あたし知ってるよ、こういうの「テンドン」って言うんだよね

※ ※ ※


「なあキリノさ。お前んとこのライノベ、ヒロインいなくね?」

 その日の昼下がり。偶然食堂を同じくした先輩から投げ掛けられたこの一言。

「あの、ガーディアン・ナントカっつーヒーローもののやつ。キミが担当しているには割と続いてるけど、華がないんだよねェ」

「”華”」指摘するなら名前くらいきちんと覚えておいてほしい。それに、余計なお世話もいいとこだ。

「御忠告ありがとうございます。けれど、担当として手綱を握るのは私、ですので」

「お堅いねえ。キミももう三十路だろ。仲間作っといてソンは無いと思うぜ」


「セクハラですよ、そういうの」作品を馬鹿にするのみならず、年齢。年齢まで挙げつらうとは……。

「それに、私はまだ二十九です。三十路じゃありません」

「いや、それって殆ど一緒」

「だから!! それ、セクハラだって!! 言ってるでしょう!?!?」


 ああ、ダメだ。駄目駄目。私の物静かで孤高なイメージが崩れてしまう。

 おぉ、神よ。何故ヒトはトシを取らなきゃならないの。お肌のハリを、体の柔さを、夜通し無茶出来る元気を返してください。


 だが・しかし。先輩ファッキンの言うことは的を射ている。

 確かに、華がないまま三冊目。しかも作者が変わったとなれば、イベントが無くちゃ存続だって難しい。

 あのオトコに、そんなことが出来るかどうか、解らないけど……。



……………

…………

……



「で、これは……何なの?」

「何って。代案ですが、なにか」

 ちゃっちゃと書き終え、コンビニで刷った第二稿に目を通した菜々緒は、何故だか異様にご立腹。

 おれがスマックをぐびぐびと飲んでいる間もずーっと神妙な顔をしていたし、何だ? 例の日か。


 だのと様子を窺っていたら、またも原稿をぴしゃりと叩きつけ、眉間に皺寄せおれを睨み付ける。

「なにか……、じゃないわよ! どこをどうやれば、こんな方向に進めるワケ!?」


◆ ◆ ◆



「う・ふ・ふ。とうとう見つけたワよぉ。鬼畜生の腐れ外道♡」

 みっともなく地に伏すガーディアン・ストライカーを、燃えるような赤毛の少女が見下ろし、その首に大鎌の切っ先を引っかけ、恍惚の表情を浮かべて嗤う。

 彼の身体には首から胴に至るまで無数の切創と鮮血。自己治癒の回復が追い付かない程の連撃を喰い、抵抗するさえままならない。

 腰まで伸びたクセの無い髪、稲妻のように波打つ太眉、トパーズの原石めいて美しい瞳。紅白のコントラスト眩しい巫女装束。

 それもそのはず。彼女はかの『マッハバロン』の一人娘。ヒーローが悪を滅し、高い地位を得たこの社会に於いて、最上位の人間だ。


「敵討ちが……したいのか。君の父、『栄光の九人』がひとり。マッハバロンの」

 霞む目で無理に険しい顔を作り、自衛の為の威嚇をして見せるストライカーだが、赤毛の少女は彼の言葉を「御冗談を」と制してみせる。

「むしろ、興味があるのはアナタの方♡ 超人人口六千万弱のこのセカイで、その総てを殺さんとする変人さま。うち百人近くを屠って来たけもの――。同じ血の通ったニンゲンなのか、確かめたくて……♡」


 親を殺されて、怒るどころか喜ぶ子がいようとは。裕福ではないながらも、それなりに父母と良好な関係を築いてきた生田誠一ストライカーは、モノの見方の違いに目眩すら覚えてしまう。


「ああ、自己紹介を忘れておりましたわね。我が名は――」


※ ※ ※


「その下に書き連ねた設定案。今この場で音読なさい」

「えっ、ええ……」勘弁してくれよ。ここ、行き詰った時の行きつけだったのに……。

「え、えと。己の身体より巨大な大鎌を軽々と振り回す女子高生。ヒトを両断し、その断面ないし血を視るのが好きなサイコパス。父親の躾の反動で抑え付けられていたが、その死に依って暴力的な面が露わとなり、敵としてストライカーに襲い掛かる」


「そう! そこ」菜々緒が急に口を挟む。「なんで殺人犯の協力者が猟奇殺人犯なの?!」

「いや、ほら。順当過ぎてつまんないって言うから。出来る限り設定盛ったの」

「誰がそこまでやれと言った!? 主役のキャラが霞むでしょーが!! 出会い頭に切創だらけって何!? なんでアッサリ敗けてるワケ!?」

「”ハコ書き”にそんなケチ付けられても……」

 箱書きとは、シナリオの本番前に、流れを雑かつ箇条書きにしたものだ。おれは余程のことがない限り書かない。物語とは勢いだ。紙やデータにまとめたところで、その場の情熱パッションまで再現できるわけじゃない。


