おれだってな、やる時ァやるんだヨ
※ ※ ※
「さあ。審判の刻よ。原稿はちゃんと、出来たんでしょうね?」
「勿論。何なら今ここで確認するがいい」
言って差し出すA4用紙の紙束・締めて二十五枚。スマホをそのまま見せればいいじゃん、って言われるかもだけど、タントーに、しかも正念場・起死回生の一発となれば紙媒体以外の選択肢などあり得ない。さっきコンビニで刷ってきた。
「一応、文字だけは埋めて来たと言うわけね」癇に障る言い方だが、リミットぎりぎりまで粘ったこっちにも非がある。ここはぐっとこらえてTHE・我慢。
「でも、面白く無かったら」
「ごたくは結構。見もせずに、勝手に正否を決めンなよ」
「大きく出たわね」眼鏡越しの菜々緒の目が、ヒトを小馬鹿にするような表情を見せた。「そうね。それだけ自信がおありなら、読んでからでも損はないかも」
どうせ、マツリには敵わないでしょうけど。とでも言いたげに鼻を鳴らし、刷り立てほやほやの原稿に手を付けて――。
◆ ◆ ◆
「お前……。お前らが、そういう事、言ってんじゃねぇよ」
産まれたての子鹿めいて、致死量のダメージを負っていたストライカーが立ち上がる。
彼の胸部に宿る能力特性は痛みを伴う『自己再生』。半端な連打が続いたところで、彼を殺すことは敵わない。
このしぶとさこそがストライカー最大の強みであり、ど素人の彼が幾人ものガーディアンを屠って来た理由でもある。
「『見せ過ぎ』なんだよマッハバロン。お前のチカラ……。もう見切った」
「まるで『ヒーロー』のような物言いだな」バロンは鼻から上を覆うマスクの下で嘲るような表情を作り。「貴様のような奴に、その台詞を宣う資格はないッ」
両腕を引き、中腰から身を屈め、眼前よりバロンの姿が消えた。空を裂き、目にも留まらぬ『超加速』。攻撃を知覚する頃には身体中の急所を突かれ、訳も分からず死んでいる。
だが。ストライカーの顔に焦りはない。✕字に組んだその腕は、『硬化』と『発火』を同時に発動させているではないか。
「フふン、下らん小細工ゥ!」
守りを固め、膠着状態に持ち込むか? 無駄なこと。如何に強固な防御だろうが、熱く煮え滾る炎だろうが、我が『速さ』の前にはゴミ同然。
矢の如き勢いで放たれたバロンの蹴りは、その勢いだけでストライカーの身体を仰け反らせ、別の角度に跳んでゆく。
雷の流れる四隅の檻のフィールドでさえ、彼を縛る枷にはならぬ。電流が通るより早く縁を蹴り、次撃に繋げているからだ。
「ふはははは。どうしたどォしたストライカー! あのイセイもさっきの啖呵で種切れかァ!?」
縦横無尽、対応不可避の速度で放たれる蹴撃。それを嫌って逃げ出せば十数万ボルトの高圧電流。狭所だからこそ光る、マッハバロン必勝の型である。
攻め手無く受け続けるストライカーは、喰らう反動で電流柵まであと数十センチ。物理攻撃は凌げても、前進を伝う雷には堪えられない。自らのエゴでガーディアンたちを死に至らしめて来た超人ストライカーも、ここらが年貢の納め時というわけか?
否。守り続ける彼の瞳は死んでいない。彼はただ我武者羅に蹴撃を受け続けていた訳ではない。鋼鉄の左で必殺の飛び蹴りを弾きつつ、その角度をつぶさに観察していた。
「視え……た!」いよいよ追い詰められたその瞬間、組んだ左腕を僅かに『逸らす』。接触点がずれたことにより、バロンの軌跡も僅かに『逸れる』。
「な……にっ!?」
本当に、本当に僅かな『ズレ』故に、バロン自身も状況の把握が追いつかなかった。一線を退いてなお、美しく均整の取れた飛び蹴りは、電流流るる柵と柵の間に挟まり、腿の真中まで突き刺さってしまう。
「ぎに……ヤァアアアアアアアガガガゴガギガガガガガガガガ」
おぉ、見よ。かつて《原初の男》と肩を並べ、『ハーヴェスター』壊滅に最も貢献した”栄光の九人”たるマッハバロンが。
『神速』と謳われ、他に並ぶもの無き強者であったマッハバロンが。足先から逃走防止の電流を浴び、全身を震わす、その様を!
