間奏 あなたには分かりっこないわ

 4年前。


 槙理と杏華が出会ったきっかけは、ごく些細でありふれたものだった。


――ごきげんよう。あなたが定木さまのご息女ね。私、狩明杏華と申します。お見知りおきを

――なによ。なんか用?

――あなたの魔術のお話はかねがね聞いておりますわ。よろしければひとつ、私の魔術を見て頂けないかと思いまして


 親の用事で連れてこられ、手持ち無沙汰にしている小さな客人の相手をしてやることは、杏華にとってごく当たり前のことだった。ましてや11歳の居丈高な天才少女に、嫉心も害心もなく一人の魔術士として相応の礼節でもって接したのも、彼女からすれば“人として当然にすべきこと”だった。

 だが、年長者といえば厳格な指導者か、そうでなければ上辺がさかしいだけの木偶ばかりと捉えていた槙理に、杏華のその裏表のない誠実な行動が一体どれほど大きな衝撃を与えたか。

 簡潔に言えば、槙理は杏華に対して憧れを抱いていた。

 勿論、その憧れの人物がたどってきた数奇な経緯いきさつも槙理は知っていた。むしろ、それを知っていたからこそ、彼女の抱いた希望と憧憬の念は強かった。

 “その実力でゼロから全てを手中に収める”。両親の期待を一身に受け幼い頃から厳しい研鑽を積んできた槙理にとって、その在りようはまさにヒーローそのものだった。

 どんなに対等に振る舞おうが、いかに努力を重ねようが、周囲から「まるで姉妹のよう」と評されようが、魔術の才能に限らず人間的な面においても自分を上回るその“本物”は、槙理にとって常に超えるべき目標であると同時に絶対に届かないはるか高みの存在だったのだ。


 そして、友人のような師弟のような、不思議な関係が関係が瓦解したきっかけも、ごく些細な事だった。


――何でよ! あんたの力があったら、もっと凄い所まで行けるのに、それなのに……なんで魔術やめるなんて

――私はもう、ずっと誰かの為なんて、疲れたわ

――全部自分のための物ってんでしょ。当たり前じゃない! 都合のいい時だけ誰かの顔色窺いの人形気取りのつもり?

――あなたは……いいえ、言っても仕方ないわね。最初から恵まれた家柄で育ってきたあなたには分かりっこないわ


 その口喧嘩の最中に杏華が漏らした言葉は、これまでの槙理の思い全てを否定して余りあった。

 槙理はその日を最後に、“憧れのヒーロー”から“チャンスと能力をふいにした卑怯者”へと転落したかつての友の事を記憶の奥底に封印した。大人たちが彼女を「居なかったもの」として扱うようになれば、彼女もそうした。

 そのままでいれば、全ての感情に蓋をして彼女の事を見下し続けられると、嗤い続けられると、憎み続けられると信じていた。

 そうして、すべてを忘れられることを願っていた。

 だが、そうはならなかった。

 槙理は、その不敵な笑みの裏で、人生で初めての後悔を覚えていた。それは杏華と再び相見える選択をしたことにではない。自分の感情から――杏華への想いから目を逸らし続けていたことにだった。

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