「勿論あとでワンクッション入れますよ。んで、ピンチの末に逆転かまして、あいつを殺すのは俺だメゾットでお伴になるワケで」


「その、逆転のヴィジョンが見えて来ないからダメだって言ってるの」

 苦し紛れに仕上げたアイデアにさえ、この編集者は容赦がない。

「没。いい? ヒロインは”媚び”よ。少し気持ち悪くてもいいから、全年齢で、媚び媚びな娘にしなさいな。折角の高校生設定が勿体無い」

「この設定で無茶言うなよゥ」さっきと言ってること全然違うじゃねえか。そんなにちょくちょくヒロインのネタなんか出るかっつーの。

 だが、まあ。向こうもおれも、このまま納得してハイさよならとは行かないだろう。やるしか、ない。


「店員さーん。スマック、もう一杯お願いしまーす」

「ねえ。それって……美味いの?」

「うん? 『甘い』よ。この店にある中じゃ、イチバン」

「ごめん、良く聞こえなかった。おいしいの?」

「いや、だから。甘いんだって。とにかく、ひたすら、あまいの」

「……」


◆ ◆ ◆


「敵討ちが……したいのか。君の父、『栄光の九人』がひとり。マッハバロンの」

「お父様は過去の栄光に溺れたアワレな偶像。貴方でなくとも、いつかこうなると確信しておりました」

 湯気立つ紅茶を前にして、二人の人物が円卓を囲う。

 ひとりは我らがストライカー。外れぬヘルメットを口元だけ観音開きにし、音を立てず器用に啜る。

 もうひとりは英国のハウスメイドめいた改造エプロンドレス纏う可憐な少女。

 腰まで伸びたクセの無い髪、稲妻のように波打つ太眉、トパーズの原石めいて煌めく瞳。落ち着いた物腰と端正な顔立ちは、彼女が上流階級に属する者であることを如実に示している。


「そ・れ・よ・り・もっ」カップを下ろし、彼女が上ずった声で話を切り出して来た。

「テレビでお姿を目にしたあの日から。ずぅっとお慕いしておりましたの。害悪と化した社会のゴミ共を、無慈悲に! 抉り! 嬲り! 焼き尽くす!! そんな愚行をヒーロー蔓延るこの社会で実行する傾奇者!! 嗚呼、唖々……。なんと、悍ましく、ウツクシイ……」

 親を殺されて、怒るどころか気にも留めず、屠った男を恍惚の表情で見やる。裕福ではないながらも、それなりに父母と良好な関係を築いてきた生田誠一ストライカーは、モノの見方の違いに目眩すら覚えてしまう。


「ああ、御免なさい。何分急なもので、自己紹介を忘れておりました。わたくしは――」


※ ※ ※


「駄目だ……。ごめん、やっぱ無理」

「無理って何よ。それこそ、これからじゃない」

 飲みたいから、と奢ってやったスマックをたった一口で突き返し、菜々緒の方が何故だと取り付く。

「いや、いや。読んでて解るでしょ。これ、明らかにおれのカラーじゃないし。結局こいつも猟奇だし」

「でも、信念あるオトコに妄信して猛進するお嬢様、ってのは好きよ。お茶会、カネ持ち、タガの外れた珍妙な言動。最近のトレンドもそこそこ押さえてるのも気に行った」

 スキって、それ完全にあんたの趣味じゃないか。商業的だどーだって言ってた奴が、趣味でヒロインの性格決めちゃ駄目でしょ。


「だからって、描いてる当人がセイギョ出来ないのはまずいじゃない。これが原因で詰まって締切オーバーとかになったら、あんた責任取れるんですか」

 暗くなったなと思い、窓の外に目をやれば、空はどっぷり夜の闇。時刻は八時丁度のあずさ二号。

 正直、もう終わりにして、家でシャワーでも浴びたいところなのだけど、そうは問屋が卸さない。

「まったく、女々しい愚痴をぐちぐちと……」

 おれの不甲斐ない体たらく(思いたくはないが、向こうはそう考えているらしい)を見かね、菜々緒は急に身を乗り出し、おれの携帯端末をひったくる。

「これだからオトコって奴は信用ならない。貸しなさい。この私が手本ってヤツを見せてあげるわ」

「は、はあ」

 そういうんなら、最初っから人任せにせず、自分でやってくれよ。

 なんて言ったら、ひっぱたかれるんだろうなあ。理不尽だけど。

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