使えるものは何でも使え、ってね
◆ ◆ ◆
「情けないねェ。そんなモンかよ」
精魂尽き果て、みっともなく地に伏すガーディアン・ストライカーを、燃えるような赤毛の”少年”が壁に押し付け、耳元で侮蔑的に囁く。
肩口まで伸びたクセの無い髪、稲妻のように波打つ太眉、トパーズの原石めいて美しい瞳。身に纏う紫紺のブレザーは上流階級の子しか通えぬ学び舎のもの。
それもそのはず。彼はかの『マッハバロン』の一人息子。ヒーローが悪を滅し、高い地位を得たこの社会に於いて、尤も上位に居るべき人間なのだから。
「敵討ちが……したいのか。君の父、『栄光の九人』がひとり。マッハバ」
「うっぜぇなあ。その口閉じてろ」
霞む意識に喝を入れ、それでも一語をと逸るストライカーの唇と、『彼』のそれとが重なった。
「鉄臭い。乾いてカサカサ、砂利砂利だ」
唇の血を袖口で拭い、眼前のヘルメットを小突き、彼はへらへらと笑ってこう続く。
「勘違いも甚だしいね。こんなに弱っちいのは予想外だったけど、俺はあんたに感謝してるんだぜ。親父殿が死んで、やっとこの『檻』から解放されるんだ。もう、誰も、俺を馬鹿に出来やしない」
親を殺されて、怒るどころか喜ぶ子がいようとは。裕福ではないながらも、それなりに父母と良好な関係を築いてきた
「憶えておけ。マッハバロンの息子じゃない。このガーディアン時代にその名を刻む俺の名は――」
※ ※ ※
「えっと……、そのう。ナナさん?」
「何よ。これからが良い所なのよ。意見が折り合わず、組んず解れつになったストライカーが、彼の制服を破いて胸元が」
「違う違う、そうじゃない」やっぱり、やつに手綱を渡すんじゃなかった。もう、滅茶苦茶だ。
「あんたおれにヒロイン造れって言いましたよね!? なんで性別変わってんだよ!? なんで出合い頭にキス交わしちゃってンの!? 流石にちょっとおかしくない? 頭かココロ、どーにかしちゃった!?」
というか、あんた趣味そっち?! 確かに、ガーストの挿絵は女の子より、ストライカーやゲストのヒーローに集中していたけど、あれもしかして全部あんたの趣味?!
「ど、どうかしちゃったとは失礼ね……」自分でも行き過ぎたと思ったのだろうか。声にそれまでの覇気がない。「それもあんたがだらしないからでしょう!? もっとちゃんと、芯の通ったヒロインを思い付けてさえいれば!」
「ここへ来て人のせい!? 冗談じゃねぇよ、そもそも言いだしっぺはあんたでしょーが!」
煮詰まり・ここに・極まれり。互いに文句を叩き付けながら、少し冷えたアタマの反対側でおれは思う。喫茶のテーブルで何時間も、妥協点を見出だせない意見のぶつかり合い。
現在、午後九時十五分。行けども退けぬ不毛な言い争いは永遠と続く――。
かに思われた、が。
――いいんじゃない? 面白くなるんなら、使えるモノは何だって活用すべき。躊躇ってチャンスを逃す方がよっぽど馬鹿らしいって。
「いや、待って。ちょっと待って」
「何」
根を詰めて、明日への重圧を抱え、脳細胞が疲れ果てていたからか。目の前が霞み、過去の記憶が瞼を過る。
ネットに創作文を投稿して満足していたあの頃、呑みの席で話半分に聞いていた会話。
使えるものは何でも使え。そうか、そういう・ことか。
マツリの奴め、この土壇場で、何てこと思い出させやがる。
「今書き直す。修正版作るから、あと三十分くらい待って」
「三十分」それでどうにかなるとでも? 菜々緒の奴め、あからさまに馬鹿にしやがって。
観てろォ。今の言葉で火が点いたぜ。次で絶対決着付けてやる。
っていうか、これ、何をしてたんだっけ……?
