だから、あなたはあの子のゴーストライター

「コレおれのォ!!!! 間違いなくおれのぉおおおおおおお!!!!」



 素っ頓狂な叫びを聞き付け、他の客が一斉に此方を向いた。自業自得なれど、八方から成る奇異の視線がとてもイタい。

 だが、これが叫ばずにいられようか。似すぎているなんてレベルじゃない。これは完全におれの模倣だ。中学時代、あいつに語って聞かせた内容そのままではないか。

 主役の設定、世界観、英雄への失望、憎悪、変身――。昔作ったテキストファイルを然るべき場所に提出すれば、著作権の侵害だと訴えられるくらいに。

 文字を書いて、それでメシが食えていることは賞賛されるべきだが、ひとのものをとってはどろぼう。こんな行為が許されて良いはずがない!


「ふざけやがってアノ野郎。寄りにも寄って……」

 こんな駄作を、と言いかけて、再び変えようのない事実にぶち当たる。

 上代茉莉はもういない。『死を選ぶ』などとふざけた置き手紙を遺し、おれの元から姿を消した。著作権の侵害だと訴える機会は永久に失われたのだ。

 もう・いない。その事実だけが、今更になっておれの心に突き刺さる。


(でも。なんで、こんなことを?)

 幼馴染ゆえの辛辣さはあれど、少なくとも、アイツはヒトを不当に貶めるようなことはしない。黒歴史を引っ張り出して嗤うつもりなら、隠さずコソコソやる必要なんて無かったはすだ。

 過去のおれの所業を本にしたため、マツリは何をしたかったんだ? パクリへの怒りはとうに失せ、この不可思議さに首を傾げる。



 ――なんでポイ捨てなんかにするのさ。続き、あるんでしょ。もっと読ませてよ。



「あ……」

 今まで忘れていたことが。過去のものだと記憶に蓋をしていたものが。ぱあっとアタマを駆け巡る。

 上代茉莉はあの当時、『あれ』のほぼ唯一の読者だった。読み手が、書き手の紡ぐ続編を望むのは当然のこと。

 なのに、おれは途中で投げ出して。存在さえも失念していた。彼女の中で、そこまで大きな存在になっていることなど、知らないままに。


「訳が分からない。だったら尚更……、ナイショにする必要がある」

 尋ねたところで、どうせ無駄だってのは解ってる。けれど、やっぱり納得がゆかない。

 だったらどうする。おれに一体何が出来る? 分からない。判らないけれど……。

 おれの足は本屋を離れ、家の方へと向かっていた。



※ ※ ※



「逃げずに来たのは褒めてあげるわ、大雑把さん」

「だから、おれは『雑葉』だって言ってるでしょ」

 自分だって、どっちが名字か名前か判りづらいくせして、エラソーに。心の中でそう独り言ち、赤渕眼鏡のバリキャリ女を睨む。

 桐乃菜々緒。マツリの担当編集者を名乗るこのオンナ。その真偽はさておき、言ってやらねば終われぬことがひとつある。


「さ、中に入りましょ。お互い、時間を無駄にしたくないものね」

「その前に」おれの意向は全無視か。「キリノさん、あなたに、見てもらいたいものが」

「へぇ」眼鏡の奥の薄朱色が暗く淀み、眉間に数本シワが寄る。「自白? それとも、茉莉を攫った証拠かしら」


「違う、違う」なんでここまで敵意を向けられねばならんのだ、という愚痴を喉元で飲み込み、

「ガーディアン・ストライカー。マツリの書いてたノベル。おれも手にとって読んだんです。現在三巻まで刊行済み。最新の内容は……、『超人・マッハバロンがストライカーを伸して、彼は警察に逮捕された』、そうでしょう?」

「この短期間で、よくそこまで勉強したものね」そうは言うものの、キリノの表情に変化はない。「だから、何?」

「その続きが、ここにある」

「は……?」

 言って無理矢理押し付けた紙束を、眼鏡の美人が素早く目で追ってゆく。A4サイズに文字がびっしり書き込まれているというのに、一枚読むのに僅か一分足らず。成る程、編集者たるもの、速読は体得済みってか。

 一枚ずつ紙を捲る度、桐乃の顔に動揺が広がってゆく。よしよし、此処までは計算通り。はてさてこの後、どう出るか。


「これは一体、何なの」

 あっと言う間に紙束を読み終えた編集者が、困惑した顔でそう問うた。

「何度も同じこと、言わせないでください。マツリの書いた本のつづき。毎月打ち合わせしてるんなら、知ってるんでしょ」

「そういうことを言ってるんじゃないの」おれの言葉を遮って、今さっき突き返した紙を指差すと。「なんで! それを! あなたが持っている!」

 あの後直ぐに帰宅し、押入れを漁って卒業アルバムの中から引っ張り出した過去の遺物。端々が黄ばみ、少し丸まったインクジェット用紙だ。印刷年次を推測するのはそう難しくない。


 故に、彼女は目を剥いて取り乱しているのだ。自分たちが造った筈のお話の『先』を、見知らぬ男が過去から『サルベージ』したという事実に。


「誘拐の次は恐喝ってわけ? ほとほと、見下げた男ね。あなたって」

「起源なんてどうでもいい。こうして世に出たものが全てだよ」

「じゃあ……。何が目的だって言うの」

 こんな悪趣味な紙束なんて用意して! と凄まじい剣幕で詰め寄って来る。さっきまでの理知的な佇まいが嘘のよう。オンナって、コワい。

 続く言葉を言い出し難い雰囲気だけど、こうなった以上後には退けぬ。ごくんと唾を飲み込んで、『けれど』と迫る桐乃を突き放す。


「この話は間違いなくおれのものだ。何を想ってヒトの黒歴史を本に認めたのか、作者であるおれには知る権利がある」

「だから?」

「だから……」続く反応は聞かずとも解っている。きっと彼女は納得しないだろう。けど、それを理由に何もかも有耶無耶にされるのは、もっと嫌だ!


