第二話:『無理や無駄って言ってるうちは、人間まだまだどうにかなるもんだよ、ざっぱー』

無茶振りにも程があるっしょ、これ


 ヒトの子ひとり通ろうとしない闇夜の獣道を、大股で突き進む二人の男の姿あり。

 ひとりは拳の付け根にライフル型の武装が置換され、もう一人は両目を暗視・赤外線用に改造したタイプ。

 がさがさと不用意に音を鳴らし、ひそひそ声ながらもぼやき呟く姿。間違いなく若葉マークの初心者だ。


「やめとけよ馬鹿、『奴』が出てきでもしたらどうすんだ。今、夜中出歩くのはまずいって」

「オイオイ。あんな噂に浮かされて、俺たちゃギムキョーイクの小学生かっつーの。『ストライカー』なんて嘘っぱちさ。戦いに飢えた『爺様』が、仮想敵を作って触れ回ってるだけだって」


 一度、生死のやり取りの味を覚えた人間は、二度と平穏へは戻れない。

 悪の組織『ハーヴェスター』の壊滅に依って、戦うべき相手を失ったヒーローたちは、その鬱憤を護るべき市井の人々に向けるようになった。

 表向き平和に見えるこのセカイだが、その実、支配する者が入れ替わっただけ。しかも、自分達が『正義』であると信じて疑わない。


 だからこそ。『彼』はその存在を許さない。ヒトを虐げ、過去に怯え、ヒーローと言う存在を貶めるうつけ者たちを滅ぼすために。



「おい……どうしたんだよ、おい!」

 今の今まで隣にいた仲間の姿がない。暗闇に目を凝らすも、そこに有るのは点々と続く血の跡だけ。

 やはり、こんな所など来なければよかった。お願いだ。救けてくれ。命だけは――。


 その言葉を冥土の渡し賃とし、彼もまた抵抗する間もなく事切れる。

 後に『赤黒の惨禍』と呼ばれ、平和ボケしたガーディアンたちを震え上がらせることとなった連続殺傷事件の、はじまりだ。



◎F書房・VX文庫刊行・夢野美杉著・ガーディアン・ストライカー︰第一巻四話”赤黒の惨禍”・より引用◎



※ ※ ※



「で? あれから十日近く経ったわけだけど、原稿の程は?」

「お恥ずかしながら、未だ、一枚も……」

 夕暮れ時で、利用客もそれなりに多い喫茶店。熱い珈琲を呑みながら優雅に過ごす馴染みの店は今、小・中学でよくある、『おいた』をした学生の懺悔室へと姿を変えていた。


「貴方、前に言ったわよね。あの話を終わらせるな。代わりは自分が代わりを務めるからって。その結果が、この、有り様……?」

「か、返す言葉もございません」


 幼馴染の上代茉莉かみしろ・まつりが『夢野美杉(ゆめのみすぎ)』というペンネームで世に送り出したライトノベル、ガーディアン・ストライカー。


 当人が『死を選ぶ』と書き残し、蒸発したのを契機にその存在を識ったおれは、『そんなこと』をした理由を知るべく、担当編集者の了承を受けて、続く連作を覆面代筆ゴースト・ライトすることとなった。


 眼前でアタマから蒸気を噴かすこのオンナが、担当者の桐乃菜々緒きりの・ななお

 糊の利いたレディーススーツをばりっと着こなし、長い黒髪を飾り気の無いバレッタで纏め上げ、赤縁眼鏡をこれ見よがしにずり下げる。

 外見満点、中身は零点。高校時代、何かにつけておれに侮蔑的な目線を向けた女子共を思い出す。まあぶっちゃけ、あの頃の想い出なんて他にないんだけどさ。



「だいたい、壁にぶち当たること自体理解不能よ。ストライカーは貴方が子供の頃に生み出したキャラクターなのでしょう」

「そりゃあ……そうだよ。相違ない」

 認めたくないけど、と毒々しく吐き捨てつつ、口から出たのはこの上ない正論。

 続きはある。あるにはあるのだが、書いたのはもう十年近く昔の話。文章と呼ぶには稚拙すぎて、本に纏めるには恥ずかしい。

 所詮、おれは作家でも何でもない一般人だ。碌に語彙力を鍛えることもせず、日々のほほんと生きてきたツケが、こんなカタチで回ってこようとは。



 整理しよう。


 前巻のラストは、『超加速』の能力を持つ古参ガーディアン・マッハバロンに主役が斃され、刑務所に連行されるというところで閉じた。次回はストライカーの罪を白日の下に晒す『超人裁判』開廷だ。本作の全体構想上、最初の山場である。



 ガーディアン・ストライカーは両腕・両足に備え付けられた特殊なリングに依って、倒した相手から所有する『能力』を奪い、疑似的に再現するチカラを持つ。左右の腕に、ボディに脚。能力に依って、再現箇所は千差万別。


 尤も、それだけじゃあ強過ぎるので制約だってある。彼が保持できる能力はリング一個につきひとつだけ。しかも奪うと決めたなら、強制的に上書きされてしまう。

 ゆえに、書き手はストライカーが今、如何な能力を持っているかを常に把握し、それを用いた戦闘の組み立てを強いられる。


 とは、いえ。


「右手が火炎放射パイロキネシス、左が硬化。ボディが自己再生に脚が吸着で、超加速とどう戦えって言うんだよ……」

「そんなの、私が知る訳無いでしょう」

 こういうのはやったモン勝ちとよく言うが、流石にこれは怒ってもいいと思う……。

 ああ、いや。この場合怒られるべきは、斯様に難解な設定を取り込んだおれ自身か。

 お詫びして訂正いたします。ゴメンナサイ。

 あ、訂正はしないよ。このままね、このまま。

 直していいもんなら、すぐにでも直すんだけどさ……。

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