◆ ◆ ◆
「やっはろー。さっすがガーディアンごろしの大悪党。ゾンビみたいにしぶといねー」
精魂尽き果て、みっともなく地に伏すガーディアン・ストライカーを、燃えるような赤毛の少女が見下ろし、天真爛漫にそう吐き捨てる。
腰まで伸びたクセの無い髪、細く揃えられた形の良い眉、タンザナイト・ブルーに煌めく円な瞳。身に纏う紫紺のブレザーは上流階級の子しか通えぬ学び舎のもの。
それもそのはず。彼女はかの『マッハバロン』の一人娘。ヒーローが悪を滅し、高い地位を得たこの社会に於いて、尤も上位に居るべき人間なのだから。
「敵討ちが……したいのか。君の父、『栄光の九人』がひとり。マッハバロンの」
ヘルメット越しに少女を睨み、力なくそう呟くストライカー。回復能力が鈍り、指の一本さえ動かぬ体たらく。私利私欲の狂人よ。殺戮と逃亡の旅もここまでか。そう、他人事のように独り言ちる。
だがしかし、目の前の彼女は怯えることも、まして怒りをぶつけるでもなく、動かないストライカーの身体を抱き起こすと、ヘルメットをずらして口元を晒させ、躊躇いなく殺戮者と口吻を交わす。
「な・に・を」
「動かないで」
一方的に舌を絡め、己が体液を彼の喉元に送り込む。今の今までガス欠を起こしていた回復機能が目を覚まし、動かぬ四肢に力が篭もる。
これが彼女の、マッハバロンの娘が待つ『能力』か。
傷が癒えたのを見計らって顔を離し、再びストライカーと向かい合う。一点の曇もないその目からは、少なくとも父の仇を討つような意志は見られない。
「これで、あたしもめでたく犯罪者の仲間入り。貴方に取っては貸し一つ。ねぇ、連れて行ってよ。その血塗られた旅路のお伴にさ」
「何を……言ってる……?」
「そりゃあ、言葉通りの意味よ。パパが死んで、あたしを縛るシガラミは無くなった。責任取ってよねえ、厚顔無恥なヒトゴロシ」
殺す気は無いが、赦す気も無いということか。愛らしい姿は薄皮だけで、裏に如何な顔を隠し持っているのだろう。考えるだけで怖気が立つ。
何にせよ、連れてゆかねば自分に取って『不利』になる。それだけはストライカーにも理解できた。彼は適当な言葉を見つけ出せず、ただ首を縦に振る。
「交渉成立。今後とも宜しくね、おにーさん」
――あ、そうそう。一緒に旅するんなら名前もちゃんと言わなきゃだよね。あたしはね。
※ ※ ※
「何だよ。今度こそ、オーダー通りにやったつもりだぜ」
「それは良い。良いのだけど」
急ぎ刷った原稿を流し見、菜々緒の顔が驚愕に固まった。
時刻は間もなく午後十時。机の上にはスマックの瓶が七つ。閉店時刻を告げる蛍の光がループを繰り返し、既にオーダーストップの掛かったギリギリに、最後の望みを託して放った渾身のネタフリ。
これまで提示した総てをミキサーにかけ、冷蔵して成形したようなものだけど、これがなかなか、動かしやすく纏まった。
見た目天真爛漫に見えてその実、マッハバロンにも、それを殺したストライカーにも一物持っていそうな、危うげな印象を持ったキャラクター。これなら長期で出張っても戦って行ける。
「ねぇ。貴方これ、完全に『茉莉』でしょ」
「否定はしないよ。肖像権侵害とかで訴えるか?」
キャラクタは書き手の人生経験から産まれるもの。女性と言えばあいつくらいしか身近に居なかった以上、影響されるのは仕方のないことかも知れない。
使える者は何でも使え。そもそも、アイツが持ち込んだ案件だ。このくらいしたってバチは当たるまい。
否、当たってたまるものか。
「で。やっぱり没ですか」
「そうしたいのは山々だけど……」菜々緒の顔には明らかな困惑が透けて見える。頭ごなしの否定ではなく、判断を迷った曇り顔。
「あまり無理強いして、代筆者に負担を掛けるのも酷ですものね。ま。この辺で妥協してあげますか」
「妥協、って」散々没入れといてよく言うぜ。「言質は取りましたよ。じゃあ、次回からはこいつで」
「その前に」逸るおれを右手を突き出し遮ると。「名前。ここまで来たらカッコカリじゃなく、きっちりはっきり決めましょう」
「ナマエ……」ここまで条件が揃ったら、もう決まりみたいなものだけど。
「茉莉花。このお話には”華”が無いって言うんだろ。なら、マツリに花を足して、マツリカ」
「頓智で上手くまとめたわね」同意の声に嫌味がない。マツリと絡めたネーミングのお蔭かな。
「O.K。マッハバロンの本名と併せて、神永・
「そうですか。そりゃどうも」仕事帰りに呼び付けといて、アイデア固めた功労者に掛ける言葉が上から目線。ああ気に入らないったら、気に入らん。
(しかし……)
これでやっと眠れるぜと安堵する反面、名目上死人であるマツリを物語に登場させてよいものか。まあ、書いているは
まったく、とんでもないヤツだよお前は。もういないってのに、根っこの所で的確に助言をくれるんだから。
神永茉莉花。良い名前だ。女の子を書くのは不得手だけど……。挑戦してみる価値はある。
元々何も告げずに消えた身。連載を永らえさせるためなのだ。文字通り、名義くらいは貸してもらうぜマツリさん。
なあ。本当は生きてるんだろ?
こっちはお前を基にキャラまで作ったんだぜ。
恥ずかしいか? 恥ずかしいだろ。
だったら早く出て来いよ。
おれもナナちんも、お前のこと、ずぅっと、待ってるからさ。
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