しても恥ずかしい赤ら顔で、リブ生地の上から乳を揺らし、空のグラスを掲げて注文を飛ばすギギなる女。

 というかアツカン? 手にしたグラスもウイスキーのとは違うし……、既にもう三杯目!? いやいやいや、どこまで呑むんだよ!


「ぷっ、はー! 濃厚な辛みが口の中でとろけて、五臓六腑に沁・み・渡・るぅうううう」

 出会い頭の人見知りは何処へやら。酒はヒトを変えるというが、あそこまで極端なのは正直どうよ。


「善し。大分『あったまって』きたし、そろそろ本題に入りましょうか」

 そこへ来てこの編集者さまは、咎めるどころか話を進めに掛かってる。なんだこれは、マトモなのはおれだけか?!


「それじゃ、頼んでいたヒロインのラフを」

「ふぁい! これこれ、これでっす!」

 オーバーな手振りと、タガの外れた素っ頓狂な声。菜々緒さん、これが『ハナシの出来る状態』だと言うのですか。とてもそうとは思えない。


「頼まれていた『神永茉莉花』ちゃん。私の独断でざーっと描いてしまいましたが、如何でしょーかっ。

 髪色はそのままだと地味だったので、マッハバロンと同じものでグラデをほんのり掛けて波打つように。学生服って事以外あまり仔細がなかったし、後はほぼほぼ此方の趣味でやらせていただきましたァん」


「おいおい……マジかよ」

 渡されたクロッキー・ノートには、『準備稿』と前置かれた立ち絵と表情幾つかが所狭しと並ぶ。


 どれもこれも、イメージソースとなったマツリを漫画的にディフォルメしたものだ。登場して間もない、情報も少ない現時点で、ここまで書き手の意を汲んで描けるものなのか。

 どうせみんな酔ってんだ、少しくらい……。神妙な顔でイラストを眺める菜々緒に手招きし、彼女にそっと耳打ちをする。


「あの、菜々緒さん。このヒト、本当に初対面?」

「信じられないのも無理ないわね」画を見つめるその顔は、心なしか苦々しげだ。予想外なのはお互い様か。「彼女はプロよ。試してみる?」


 菜々緒は再度ギギの方を向き、ちょいちょいと手招くと。

「ギギー。文字書きさまが貴女のウデをご所望よ」

「ははーっ。お安い御用ですジョウオウサマ」

 言われるが早いか、ギギは熱燗からペンに持ち替え、ノートに幾重もの線を走らせる。筆さばきに迷いがない。引いては消して、間違いを継ぎ足しで誤魔化すおれとプロとの差なのか。


「はい、ジャスト・ワンミニッツ。出来上がりっ、と」

 そうこうしているうちに、菜々緒を介し、彼女が仕上げたノートが送られて来た。

 今まさに飛び蹴りを放たんとする、躍動感溢れたストライカーを、力強いタッチで描いたイラストがそこにあった。


「お、おぉ、おお……!」

「どう? これで納得出来た?」

 いつも着色済みの完成版を見てはいたが、やはりナマは迫力が違う。おれは、否・マツリは。こんなヒトに支えられていたのか……!


「あんなとぼけた設定のキャラが、こんなに格好良く描かれるなんてサイコーだ。しかもこれ、アレでしょ!? 『オーゼット』が放つ必殺キックの予備動作! ネタのチョイスがまた渋いなぁッ」

「おぉ。流石ユメノさま。お目が高ァい」これまでずっとナナちんとしか話をしなかった彼女が、喜色の目をおれに向ける。

「そーなんですよ。巷じゃ仰け反り過ぎてダサいダサいって言われてますけど、接触と同時にもう片足でトドメを叩き込む姿がシビレますよねぇ!」

「何だよ、何だよおいおいおい! キミめちゃくちゃ解ってるじゃない!!」


 オーゼットとは、現在の子供向け特撮番組シリーズの前身となった劇場版単独作だ。これ一本で打ち切られ、永きに渡って客演に恵まれることなく不遇をかこって来たが、『冬の時代』を経験したおれたちの世代には、話に尾ひれが付いて神格化される程の傑作である。


「そりゃあモチのロン。あの頃の特撮は七十年代からの古参と、八十年代のリバイバルブームを経た連中にクソミソに言われて肩身の狭かった時代。今こそ! そう、今だからこそ! ワタシは言いたい!! 九十年代あのじだいはリメイク・リブートに媚びたワケじゃない! あの時代の子どもの為に、いい歳したオトナたちが心血を注いで造った珠玉の作品群であったと!!!!」

「そう! それだよギギっち! そうなんだよ!! おぉし生もう一杯追加! も少し話を聞かせてもらおーじゃないの」

「HEY! オトモしますよユメノさま!!」



 話の分かる異性との会食で、酒が進まぬ訳がない。向こうは五本。こっちは三本。目につくままに酒を注文し、無駄に敷居の高い特撮談義に花を咲かす。

 あれ? そういえば、おれは今日、何故ここに来たんだっけ……?



「あんたら……」

 おれたちを傍目に、菜々緒が何やら呟いている。

 恨み節か、怒っているのか。それはまあどうでもいい。

 今はただ、この幸せに、浸っていたいッ。



※ ※ ※



「では、本日はこの辺で。ユメノさまも、菜々緒さんも帰り道、お気を付けてッ」

「え、ええ……」

「ふぁいよ~。ギギちゃんこそ、暗い小道に入らないようになー」


 浴びるように酒を飲みつつ早二時間。気の利かない菜々緒が無理矢理に話を切り、かの会合は知り切れトンボでお開きとなった。

 イチ呑みで総勢七本は自己最高新記録タイ。ナナちんの手を借りず、なんとか自分の足で歩けるのは、ひとえに楽しい話題が悪酔いを打ち消してくれたが為。


「なのにあんたって人は。あんたって人はァあ」

「酒臭ッ。アンタほんと酒臭ッ……。そんな状況でちゃんと帰れるの?」

「おれに不可能はないッ。お前が望みさえすれば、あの送電鉄塔だって、駆け足で登り切って見せるぅぅう」

「タクシー呼ぶからそこで待ってなさい」


 やばいな……。やべえなこれ。もしかすると、もしかするかも。

 何がって、あれだよ。なんというか、こう……。



 我 が 世 の 春 が 来たァアアアアアアアアアアアッ!!

 おれの元に来ッ、たあああああああああっ!!!!

 い、やっ、ふぉおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!!

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