「おのれ、おのれ……おのれェエ」
脚を引き抜かんともがくが動かない。当然だ。彼の右脚は根元からストライカーに掴まれ、足裏の『吸着』で完全に固定されていた。
「電気はさ……、音よりも早く伝わるって言うよなァ。どうだいお山の大将。自分より”速い”相手に成すが儘にされる気分は――!」
柵を伝う電流はバロンの身体を中継点とし、ストライカーの身体の隅々にまで流れ込む。彼に『自己再生』能力が無ければ、数秒で床の染みと変わっていただろう。
焼かれた傍から再生し、また焼かれ、また再生。新鮮な痛みを何度も、何度も味わい続ける。
これは言わば、命懸けの我慢比べだ。どちらが先に、焼け焦げた死体に成り果てるか――。
「この……社会の塵がァぁあああ……!!」水分を失い、干乾びた
「丁度。俺もお前に同じことを言おうと、思っていた」
最早バロンの命は風前の灯火。彼は無理矢理鉄柵から足を引き抜き、アスファルトの地表に叩き付ける。
「やっと解ったよ。判ったんだ」歯を軋ませてマウントを取り、右拳を振り上げる。
「お前たちは、もう、他に崇拝される存在じゃない……」震える手で拳を握り、霞む瞳で狙いを定め。
「腫瘍なのは俺じゃない。お前らだ」
正拳突きで幾重もの瓦を割るように、自慢の拳を振り下ろす。卵の殻が割れ爆ぜるかのように、さっきまでマッハバロン『だった』ものが、長方形のリング上に拡がった。
異常を示す警告音が鳴り響き、盾を持った警官隊が裁判所内になだれ込む。
処刑を宣告された被告人が執行者を殺すなど異常事態だ。しかもそれが栄光の九人のひとりともなれば――。
「お前らに、もう、用はない」
苦心して体を起こすストライカーの脚が蒼く輝く。吸着のチカラは既に無い。死に際にマッハバロンから勝ち取った『超加速』のチカラが、既に彼のカラダに宿っていた。
彼の姿はもうそこには無い。かの死闘でひしゃげた檻の隙間を縫い、砂埃を巻き上げ走り去る。
敵はたったひとり。こちらは世界人口三十億のうち一割を占めるガーディアン。
たったそれだけ。たかが一人の犠牲。奴らはきっとそう思っているに違いない。
此の瞬間、自分たちの喉元に縄がかかったことに、誰も気付かぬまま。
※ ※ ※
「これを……貴方が……書いたと?」
「じゃなきゃ、誰が書くっていうのさ」
ふふふ。怯えておるわ、震えておるわ。動揺のあまり原稿とおれとを何度も行き交う様が痛快愉快。あんなナリして、ウソを吐くのはかなり下手と見たね。
「人間、締め切りを設けて死ぬ気で動けばどうとでもなるワケね」言って原稿を机に置く『ナナちん』は動揺を隠せず、「OK・貴方の勝ち。茉莉の代筆者として認めます。まことに不本意ながら……ね」
「そういうの、思ってても口に出すの、止めません?」
「事実でしょう? これは『夢野美杉』というペンネームで本になるのだから」
いや、違う。合ってるけど『そう』じゃない。とことん嫌な奴だなアンタ。
何はともあれ、第一関門クリア。これでおれも、晴れてヒーローラノベ作家の仲間入り。
バトンは受け取った。思うことは色々あるけど、取り敢えず今は気張るだけ。
マツリが何を思って『死を選ぶ』などと言い出したか、確かめなきゃならないもんな。
って、いうかさ……。
「あの」
「何よ」
「いやね。散々嫌味なこと言ってるけどさ、“涙目”で言われたって、説得力ないなーって」
「え…………。えっ、あっ! はぁっ!? 嘘ッ、ヤダっ、なんで!?」
おれを罵倒するときも、嫌味ながらも代筆を認めたときも。奴はぽろぽろと目尻から涙を零し続けていた。
別に、泣ける話を書いたつもりはないんだけどな。というか、今まで気付いてなかったの?
