第四話:『青春花道狂い咲き』
気になるあいつはイラストレーター
◆ ◆ ◆
「待ってて、すぐ暖かくなるから……」
神永茉莉花は慣れた手付きで薪を集め、マッチを擦って種火を放つ。
暖炉にくべられた木々と紙束は時間をかけてゆっくりと伝播し、オレンジ色の炎となって結実する。
一昔前の金持ち、と言った風情のこの家は、無論彼らのものではない。虎のレプリカ皮絨毯の上で鉄臭い死臭を放つ、首なし死体がここの主だ。
圧縮空気を銃弾として用いる古参ガーディアン・ハイプレッシャー。伝説の九人らと関わりは無いが、読めない軌道と応用に苦心し、骨を折った。
弱く儚く揺らめく炎が、不安げな少女の顔を照らし出す。長旅ですっかりくすんだ赤毛に、不気味な澱みを抱えたタンザナイトブルーの瞳。口では平気と宣うが、その実毎日ヒトゴロシを目にして、彼女もまた徐々に変わりつつある。
巻き込むべきではなかった。あの時、多少のリスクを負ってでも、彼女の元から去るべきだったのだ。
「もう大丈夫、大丈夫だからね」
能力発動の為とは言え、乾涸びた自身の唇に重ね合わせるその姿が、見ていて何とも心苦しい。
自分は、一体、どうするべきなのか。
ガーディアン・ストライカー……生田誠一は、再び選択の時を迎えようとしていた。
※ ※ ※
「ええと。次は……オギクボさんだったわね。居室担当の如月さん、何か直近の懸案はある?」
「
ただ、マヒ側の右手の
「車椅子上で動かないものね。取り急ぎでタオルかクッション保護。就寝時の体位も見ておくべきかしら。じゃあ次はオオガキさん。担当は……」
職員みんなが円卓を囲み、真剣な顔付きで利用者の近況や問題点を洗い出す。月イチ行事のフロア会議。休日の者も涙を呑んでそれを返上し、一時間半強の会合の為だけに職場に赴く。
残念ながら、今回その『贄』となったのがおれだ。しかも後々職員全員で共有する『議事録』を作る書記官の役目まで押し付けられてしまった。
来たくはないが、次の日からこの会議を基準に介護の方針転換が成されることもざらだ。後で困るのは己のみ。となれば出向かない理由は無い。
「大ざっぱ! ざっぱってば。ぼけーっとしない!!」
「え……」うるさいな。こちとらそちらさんの会話転写するので精一杯なんだっつーの。了解も無しに次から次へと、書き手の辛さも解っておくれよ。
「あぁ、はいはい。オオガキさん……でしたよね」
各居室の担当者が近況と問題点を述べ、皆に意見を求め、改善案があるなら看護師やケア・マネージャーの了解を得て変更――。流れとしてはまあ、そんなところだ。
「ここに入所してからひと月。日中はナースコールを一分置きに鳴らして鳴らして。取るものも取らず駆けつけてみれば、渋い顔をするか、明後日の会話を繰り返すだけ。コールあれ、外しちゃ駄目っすか」
「気持ちは解かるけど、無理よ」飯田フロアリーダーはおれの言葉を聴き、苦々しげな表情を浮かべて応える。「こういうのは、自主的に押さなくなるようにしなきゃ、ね」
「です、よねえ」
寝たきりの利用者にとって、ナースコールは自身の要望や体調悪化を報せる数少ない手段だ。此方の、しかも職員本意の理由で取り外せば、上司やご家族に虐待と取られても仕方がない。
「この件に関しては保留。施設長やご家族様と相談してみましょう。取り敢えずそれで構わないわね?」
皆、一様に了承の頷き。妥当な判断だ。現時点で、他にしてやれることはない。
(納得は出来ても、歯切れは悪いよのなあ)
話された話題をメモにまとめながら、不平不満を綴りながら溜息を一つ。
何か出来ればと口ではみんな言うけれど、負担が増え、他に割ける時間が減り、一に残業に残業が重なるとあれば、誰もが二の足を踏んでしまう。
こんな調子じゃ、する側もされる側も良い気がしないだろう。ままならぬ問題を前にして、うんざりと溜息をひとつ。
「何か、気晴らしでもあればなあ」
などと、無い物ねだりで独り言ちる。一応下書きは出来上がったし、後は明日の出勤時に纏めるか。
そう思い、鞄に手を入れ、携帯端末を探ると、通話アプリにメッセージ受信の通知。