「この続きをおれに書かせてください。アイツが死んだか、行方不明か知らないけれど、その理由も解らず打ち切りなんてさせたくない。名声なんていらない。ペンネームだって今のままでいい。だから……!」



「生意気ね。つまり、茉莉のゴーストライターになる……、って訳?」

「え」

 そうそう、それそれなどと言うより早く、桐乃の口を突いて出た、何よりも的を射た言葉。

 もっと、手ひどく反対されるものだと思っていた。図々しいにも程があるとか、誘拐しておいて盗っ人猛々しい……とか。実際、その認識は間違っていないわけだし。


 何故、と問わんとしたその瞬間。赤渕眼鏡の美人さんは、自身の端末をぽちぽちと弄り、「なんとなく、そんな気がしていたの」と続く。

「これは」

「茉莉の端末に残っていたメッセージ。本体は証拠として警察に押収されたから、画面を写真に収めたの」

 日の落ちた時間に撮ったのだろう。続く長文は何一つスレずに残っている。


 "親愛なるナナちんへ。手前勝手な物言いで逃げ出してしまったことをお許し下さい"


「ナナちん?」

「私のことよ」

「ナナちん……」

「文句でも」


 どうやら、触れるだけ無駄なようだ。些細な疑問は放っといて、先に進むしかない。


 "手前勝手ついでに一つだけ。ガーディアン・ストライカーのことなら心配しないでください。会わせたいヒトがいます。そのメモと書き留めを……"


「雑葉大、というひとに……って」

 アイツ、こうなることを読んでやがったのか? 確信犯……。ライターなんて他に幾らだって居るだろうに、どうしておれを指定した?



「言っとくけど。こんなもの、証拠になんてなりゃしないわよ」キリノがふんと鼻を鳴らし、携帯の画面を取り下げる。

「指紋はないし、誰が書いたか分からない。あなたや、他の何者かがやったかも」

「誰か、って」

「喩え話よ。そのくらい察しなさいな」

 菜々緒は眼鏡をズリ上げ、やれやれと気を吐くと。

「さて。あなたはさっき言いました。『茉莉の代わりにガーディアン・ストライカーの続きを書く』と。まさか今更、揺らいでなんかいないわよね」

「そりゃそうだ。男に二言はない」ここまで来て、逃げを選択するなんざ、オンナだってすることじゃないだろう、当然だ。


「OK、OK」"ナナちん"は手前勝手に独り言ち、不満げな目つきでおれを見やる。「作者さまのお墨付きもあることだし、やってもらいましょうか」

「まじで? まじで言ってるんです?」それがマツリの望みではあるけど、これはこれで胡散臭い。

「オトコに、二言は無いんでしょ」なのに、向こうはなんだか満足げで。

「こっちに証拠がないように、あなたの嫌疑だって晴れたわけじゃない。あの子の行方を探るなら、容疑者は近くに置いといた方が都合がよいものね」


「ようぎしゃ、って」出会って一日二日だけども、おれに対しちゃどこまでも辛辣だよなあ、この人。

「まあ、もう何でも良いです。全部呑み込んで、受け入れる」

「結構」おれの決意を、このオンナは仏頂面で受け流す。「四巻の締切が迫ってるの。直ぐにでも仕事に取り掛かって貰うから」


 あれよあれよと話が進み、いつの間にやら書く羽目に。

 いや、でも。ハナシ自体はおれのものだし、これは必然? それとも偶然? 目まぐるしくてアタマの方がついてこない。


 それもこれも、書き置きだけ遺して消え去ったマツリのせいだ。死んだ、なんてのはあり得ない。何か、七面倒臭い事情があるに違いない。

 やるよ、やってやりゃあいいんだろ。元を正せばおれの話だ。お前が見付かるその日まで、ゴースト・ライターを務めてやろうじゃないの。


「でも、その前に」

「何です」

「取調よ。私もあなたも、未だだったでしょ」

「う……」

 折角所信表明したってのに、気持ちの覚めること言わないでほしいな……。



◆ ◆ ◆


「これが、俺……だって言うのか」

 生田誠一……だった男は、自身が起こした厄災の結果を、煩わしいヘルメットの奥から眺めていた。

 熱が籠もる。水が欲しい。だが、脱ぐことは出来ぬ。最早このマスクが彼の素顔であり、ヒトを捨てた証であるからだ。


「ガーディアンを、俺が、殺した。俺が……」

 未だ拳に残る殴打の感触を反芻し、広がる惨状に肝を冷やす。

 だが同時に、絵も言えぬ悦楽を感じてもいた。

 俺は奴らに勝てる。

 奴らを殺せる。

 護るべきヒトを蔑ろにし、のうのうと生きるあいつらを。


 ああ、そうだ。俺が殺した。奴らを殺した。

 震えて怯えろ異能者共。俺のこの手でひとり残らず消してやる。

 俺はストライカー。お前たちガーディアン社会の破壊者ストライカー

 

 ガーディアン・ストライカーだ。



◎ガーディアン・ストライカー・第一話エピローグより抜粋◎

 


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