シキミのための魔術エチュード《退魔士》

樒「どうも、樒です!」


凌「今回の解説役を拝命した篝家かがりや凌だ。幕間の公開授業、君達も導君と存分に魔術の勉強をしていってくれ」


凌「今日の題目は『退魔士』だ。手始めに導君、君は退魔士について何を知っている?」


樒「そうですね……退魔士認可を取得している、霊震を鎮圧する魔術士、ってとこでしょうか」


凌「ああ。大枠でやる事はその通りだな。しかし、退魔士認可というのはあくまで対霊魔術の行使を許可するものであって、退魔士そのものを規定するものじゃない」


樒「つまり……退魔士にはいろんな種類があるってことですかね?」


凌「察しが良くて助かるよ」


凌「退魔士は大きく分けて3種類だ。職業、公務、そして民間」


凌「まずは職業退魔士だが、これはありていに言えば警備員の一種だ。警備業法に則って建物やら私有地内で発生した魔術災害の鎮圧を担当している」


凌「公務退魔士はその名の通り公務員に分類される。防災法および防災組織法によってその職務を規定され、有事の際には市が設置している防災局の指令によって出動する」


樒「要するに消防士さんみたいなものですね」


凌「と、言うより消防士の一部が退魔士なんだ。つまり魔術災害の鎮圧は消防士が行う警防活動の一環、ということだ」


凌「あと、大規模魔術災害が発生した時に災害派遣でやってくる自衛隊員も公務退魔士にあたるな。こちらは自衛隊法によって定められている」


凌「そして最後に民間退魔士。これはご存知の通り、本業を別に持つ魔術士が本人の意思に基づいて退魔士組合に加盟することで任命される非常勤特別職……消防団みたいなものだな」


樒「ちょっと質問なんですけど、私有地を守る職務退魔士に町全体を守る公務退魔士がいるなら、わざわざ民間人が霊震退治に出てくる必要ってなくないです?」


凌「良い質問だね。その質問に対する答えは霊震の数が多すぎるのと、種類が多すぎるの2つだ」


凌「前知識としてひとつ知っておいてほしいのは、去年の葉槌市内で起こった魔術災害の数だ。驚くなかれ、大小合わせて確認されているだけでも97件だ」


樒「97!?」


凌「これでも全国的に見れば少ない方だ。もっと人口が多い都市圏は推して知るべし、といったところだろう」


凌「1年で97件となると毎月8件は霊震が起きている訳だが、それら一つひとつを異なる魔術で鎮圧しなければならない」


凌「亡霊に憑物つきものを対象とした魔術は効かない。霊ならそいつはいつの時代のどういう由縁を持つか。男か女か、はたまた動物か……」


凌「こんな調子で、全ての魔術災害への対応を一つの市の予算や人員でカバーしきるのはほぼ不可能。かといって隣町から融通してもらうのは即応性に問題がある」


樒「そこで市民の力を借りることで公務退魔士の隙間を埋める、という事ですか」


凌「そういうことだ。土着文化や地理を知っている地元民なら対象の特定も早いし、何より兼業という前提によって間口がかなり広い。やりたいという意思と退魔士認可さえあればだれでも参加できるからね」


樒「なるほど。そういうことなら、確かに納得です」


凌「ここよりもっと田舎になると、消防署が存在せず、消防団と退魔士組合で防災活動を回している地域すらある。民間人とて貴重な戦力になる……ということが分かってもらえたところで今回の授業は終了だ」


樒「…………」


凌「どうした導君。何か考え事かい?」


樒「あっ……すいません、ボーッとしてました」


凌「小難しい話が並んだからな。どれ、甘いものでも買って来よう。何かリクエストはあるかな?」


樒「どっちかって言うとケーキバイキングにでも行きたい気分ですね」


凌「手心というものを知らんのか君」


~終~

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