第三話:『それ、美味いの?』『うん、甘いよ』『答えになってない』

そう言えばこの話、ヒロインいなくね?

◆ ◆ ◆


「いいザマだよね、あんた」

 精魂尽き果て、みっともなく地に伏すガーディアン・ストライカーを、燃えるような赤毛の少女が見下ろし、そう吐き捨てる。

 腰まで伸びたクセの無い髪、稲妻のように波打つ太眉、トパーズの原石めいて美しい瞳。身に纏う紫紺のブレザーは上流階級の子しか通えぬ学び舎のもの。

 それもそのはず。彼女はかの『マッハバロン』の一人娘。ヒーローが悪を滅し、高い地位を得たこの社会に於いて、尤も上位に居るべき人間なのだから。


「敵討ちが……したいのか。君の父、『栄光の九人』がひとり。マッハバロンの」

 霞む目で無理に険しい顔を作り、自衛の為の威嚇をして見せるストライカーだが、赤毛の少女は彼の言葉を鼻で笑い飛ばす。

「まさか。逆よ逆、あなたがパパを殺してくれたお陰で、あたしはやっと自由になった。もう籠の鳥なんかじゃない。窮屈な制服を脱ぎ捨て、もっと遠くへ羽ばたけるのっ」


 親を殺されて、怒るどころか喜ぶ子がいようとは。裕福ではないながらも、それなりに父母と良好な関係を築いてきた生田誠一ストライカーは、モノの見方の違いに目眩すら覚えてしまう。


「あぁと。はしゃぎすぎて言い忘れてたわね。あたしの名前は――」



※ ※ ※



「駄目ね。没」

「没ぅ!? 何故にWHY!?」

「なんというか、こう……『箱入り娘』というか、『峰不二子』みたいな気取った感じが鼻に付く」

 さっきコンビニで刷ったばかりのA4原稿が、喫茶店のテーブルの上を滑り、はらはらと崩れ去る。

 おれさ、明日早出なんですよ菜々緒さん。夕方にいきなり呼び付けて、即興で書いたら読むなり没って酷すぎやしませんか菜々緒さん。


「だいたいさ、なんでおれが怒られなきゃなんないの。現状、考えられる中で最適解を持って来たつもりなんだけど」

「最適が、いつも最”善”とは限らない」腕を組んだ菜々緒の顔には『してやったり』と不敵な笑み。

「この案は順当だけど、他を惹き付ける存在感が無い。ただ設定を噛み砕いて文字に起こしたキャラが、どうして読者に持て囃されると思う?」

「ぐぐ……」悔しいが一理ある。ここにプラスワン、ヒロインとして何か『属性』を付けなきゃ、主役ストライカーに埋もれて消えてしまう。



 何故、こんな理不尽がまかり通っているのか? 話は数時間前まで遡る。

 おれが覆面執筆ゴースト・ライトして作った創作物、ガーディアン・ストライカー。

 担当編集者さまがようやっとおれを『そう』であると認め、執筆自体も軌道に乗り始めた、この昼下がり――。



※ ※ ※



『なあメルシィ。ガーディアン・ストライカーって、どう思う?』



 時計の針が一時半を指し、過酷な仕事もひとまずの休憩。直ぐ様携帯端末を起動し、顔も知らぬ昔馴染みにコンタクトを入れる。

 ホントは一時きっかりに入る予定だったのだが、食事介助とその後の口腔ケア・排泄介助で時間を取られ、データをパソコンに入れる頃にはもうこんな時間。

 何につけても人材不足。先月中途採用された若者は、無断欠勤を繰り返した末に音信不通と来たもんだ。



 閑話休題。

 送信してすぐ、『しまった』と顔を覆う。出自はどうあれ、これの作者は夢野美杉(マツリ)なんだ。不用意な発言で、ゴースト・ライターがバレたらもう目も当てられない。


 ガーディアン・ストライカー。

 ほぼ全編がおれの筆に依って紡がれる単行本次巻完成まで、あと一チャプター。

 面白くなったと、それなりに自信はある。あるにはあるが、結局それは独り善がりだ。他が読んでどう思うかは判らない。


 幾ら書き手が見つかったって、後に続かなきゃ意味がない。自信を喪失したおれは、考えられる中で最も頼りになる読み手を呼び出したと言うわけだ。



『――ほへえ。あれだけ渋ってたのに、とうとう未見童貞捨てたんですねェ。やっるゥ~』

『法に触れるような言い方よせよ。お前が強硬に勧めて来るもんだからつい、さ』

 とりあえず、嘘はついてない。ディスプレイ越しに顔さえ観たことのない間柄だけど、だまくらかすのは気が引ける。


『まあ、それはどうでもいいよ。アレ勧めてくれたのお前だろ。実際どうよ?』

『――オカシなこと訊きますねえー』


 疑問符を抱え込んだメッセージが最下段に置かれ、二分・三分。

 急かすことも考えたが、下手に刺激すると勘付かれかねない。ここは固唾を呑んで、続く言葉をじっと待つ。


『――ボクはイイ線行ってると思いますよ。アサの作品じゃそうそうお目にかかれない復讐譚。

 ヒーローに憧れながらも、それを殺さなきゃ生きて行けない無常観。身を切り崩して半ば悪党として振る舞い処刑されるガーディアンたち。そんな彼らを是とも非とも出来ない、食えない被害者連中が織りなすドラマ』

『そ、そう? そう……思う?』

 不安でささくれ、今にもヒビ割れそうだったおれのココロに、並々と注がれた清水で満たされてゆく。

 ここで、その展開はおれが書いたんだって言ったら、奴は信じるだろうか。

 いや、絶対信じないだろうなあ。おれだって信じないもん。書き手だけど。



『――でも』浮かれ調子のその最中、不穏な単語がタイムラインに躍る。

『――最近、正直マンネリだとも思うんすよねえ。ヒーローを殺して次の街、また次の街。ムカシの時代劇っぽいって言えば聞こえは良いですけど、目新しさってモンがない。いい加減底が見えて来た感じっす』


『な・に・い……!?』

『――ありゃ、どうしたんですかセンパイ。ボク何か、気に障るようなこと言いました?』

 機関銃が如き勢いで放たれる正論に、ついうっかり怒りスタンプの銃弾爆撃で反応してしまった。

 だから、おれはこれの作者じゃないんだって。マツリの代わり。あいつの代わりなんだからと念仏でも唱えるように続け、平静を取り戻す。


 そう、正論だ。ガーディアン・ストライカーは現代版水戸黄門とでも言うべき世直しモノ。似た展開が五つも続けば、飽きられるのはむしろ必然。

 おれに一体何をしろと? 読者ですらマンネリと指摘する中、書き手たるおれに何をしろというのだ。


 思い悩み、返信出来ずに戸惑っていると、別のタイムラインから呼び出しの通知音。



『大雑把マサル。本の件で話がある。仕事が終わり次第、指定の場所まで来なさい』

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