その驚き様はと何だと問うたその瞬間。眠た目でしょぼしょぼしたおれの眉間に、丁度ストライカーがそうしたような正拳突きが飛んだ。
「こっ、公衆の面前で……破、波、破廉恥ぃいい!!!!」
「いや。待って。ちょっと待って。殴られるイミがワカラナイ」
おれがいったい何をした!? やべェ、ナナちんやべェよ……。このままじゃ、ホントにイッちまう!
「解る必要なんてない。お前なんて……お前なんてェぇえ」
「ね。ちょっと待って。やめて、ホントやめて……ねっ、ねっねっ、ねぇえっ!」
※ ※ ※
しっかりと陽の昇った昼下がり。介護の仕事に一日のリズムなんてものはない。夜勤で帰ったその翌日に朝五時起き、遅出の次が早出・なんてものも珍しくはない。
常日頃、睡魔と戦っている上に、メンタル面まで敵に回ると最悪だ。ああ行きたくない。行きたくないなと、呪詛のように何度も念じ、昼食介助に追われる職場の門を叩く。
「こ、こんちゃーっ、す……」
「ああ、やっと来た。今日の分の申し送りするから、先に日誌見といて」
「ちゃんと手を洗いなさいな。拭いた後は消毒液をしっかり擦り込むのよ」
だが、良いことだってちゃんとある。
他を見たことがないのでうちだけかもしれないが、介護職は問題に依って生じたヘイトを翌日には持ち越さない。
いつ何時、他の助けが必要になると知れぬ職業だ。仲違いで猫の手も借りれなくなると仕事そのものに支障が出る。よほどの外がない限り、悪口の持ち越しはしない。貼り紙やメモに残されていない、この職場暗黙の了解だ。
「ほら、ぼけーっとつったってないで。申し送り、するわよ」
「は、はは、はぃいっ」
副業がうまくゆこうがゆくまいが、本業は毎日淀みなく続いてゆく。変わらないものが一つあるってのも善し悪しか。ものすごく不本意なのだが。
って、何。ミズタニさんってば皮膚剥離したの!? しかもサイトーさんは熱発で部屋食介?ジョーダンじゃないよ。その皺寄せ全部おれに来るじゃん。
畜生め、なんて職場だ。昨日死ぬ気で一本話を終わらせたおれを労ってくれよぅ……。
「何か、文句でも?」
「いえ、やります。やらせていただきます」
※ ※ ※
「なんなのアイツ。ホント……なんなの……」
送られた原稿を何度も、何度も読み返し誤字脱字のチェック。向こうは本業持ちのうえ、半生半死で使い物にならない。面倒だけどこれも担当編集者の仕事。
――どう? どう? すごいっしょ?! ねえすごいでしょこれ!
『ええ……。ここまでキョーレツなのは、本当に・初めて――』
死ぬほど、本当に死ぬほど認めたくないけれど。これは確かに茉莉の『ガーディアン・ストライカー』だ。原稿を読んで『泣く』だなんて、あの娘が一巻を書き終え、ドヤ顔で持って来た時以来。
この話は、私と茉莉のふたりで意見を交わし、構想を練り上げ、一冊の本として纏め上げてきたのに。そこに横からしゃしゃり出て、いつの間にやら原作者気取り。
雑葉大。あんた一体何なのよ。なんでこんなことが出来るの? なんで、諦めようとしなかったの? 締め切りをクリアできた理由は何?
どうしてよ……。なんで……。この私が、あんな奴の文章を、『面白い』って感じてしまうの。
私にとっての『ガーディアン・ストライカー』は、あの娘が書いたもの『だけ』なのに。
ワケ解からない。わけ……ワカンナイ……。
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