(菜々緒……?)ガーディアン・ストライカーの締め切りはまだ先だってのに何なんだ。タイムラインを下に送り、新規受信に目を通す。
“ホンの方で話がある。今日の六時、指定した飲み屋に来てくれないかしら”
「呑み……」
図らずも、現実逃避の羽根伸ばしのチャンス・到来。
※ ※ ※
最寄り駅から目的地周辺までバスに乗り、そこから道なり徒歩五分。
桐乃菜々緒の指定した居酒屋『雅』は、竹林の麓に立つ風情のある店だった。
「いきなり呼び立ててごめんなさいね。あちらの都合で『近い』ここを指定したものだから」
「それ、本当に申し訳無いって思ってんスか」
こっちの都合はガン無視で、あちらさんの為ってとこがナナちんらしい。
「で。なんで酒場に呼び付けたんです」
アイツがただおれを呼ぶのなら、うちに程近い喫茶店を指定する筈。だのに何故居酒屋だ。これから逢う相手は相当な酒豪か。
「うん、まあ……。ちょっとね」菜々緒はばつが悪そうに間を取ると。「お酒が無いと、『喋れない』タイプなのよ」
「『喋れない』」
妙に歯切れの悪い返答だな。というか、おれは別にヒトの属性を聞いた覚えはない。
「なんか論点がズレてません? 結局誰なんです。これから逢う何某ってのは」
「あんたのラノベの挿絵担当さまよ。ヒロインについて、直接話がしたいんだって」
「はぁ。挿絵……って、えぇ!?」
ガーディアン・ストライカーは紙媒体に綴られ、主役の力強いイラストを表紙とするライトノベルだ。それを描く絵師がいるのは至極当然。むしろ、書き手たるおれがこれまで接点が持たなかったこと自体おかしい。
水鏡ギギ。このガーディアン・ストライカーを仕事と選び、力強いヒーローたちの挿絵で話を彩る功労者。一体、どんな人物なのか――。
「これまで、何も言わずに絵を描いて送り付けてたあのヒトが、なんで今更」
「連絡なら取ってたわよ。今まで私が箇所を指定して発注掛けてたわけだし。こっちで完結してたから、あなたにまで話が行かなかったってだけ」
「成る程……」いやいや、待て待て。こんな馬鹿な話があるか。
「なんで挿絵の話がタントーと絵師との間で完結してンだよ! 肝心の原作者が蔑ろになってるっておかしくね!?」
「原作、だなんて生意気な」菜々緒は悪びれることなく、涼しい顔で切り返す。「それに、これは茉莉が頼んでいたことよ。外部との交渉事は私に任せる。『あたしが書いて、あなたが売り込む』、適材適所だ、って」
「ウッソだろお前……。だって挿絵だよ!? 書いている当人が、キャラデザをマルナゲってあり得ないでしょ」
「いつだかと、立場が逆ね」言って、お冷に手を付ける彼女の顔は真剣そのものだ。
「本人が『いない』から示しようがないけれど、この取り決めに嘘はない。誓ってそう言える」
「誰にさ」
「マツリに」
「うむむ」真面目な顔でそう返されてはぐうの音も出ない。しかし、それが本当だとして、マツリは何故そんなことをしようと思ったのか。
まるで、おれにスムーズに後を継がせられるよう、取り計らったみたい――。
(いや、いや。そんなワケあるか)連載中途ならまだしも、その興りからレールが敷かれているなんておかしいぞ。
もういい、よそう。居ない相手の考えを邪推したって、何の解決にもなりゃしない。
「あっ、来たわね。ここよー。ここ・ここ」
そうこうしているうちに、ナナちんの顔が呑み屋の入り口の方へと向いた。件の絵描きのお出ましか。
あれだけ男くさく、ストライカーや敵役たちの描き込みに拘るヤツだ。果たして如何な強面か。拝んでおいて損はない。
「あ、ア、あ……」
そう思い、身構えたおれの目に飛び込んで来たのは、肩口までで切り揃えられた薄茶の髪に、大きな楕円の黒縁眼鏡。
胸の膨らみを嫌というほど強調する灰色のリブ生地セーターに、黒い無地のロングスカート。伏し目がちにこちらを見やる、恐ろしく気弱そうな女の姿だった。
「
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